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非才の【シュレディンガル】(第三版)

作者: AMAKA
掲載日:2025/09/15

 今宵、最初の勝負相手は【臭議院議長】。


 おれを見るなり、


「くひぃ! 来やがった! 美味そうなカモが来やがったぜえ……!」


 議会中継ではけっして見せへん素顔、さらしてくれてる。


 テーブルに着いたおれを指さし、


「てめえ、デビュー以来、五十二連勝中らしいじゃねえか、ええ? 汁気たっぷり、たまんねえ……! 早く血だるまになって泣き顔見せやがれってんでえ……!」


 ええ感じ。


 人間、そうやって『自然体』でおれるうちは無敵や。


 おれでも、勝てん。


「勝負はポーカー! ルールは当然『テキサス・ホールデム』だぜえ! おいらに勝ったら『次』につないでやらあ!」


 議事堂のピラミッド部分、【玄室トリックⅢ】て呼ばれる秘密のカジノで勝負は始まった。


 ベット、レイズ。


 レイズ、レイズ、コール……オープン。


 おれの手は『Jジャック』のツーペア。


「くっひぃ! 『Kキング』のスリーペアだぜえ……!」


 各国大使からなるわずかな数のギャラリーが、軽う、どよめいた。


 チェック、ベット。


 コール、レイズ、フォールド……。


 勝負は一進三退。


 おれのチップが、どんどん減る。


 その間【臭議院議長】はしゃべり通しや。


「てめえ、ここぞってえ時に欲しいカードを必ず引けるらしいが、本当ほんてえか? ついたあだ名が【確率の支配者(シュレディンガル)】……! くひあ、おっかねえ!」


「確率て」


 おれは笑ろた。


「そんなオカルタンな能力、持ってるわけないがな。ただ……」


「ただ? なんでえ? 言ってみやがれってんでえ!」


「間違うてたらごめんやで? ……自分、イカサマしてへん?」


 反応は、劇的やった。


 顔色ひとつ変えんと、【臭議院議長】はこう言うた。


「おいらが、なンダって? はは、笑わせないでほしいンダ……! イカサマなんて……やっていないンダヨ!」


 はい、嘘。


 おれは重ねて、


「もしかして、ディーラーとグルなん?」


「ふざけんねえ! そんなわけないってんでえ!」


「ほな、カードのすり替えは自分一人でやっとるんやな?」


「……! やってないって言ってるンダ!」


 おれは【臭議院議長】の手首つかんだ。


 つかまれたスーツの袖から、カードがばらばらこぼれ落ちた。


「くひ、なんでわかったんでえ……」


 いや、わかるやろ。


 驚いてるんは【臭議院議長】だけやない。


 ディーラーも、口に手あてて目みはってる。


「ESP……? OH MY……!」


 て、背後で大使の一人が畏怖こめて、つぶやく声……。


 おれの中で『孤独を感じるとき』第二位が、こういう勝利の瞬間や。


 逆に、なんでこれがわからんのか不思議でたまらん。


「くひょ! 放しやがれえ!」


 国連代表・極東問題監視団長が、趣味の柔術にもの言わせて【臭議院議長】の腕ひねり上げた。


「おいらのサマを見破るなんてえ、こいつこそ何かやってるに違げえねえってえのに……!」


 医師でもあるエーゲネシア大使が、腰に提げたシリンジ抜いて、裁きを下す。


 首筋への【ゴクウナイザー注射】。


 むき出しの叫び声あげとる【臭議院議長】が、瞬時におとなしゅうなった。


 アホなやっちゃ。


 ただの負けやったら、議員バッヂ失うだけで済んだのに。


「あれほどの権勢を誇った人間が、いまや【御供ゴクウ】……」


 ディーラーが感慨深げにつぶやいて、おれを見た。


「この『生きゾンビ』の所有権を主張しますか?」


「いや、こんなん、使い道ある……?」


「神経拘束により、発話は出来ませんが……たとえば筆談によって、彼の知識やコネクションを引き出せますが?」


 元はナイトパレード向けの血管用夜光染色剤が、その副作用を発見されてからは、『精神の禁固刑執行薬』と化してる。


 所有者を認識させる条件付けも、比較的簡単。


「いらんわ」


 おれは答えた。


「ユニセフにでも寄付しといて」


「ご芳志のとおりに。それでは、次の勝負の準備を……上階でお待ちしております……」


 ディーラーが専用のエレベーターに乗って、天井の向こうに消える。


 大使らもVIP用エレベーターで、まとめて上へ。


 おれだけ、前もって指示されたとおり、レトロな螺旋階段を昇る。






 ピラミッド中層、【玄室Ⅱ】で待ってたんは【惨議院議長】。


「バカじゃね?」


 て、開口一番、圧利かせてきた。


「ぼくが勝負を受けるのは【ファミリーポーカー】だけっていうこと、知らないんじゃね?」


 聞いたこともないわ、そんなポーカー。


 ディーラーがカードを十五セット、テーブルに並べた。


 どれも、年季が入った、開封済みの使用済み。


「みな、連邦最高裁各判事の私物じゃね。実際にそれぞれのご家庭で使用されてる。ぼくも、いま初めて見た」


 ルールを【惨議院議長】が語りだす。


「きみには、この中から一セットだけ選んでもらいたい。……選んだら、あとは勝負が終わるまでそのセットを使ってプレイする。何があろうと」


 言うてから、【惨議院議長】は不気味に笑いよった。


「もちろん、勝負中、カードに傷やマークをつけるのは禁止、見つかれば即【ゴクウ】行きじゃね。ぼくはこのルールで、今まで負けたことがない。……この意味、さすがにわかるんじゃね?」


 嘘はついてへん以上、こう結論するしかない。


 この相手、ただの『化けもん』や。


 それも、『視覚』と『記憶』の。


 カードの微細な汚れや曲がり、それに傷をプレイ通して完璧に記憶、どんどん強うなる……。


「勝負が始まったら、ぼくはもう、必要最低限の言葉しか口にしない。何をやってるのかはわからないが……きみの『確率操作』は、相手との会話によってなされるらしいからね。……弱ったんじゃね? 困ったんじゃね、きみ?」


 ゲームが始まる。


 序盤過ぎれば、もうお話にならんかった。


 向こうは、こちらの手札五枚が透けて見える。


 こちらは、揺さぶりのかけようがあらへん。


 ……負ける。


 ほやから、おれは、


「しゃあない……」


 不本意ながら、『支配』した。


 こいつだけやなく、この場全員の『確信』を。


 レイズを重ね、吊り上げるだけ、吊り上げて……。


 残りのチップ全部、前に押し出して、おれは告げた。


「勝負や。……おれは、オールイン、するンダ!」


 瞬間、さざ波の波紋が、この身を中心にたちまち広がり……【惨議院議長】、ディーラー、大使らの心を通り抜けたんを感じた。


「どうや?」


 おれは続ける。


「どうせ、わかってるンダロウ? おれの手が『クラブ』のフラッシュなンダ、っていうことは!」


 愕然として【惨議院議長】は、重ねて伏せたおれの手札を凝視した。


 無理もない。


「どうなンダ……?」


 この口調で言うたび、おれの横隔膜がちぎれるように激しく痙攣する。


 腹が、痛い。


「そちらの手は、おれのフラッシュに勝てるのか勝てないのか……? どうなンダ、って聞いてるンダ!」


 相手は、あっけに取られとったが。


 やがて、笑い出した。


 勝利を『確信』した笑い。


「……いい気になりすぎじゃね? でも、いんじゃね? 受けよう! さようならじゃね、【シュレディンガル】! こっちは『ダイヤ』のフラッシュじゃね!」


 おれは、手札をオープンした。


 ……鎌の刃みたいに輝く月の夜にふさわし、『スペード』のフラッシュ。


「じゃねっ?」


 茫然と、おれを見る【惨議院議長】。


 仰天する、ディーラーや大使ら。


 うなずく、おれ。


 切れ者だけに、もう流れは変えられんとわかったらしい。


 プライドか、『上層』への忠誠心か、単なる錯乱か、【惨議院議長】はふるえ声で、


「やりますデスネ……! 名手なンデスネエ……! こんなの……こんなの……イカサマに決まってるデショウガ!」


 懐に、手入れた。


 まさか、スペツナズ・ナイフ呑んどったとは。


 至近距離、柄から射出された刀身が、おれの肩を削り抜く。


 喉元を貫かれんかったんは、ひとえに、おれの肘つかんで引っ張ってくれた南極大使のおかげや。


 国連代表とエーゲネシア大使が、首を振り振り、【惨議院議長】を拘束、【ゴクウナイズ】する。


 ディーラーがおれを応急処置してくれたが……痛み止めは断った。


「寄付しといて」


 元【惨議院議長】の処分を頼んで、おれは、ディーラーらが上に行くんを見送ってから。


 観戦者用のソファにもたれ、自分自身にささやいた。


「痛がらないンダ、勝つまでは……」


 実際、わずかにでも痛みが引いていく気がするんが、たまらなくきっしょい。


 おれは、壁に血のあと残しながら、螺旋階段昇っていく。






 議事堂ピラミッド部・上層、【玄室Ⅰ】。


 上がってきたおれを眺めて。


 最後の勝負相手、【DIE統領】は楽しげやった。


「こらまた、痛そやなあ! もう手え引いたらどうや? ここまで来れたんはほめたるが……『奇跡』て、そうそう続くもんやないぞ?」


「ええから、早よ始め」


 おれは答えて席に着き、頬ゆがめて、


「見てわかるやろ? こっちは、集中力が飛びそうなんや」


 手え打って【DIE統領】は喜び、勝負は始まった。


 コール、レイズ……、


「おれが勝ったら、約束は守ってもらう」


「わしを誰やと思とるんや? ……ちゃんと、上に待たせたある」


 コール、コール……。


 ディーラーが場に五枚めの札、公開して。


 ショーダウン。


 おれは、『8』のツーペア。


「すまんな」


 て、笑いながら【DIE統領】、


「『6』のフルハウスや」


 すぐに判明したんは、目の前の相手が『最高レベルの勝負師』や、いうこと。


 どこまでもフェアで、陽気で、抑制が利き、こちらに妙な探りも入れず、それゆえに、こちらから仕掛けることもできん。


 ほんまもんや。


 プレイヤーとして、ただ、普通に、過不足なく、ひたすら、強い。


「大体、賭博なんぞ不道徳やろが? やったらあかんねんぞ?」


 軽口叩きながら、おもろそうに、おれのブラフを見破っていく。


 信じられん……。


 おれは、忌まわしさこらえて、『……ダヨ!』、『……ンデスヨ!』と、会話に混ぜてみたが、引っかからん。


 かすかな反応の兆候すら、見せん。


 おれと『同類』、ていうわけでもない……?


 わからん……!


 絶望に首まで浸かりかけた、その時やった。


 おれの脳裏に、稲光じみてよぎった、【DIE統領】のあの言葉。



  ……「『奇跡』て、そうそう続くもんやないぞ?」……



 おれは、一縷の可能性に賭けた。






 ギャラリーのさらに向こうにいる、バーテンへ振り返り、


「おれも飲むわ。『キール・ロワイヤル』、こしらえて」


 運ばれてきたカクテルかかげて、


「とほうもない賭博師と当たったもんや。……この『邂逅』に、乾杯」


「……乾杯やで」


 タンブラーかかげる【DIE統領】の眉が、ぴくっ、って上がったんを、おれは見逃さんかった。


 レイズ、レイズ……。


「こういう『刹那』は、できるだけ引き延ばしたいもんやが、『終焉』は近いな」


「そうは言うが、おまはん、ここまでようやったやんけ。『希代』の『反逆』やで、ほんま」


 掛かりよった!


 レイズ、レイズ、レイズ、レイズ……。


 相手の口のはじが、上がっていく。


 おれは【DIE統領】から、引きずり出せるだけ、引きずり出す……。


 危険な言葉、『奇跡』、『キール・ロワイヤル』、『邂逅』、『刹那』、『終焉』、『希代』、『反逆』、『久遠』、『覚悟』、『流転』、『咎人とがびと』……。


 これらの語は、日々の生活のスパイスにはええが、使いすぎると。


 使いすぎると、アホになる。


 満足顔で【DIE統領】は、それと知らず、見事に崩れた。


 口に出して交わされる、『戦慄』、『白銀』、『一族』、『秘匿』、『血族』、『血脈』、『飛翔』、『刻限』、『ザラスーシュトラ』、『【シュレディンガル】』……。


 流れは、完全に変わった。


 これは、勝負終盤に発された【DIE統領】の言葉。


「取引しようや? ここでやめて帰る、言うんやったら……【是国民勲章】くれたる。ついてくる年金だけで、毎年【軍用ゴクウ】の一個中隊が買えるで?」


 おれは、嘆息して、


「……なんで、こんないかれた国になった……?」


「なんでやと? ここは日本やぞ? 【黒日本万聖国】やぞ? 洒落がきつのうて、どないするんじゃ」


 そう言うて、【DIE統領】は笑う。


 空洞みたいな、くり抜いたみたいな、満面の笑み。


 ディーラーが一礼して。


 勝負は、ついた。


 静まり返ったままの、ギャラリー。


 約束どおり、【DIE統領】は、おれの先に立って、上へと唯一続く螺旋階段を昇っていく……。






 議事堂、ピラミッド部最上層、【宝缶トリート】。


 黒漆と金箔とルビーと大理石に飾られた、無国籍な小部屋に軟禁されてるんは、おれの婚約者。


 おれの婚約者にして、【DIE統領】の娘。


 彼女はおれを見て一瞬、喜びの表情を浮かべ、けど、すぐ、


「あなたなんて、大嫌いなンダカラっ!」


 そう叫んだ。


 涙を流しながら、眉間けわしく、


「これ、ほんとダヨ? ……ほんとなンダカラっ!」


「ほれ見い。やっぱり嫌ろとるやないか」


「やかましわえ!」


 おれは【DIE統領】を黙らせ、胸引き裂かれる想いで、彼女を見つめる。


「早く、私から離れて! でないと、あなたのこと……本当に嫌いになってしまう……!」


「心配せんでええ、おれと一緒に来?」


 勝ち取るために、おれは彼女に手、差し伸べて。


 自分自身を、裏切った。


「おれは知ってるンダヨ……! この病気は、治るンダッテ……!」


 奇病【ンダヨ・ンデス】。


 それは、『無自覚で』・『反射的な』・『特徴的虚言による』・『自己暗示』症候群。


 発見・命名、おれ。


 非日常が常態と化したこの国で、おれ自身が発症してまう前に、彼女の末期症状治してやることなんか、ほんまに可能なんか……?


 おれは、彼女と二人、手つないで、議事堂の門の外、あふれかえる仮装の巷へ踏み出した。(『非才の【シュレディンガル】(第三版)』完)

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