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大事なもの 情報収集と警告  作者: 猫宮蒼


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4/6

その警告は届かない



 父に連れられ意気揚々とやって来たアデラは、別邸に押し込めてもなお我侭をやめなかった。

 だがしかし結局は平民の戯言。あまりに度を超すようならその時は処分もやむなし、と思っていたナタリアに、アデラは貴族のやってるパーティーに出たいなんて言い出して。


 礼儀も何もあったもんじゃない猿を野放しになどさせるはずもない。

 別邸から一歩も外に出てはいけないとまでは言わないが、どこが主催するにしてもパーティーにあんなのを連れていったら家の名が落ちるのは明白だった。


 だからこそ最低限迷惑にならないように礼儀作法と、うっかり失言をして自身の首を絞めないための教養を身につけてからなら許可するとまで言ったけれど。


 しかし結局アデラはその教育を早々に断念した。

 教えられた事に意味があるとは思えないからか、こんな無駄な事ばっかりして! なんて言って教師を困らせていたと報告されている。

 ナタリアはその報告書を見て、思わず頭痛を感じていた。


 結局癇癪をおこして部屋に引きこもって、それ以降教育を受けようという気がなくなったようなのでそのままにしておいたが、しばらくしてまた教育を受けたいなんて言い出して。


 けれども、その時には既にアデラが家の外で何をしているか、ナタリアの元に報告が届いていたからこそ却下したのだ。ナタリアに言ったところで願いは叶わないと判断してアデラは父に強請ったのだろう。パーティーに出たい、と。そして父は叶えられる範囲で叶えてしまった。


 仮面舞踏会に親子で参加とか馬鹿の所業ですの? とナタリアは受け取った報告書を見て思わず呟いてしまったが、それも仕方のない話だ。


 いや、だがしかしよくよく考えればそうなのだ。


 父は母との結婚が決まっていたために、当時愛人だったアデラの母を連れて社交に出るなどできるはずがなかった。父が母と結婚した後だって、連れていけるはずがない。

 けれども、そういった催しに共に出たいという気持ちがあったからこそ、恐らくはそこまで身分を重要視していない仮面舞踏会に連れていったのだろうとは思う。

 そして、当時のノリでそこならアデラも連れていっても問題ないと思ったのだろう。


 大問題だというのに。


 仮面舞踏会は表向き顔も名前も身分も派閥だってお互い詮索しないし口にしないとされているけれど。

 あくまでも表向きのルールで実際は暗黙の了解というものが存在している。露骨に仮面舞踏会で得た情報をまき散らせばタダでは済まないが、しかし効果的に利用する相手というのはいるのだ。


 アデラが下手に貴族令嬢のような作法を身につければ、ロクでもない相手に利用されて終わるだろうと思えたからこそ、ナタリアはアデラがまた教育を受けたいと言った時にすげなく却下した。


 それが彼女にとってもマシな未来になるだろうと判断して。

 ただの平民であるのなら、利用するにも限度がある。利用価値が高ければ簡単に捨てられる事はなくとも、けれども引き返したくとも引き返せなくなるなんて可能性もあった。

 だからこそ、アデラがそのような最悪の事態に引っ掛かる事がないように、貴族とは無縁のままでいた方がいいだろうと。

 ナタリアはそう思っていたのだけれど。


 けれどもそんなナタリアの考えは、どうやら無駄に終わったらしかった。


 確かに最近よく外に出ているらしいし、浮かれた雰囲気であるのは小耳にはさんでいる。

 けれども別に問題を起こしたとかそういう話は聞こえてこなかったので、ようやく自分の立場を弁えて、その範囲内で楽しくやっているのだろうと思っていた。


 そうではなかった。


 まさか仮面舞踏会で知り合った相手に誘われて、公爵家主催のパーティーに参加した挙句、侯爵家の者に求婚されたなんて。



 勝ち誇ったように、あたしお嫁に行くわ! なんて宣言してくれたアデラにナタリアは知らず表情を顰めていた。


「あんたが礼儀作法だの教養だの身につけろって、そうじゃなかったら社交界なんて無理だって言うから頑張ったけど、でも別にそんな事しなくたってやっぱ見てくれる人はいるのよ。

 あたしはあたしのまま、あんたよりも上の立場になるのよ!」


 ふふふっ、と楽しくて仕方がないとばかりに笑うアデラに、ナタリアははぁ、と小さくため息を吐いた。


「それで? 結婚のお相手がカルロ・マーテリー侯爵でしたか……

 悪い事は言いません。やめておきなさい」

「何よ僻み? あんたはこの家を継いでるけどどこまでいっても伯爵だものね。今後社交界であんたがあたしを見かけても、侯爵夫人になるあたしにそんな態度、とれないものね。ふふふっ、うふふふふ」


「僻む要素がありませんので僻みようがないですね。

 貴方、本当に疑問に思わないのですか? 貴族と平民は結婚できません。結婚するのならそれこそ貴方のお父様のように貴族だった側が平民になるしかないのです」

「他になんか方法があるんでしょ? それをあたしが知ったらあんたにとって都合が悪いから言ってないだけで」

「自分の結婚相手の事はどれくらい把握できているのですか」

「とても素敵な人ってだけで充分よ。あたしとカルロは愛し合っているもの。知らない事はこれから知っていけばいいの」


「貴方のお父様はなんて?」

「侯爵家の嫁になるなんてでかした、って褒めてくれたわ」

「……はぁ、話になりませんね」


「カルロはね、両親も一緒にって言ってくれたの。ここに残していたら、侯爵夫人になったあたしの足を引っ張るのに二人が利用されるかもしれないもの。残念ね、邪魔も足を引っ張る事もできなくて」


「下手な事をして相手の家を敵に回すつもりはないわ。そうしたいならすればいい。

 ただ、最後にもう一度言うわね。引き返すなら今のうちよ」

「やめるわけないじゃない。必死ね?」

「えぇ、後から助けを求められるような事にはならないと思うけど、それでも仮にも父が同じ相手だもの。義理でもこれくらいは言わせてもらうわ」

「そうね、父親に愛されなかったあんたには、得られなかった結果ね」

「どうせ何を言ったところで妬みだとか僻みとしか受け取られないだろうから、これ以上はやめておくわ。

 貴方は何も知らず、こちらの話に耳を傾けず出て行く。つまりはそういう事ですもの」


 マトモに教育を受けた貴族であるならば、ナタリアの一連の言葉は明らかに何かあるとしか言いようがないくらいわかりやすいものだ。頭の良い平民でも何らかの裏を感じ取るだろう。


 けれども。


 生まれながらの貴族として育ってきたナタリアは女伯爵どまりであるのに対し、今まで平民同然に過ごしてきたアデラは侯爵夫人となる。

 そんな有り得ない未来に目が眩み、アデラはナタリアの言葉の全てを、アデラを僻んで口にしている負け惜しみとしか思っていなかった。


 自分たちを別邸に押し込めて、自分だけは悠々自適に本邸で過ごしてこちらを見下していた相手。

 アデラのナタリアに対する思いはほぼそういう認識である。

 だからこそ、手配された教師だってわざと意地悪なのを寄こしたと思っているし、結果教育をアデラが投げ出した事もナタリアの狙い通りだったのだろうとすら。

 もし本当にちゃんと教育を身につけてほしいというのなら、二度目のアデラの教育をやり直したいという言葉を受け入れてくれるはずだったのだから。


 アデラにとってナタリアという女は、父親が同じだけのどこまでもいけ好かない女だった。

 いつか見てなさいよ……! なんて。そんな風に暗くじっとりとした恨みすらあったくらいだ。


「この家を出てあんたもどっか嫁にいくなら可能性はあるかもだけど……ま、無理よね」


 ふふん、と鼻で嗤う。

 アデラは知っていた。最近屋敷の中が少しばかり浮ついていた事を。

 婿入りする相手が決まったと使用人が囁いているのを耳にしてはいたのだ。

 たとえ由緒正しい家の出だとしても、婿に入る以上その相手は父と同じでいつかいらなくなれば簡単に捨てられるであろう相手だ。そんなちっぽけな相手と比べて、自分を選んでくれたカルロのなんて素敵な事か。


 身分など本来なら簡単に逆転できるものではないのだが、アデラはそれをカルロによって成し遂げようとしているのだ。

 だからこそ、愉快で愉快で仕方がなかった。


 今からでもあたしへの態度を改めるならちょっとくらい仲良くしてあげてもいいわよ? なんて煽るように言ってみたが、ナタリアは「いえ結構」と悩む間もなく断った。

 涼しい顔をして一秒たりとも悩む様子がなかったために、アデラは「後から泣きついたって知らないから!!」とまるでこちらが捨て台詞を吐いているかのような錯覚に陥りながらも叫んで。


 そうして優越感と僅かな苛立ちとともに別邸へと戻っていった。



「貴族社会はそう単純なものではないし、ましてや父があの家の事をまるきり理解していないのなら、もうどうしようもないわね……」


 せめてナタリアの言葉の何かに引っ掛かって自分で調べるくらいするようであるのなら、まだ逃げる道は残されているかもしれないが……


 そう思っても、これ以上アデラに何を言っても妬み僻みとしてしか受け取られないだろうし、かといってアデラの両親に話をしたところで、両親から丸め込もうとしているとしか思われないだろう。


 母が死んだ後、愛人とその娘を連れて今日からこの家の主だとばかりに帰ってきた父を見た時点で、彼らとの関係は定まった。向こうがナタリアに信頼を寄せているなど有り得ないし、向こうからすればいけすかない目の上のたんこぶだろう。生活費をもらってはいても、それでも目障りな存在。


 そんなナタリアがこのままだとアデラが不幸になると言ったところで。


 絶対信じないでしょうねぇ……とナタリアとて理解したからこそ。


「生きて幸せを見出せるならいいけれど、そうでなければ。

 ……子供が産まれた後どれくらい生きていられるのかしら」


 果たしてどちらがアデラにとって幸せであるのか。

 ナタリアにとってはどちらも地獄だろうなと思うからこそ、その結婚はやめた方がいいと告げたけれど聞き入れてはもらえなかった。

 どうして? なんてせめて少しでも疑問をぶつけてくれればこちらも詳しく説明できたが、最初からこちらが玉の輿にのるアデラを羨み足を引っ張ろうと思っているような状態だ。

 どれだけ真実を伝えたところで決して信じようとはしないだろう。


 ナタリアにとって、アデラという存在は決して死ねばいいと思う程嫌っていたわけではない。

 父と愛人の間に産まれた娘。そんな中途半端な立ち位置のせいで、悪い意味での貴族特有のプライドの高さと、しかし貴族ではないという現実のせいでどっちつかずの状態にいるアデラ。

 ナタリアのすべてがこれから先自分の物になると信じて疑っていなかった傲慢な娘。


 厳しく辛い事はやりたくないと駄々をこねて、しかし自分にとことん甘い性質。

 ナタリアが手配すれば簡単に楽な方に流れて堕落するのはあっという間だろうというのが、ありありとわかりやすすぎた娘。

 責任なんて無縁の状態で甘やかされてきたのがよくわかる、間違いなく貴族として生きていくのには向いていない娘。


 そのくせ自分はしっかりしていると思っている部分も見受けられるが、しかし実際はそうでもないせいで。


 色んな意味でちょろい、というのがナタリアから見たアデラである。

 そういうわかりやすさもあったから、彼女が何か企んでいたとしてもどうとでもできる、とナタリアは思っていた。彼女が何かやらかすにしても、精々仮面舞踏会でロクでもない男に弄ばれて誰とも知らぬ子を孕むだとか、まぁ内々でどうにかできる範囲内だろうと。

 そう思っていたのだけれど。


(最悪のカードを引くとは思いもしませんでしたわ……いえ、でもよく考えたら一応少しは貴族の血を引いているものね。どれだけ教育がされてなくても、血だけならそれは無関係。

 ……甘く見てたわ。平民の血も入っているのだから、マトモな貴族は選ぶはずがないと思って無意識にその可能性を切り捨てていた)


「まぁでも、わたくしの落ち度ではありませんわね」


 自分の娘であるのならともかく、アレは父が愛人との間に作った子だ。

 ナタリアがそこまでの責任を持ってやる義理はない。

 むしろ父もその愛人も二人の愛の結晶と言えなくもないアデラの存在も。


 目障りだと思って消そうと思っていたのなら、あの日父が二人を連れて戻ってきた時に実行できていたのだ。

 それをわざわざ別邸とはいえ住ませて、生活の面倒を多少なりとも見てあげただけでも待遇としては充分であると思っている。


 頼みの綱はケニーになるのだろうけれど、恐らくは無理だ。

 あれはナタリアが生まれてからはずっと愛人宅に入り浸り、社交などロクに参加もしてこなかった。ぬるま湯に浸りきったような生活を続けていた男が、アデラが果たして誰に見初められたのかなんて気付けるはずがない。


(もしかしてお母様はこういう事も見越していたのかしら……?

 お金だけは渡してましたものね。お父様の口座に毎月一定額振り込んでいたからこそ、お父様はほとんど帰ってくる事もなかった。もし、何度かこちらの家に戻ってきて時折最低限の夫としての義理を果たすべく社交に出るような事をしていたのならもしかしたら……?)


 そこまで考えて、流石にそれは考えすぎかもしれない、と緩く頭を振った。


 どちらにしてもアデラ本人に引き返す意思がないのなら。


 ナタリアにとってそれ以上踏み込めるものではないのだ。


 もう二度と会う事のない相手にそれ以上思いを馳せるのも無駄だと切り捨てて、ナタリアの頭の中は自分の結婚に向けての事に切り替わっていった。


 アデラが大人しくしていたら、こちらの婚約にちょっかいをかけてきた可能性もあったのかも、なんて思うと、そういう意味ではナタリアにとって丁度良かったのかもしれない。


 アデラの今後を思うとアデラにとっては良かったとは言えなくとも。





 ――カルロ・マーテリー侯爵に結婚の申し込みをされた、と告げられたアデラの両親は勿論驚いた。

 けれども可愛い娘が高位身分の相手に目を向けられたのだ。これはめでたいと父は喜び、母は一体どんな人? なんて興味津々で。


 アデラの結婚にどちらも反対する素振りは見せなかった。


 だからこそ余計にナタリアの態度を思い出して、僻みってやっぱりみっともないわぁ……なんてアデラは内心ナタリアを見下したのである。

 侯爵夫人になるのだと告げたアデラに、父は一瞬「おや?」という顔をしたけれど、水を差すような真似はしなかった。言っておいた方が良かったのに、しかし折角のおめでたい話に冷や水をぶちこむような事をして娘に「なんでそんな事言うの!?」と嫌われるような事は避けたかった。


 折角家族一同で侯爵家の世話になれると聞いているのに、余計な一言のせいでじゃあお父さんは来なくてもいいなんて言われたら。

 既にこのリコット伯爵家ですらケニーの居場所は存在していない。ナタリアにとってはそれでも一応父親であるから、まぁ生活の支援を少しくらいはしてもいい、という感じではあるけれど、ナタリアがケニーの事を完全にいらないと判断したならば、屋敷から追いやられてどこかの田舎に放逐される可能性だってあるのだ。

 辺鄙な場所でロクに生活できずに……なんて未来が可能性としてあるという事実を思えば、下手にここに一人残されるより娘とその家族諸共面倒を見てくれるという侯爵家にのっかるべきだ。


 そもそもの話ナタリアはケニーたちの存在を受け入れているわけではない。何が何でもここにいてほしいなど頼まれたわけでもないのだから。むしろ出ていくなら出ていけばいい、というスタンスだった。

 アデラが嫁ぐのもそうだが、ナタリアも結婚相手を見つけたらしく最近はそれらで忙しくしているようだったので、事態が落ち着けばケニーたちの存在など邪魔でしかない。

 いずれ理由をつけて遠ざけられるだけで済めばいいが、それだけでは済まなかった場合を考えるとアデラだけを送り出すなんてできるはずがなかったのだ。


 アデラの母は素直に素敵な相手に見初めてもらったのね、なんて言っている。ケニーとしては侯爵の地位にいる者が簡単にその地位を手放した上でアデラと結ばれるなど本当に……? という疑いが芽生えはしたものの、しかしそれを指摘する事はできなかった。


 ここで父一人だけ切り捨てられるのも困るし、問題があったとしてもそれならそれで行ってから考えればいい、と先延ばしにしたのだ。

 ケニーは確かに貴族として生まれ育ってきたけれど。

 しかし長年貴族とは無縁の暮らしをしていたせいで、見過ごしてはいけない部分をそうと気付かずに放置してしまったのである。


 アデラではなくケニーこそがナタリアと話をしていれば、ケニーがふと引っ掛かりを覚えた部分も明らかになったかもしれないのに。

 けれどもケニーは逃げた。ナタリアも確かに自分の娘ではあるけれど、アデラと違い共に過ごした事などほとんどないのだ。父親としての情も何も持っていない娘と向き合う事をケニーは避けた。



 彼らの中に少しだけある不安は、しかしそこで芽吹く事もないままに。


 アデラたちはリコット伯爵家を後にした。


 アデラたちはこの先の新生活に夢を見て。

 ナタリアやリコット伯爵家で働く使用人たちは、ようやく余計な存在がいなくなったと安堵して。



 表向きはどちらにとっても平和が訪れたと言える。


 実際に本当の意味での平穏が訪れたのは、リコット伯爵家だけであったとしても。


 その事実にアデラたちが気付く事はなかったのである。



 ――カルロが用意した迎えの馬車に乗って、そうしてたどり着いたのはリコット伯爵家以上に立派な屋敷だった。馬車から降りて、屋敷を見上げてアデラは思わずぽかんとした表情を晒していた。

 同じように両親もどこか呆けた様子だった。


 今目の前にある屋敷と比べるのも烏滸がましいが、リコット伯爵家がアデラたちを住まわせていた別邸とは大違いである。

 屋敷というよりいっそお城と言われても信じてしまいそうな存在に圧倒されながら、アデラは使用人たちに案内されて中へと入っていった。


 元々貴族であったアデラの父、ケニーではあるものの、しかし元の生まれは子爵家である。

 低位身分の、跡取りにもなれぬ存在だった彼からすれば、高位身分の貴族との縁などほぼ無いに等しかったし、自分より年下とはいえ堂々たる風格を持つカルロにまさしく圧倒されていた。


 一つ一つの所作が洗練されすぎていて、自分の至らなさが嫌でも目についてしまう程だ。


 こんな相手が本当にアデラの夫に……?

 そう困惑するのも無理からぬ事だった。


 結婚を申し込んでおきながら申し訳ないが、と前置いたカルロの口から一体どんな内容が飛び出すかと思えば、結婚式は密かに行いたいというもの。

 家の事情であまり多くを呼ぶ事ができないと言われ、アデラは少しばかり不服そうではあったけれど、しかし仮に盛大な結婚式をしたところでケニーたちには呼べるような招待客もいない。

 カルロが呼ぶ招待客とケニーたちが繋がりを作ろうにも、流石に無理があるだろう。

 むしろ自分たちのせいでアデラがカルロの友人たちに侮られるような事になってしまえば……と考えれば、盛大な式は確かにしない方がいいかもしれない、と少なくともケニーはそう思えた。


 ケニーにとってアデラは可愛い可愛い娘だ。世界で一番と言える程最高に愛らしい娘だ。

 我侭なのが玉に瑕ではあるけれど、それすら可愛いのだと思っている。


 もう一人の娘であるナタリアはそれが気に入らない様子ではあったようだけど、しかしケニーや妻と同じようにそんなアデラの良さを見出した人物はここにいる。

 ただ、アデラを見初めたというのはいいけれど、彼ならばもっと他にいくらでも望めるのではないか……? という疑問が生じてしまった。


 侯爵という立場。年だってまだ若い。アデラより年上ではあるけれど父である自分よりは下。

 アデラからすれば頼りがいのある兄のようにも見えるだろう程度の差。

 見た目に難があるでもない。


 彼が住む屋敷を見れば、財政難というわけでもなさそうだ。


 彼は間違いなく選ばれる立場ではなく、選ぶ側だ。

 彼が望めば確実に彼の望みを叶えるために動く人間はきっと大勢いるだろう。ケニーと違って。


 何か裏があるのではないかと思ったものの、ケニーの目から見てもカルロのアデラへの態度に不審な点はない。考えすぎだろうか……と早々にその思考を切り捨てて、ケニーは妻と一緒に幸せそうな娘を祝福する事にした。


 結婚の話をした時点で、アデラのためのドレスは用意してあった。


 身内だけの式でもうしわけないが……なんて言って開かれた小さな式は、色々と省略された事がわかるものではあったけれど、あくまでも手順が簡略化されただけでドレスや料理といったものまで簡易化されたわけではなかった。


 幼い頃からカルロに仕えていたという使用人たちが一歩引いた状態で祝福し、友人たちには後日連絡を入れるつもりだと話すカルロの様子にも何らおかしなことはなかった。


 式を簡単なものにしてしまったから、新婚旅行やそれ以外の部分は豪勢にやろうと言われて、アデラもパッと表情を輝かせていた。


 リコット家で出されていた料理だって上等なものだが、しかし流石は侯爵家といったところか。

 彼の両親の姿が見えないが、聞いていいものだろうかとケニーが悩んだのも束の間、カルロの口からその事実は明かされた。


 父は年老いているので普段は臥せっていて、母は既に亡くなった事。


 他に繋がりのある家は今の時期色々と忙しいからこそ、式を開いても参加は難しいであろう事まで語られて、だからこそ式は簡単なものにしたかったのだとケニーは納得した。


 式以外のところも簡単なものに変えようとしていたのなら、実は財政難なのかと疑うところだったがカルロとアデラの話を聞く限りそういうわけでもなさそうで、単純にカルロという男は使うべきところで金を使う人間なのだと、ケニーはそう判断した。

 もし招待客を多く呼べる状態であったなら、きっと式も盛大に、ケニーの予想を上回るほど豪勢に行われていたのだろう。

 彼の口振りからそう思えるものが確かにあったので。



 アデラたちがこちらにやって来て数日、多少の準備に時間を費やしはしたもののそれでも特に問題もないままに、アデラはとても美しい花嫁姿を両親に披露する事となったのである。


 式の後の初夜に関して、親が口を出すのは野暮というものだ。

 それもあってケニーと妻は使用人に案内される形で客室へと移動した。

 話によれば二人は本邸ではなく別邸での生活となるらしいのだが、その別邸はこの屋敷に来た時に少し離れた場所に見えるこれまた立派な建物だったので、リコット家とは明らかに桁が違いすぎて、また別邸かなんて思う間もなかった。


 むしろこちらの別邸はリコット家の本邸かそれ以上に見える。

 やはり上の者ともなればスケールが違うものなのだな……なんて思いながら。


 生活の面倒も見てもらえるというし、それならばしばらくは妻と二人で色々な事をしてみるのもいいかもしれない。

 リコット家別邸にいた時はそこまで自由にできる余裕はなかったので。あくまでも最低限の生活は問題なかったが、自由にあれがやりたいこれがしたい、とできるほどの支援ではなかったのである。

 その点こちらは随分と羽振りがよさそうなので、今まで我慢していた事も我慢しなくて済むかもしれなかった。


 今まではアデラもいたからこそ、妻とはそこまでべったりできなかったがこれから先はそういうのも気兼ねなくできるだろう。

 とはいえ、客室でさかるつもりは流石にないけれど。


 別邸で自分たちの部屋が用意されて、それからかな。


 なんて。


 ケニーはこれから先の生活に思いを馳せて微睡んだのである。

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― 新着の感想 ―
ひょうたんさん > そもそも平民にパーティーの招待状なんて届かないしナタリアも連れて行く気が最初から無かったのならこの心配してる事自体が無意味だと思うんですが。 ナタリアはアデラがちゃんと礼儀作法法…
ナタリアのアデラに対するほんのちょっとの情と自分が上でどうにでも出来るという思い上がり。 対応全てが新米女伯爵らしい中途半端さで、それがアデラを食い物にしたと気付くのか。 父親が同じってだけで今まで…
伯爵家とはいえまだ少女のナタリーでさえ聞き及んでいる侯爵家の醜聞ってなんでしょうね? 妻があっという間に儚くなり既に五人目とかかな?
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