第41話 氷姫の微笑
「やっっと、二人きりになれたね」
――その声に、レイの背筋がぞくりとした。
暗闇の奥から響く、聞き覚えのあるロリ声。
少し低くなったように感じたのは、彼女が“成長した”証だろう。
レイは拳銃をホルスターにしまう。
銃口には白く硬い氷がこびりつき、もう使い物にならなかった。
「……やっとこれを使う時がきたか」
腰のもう一方から取り出したのは、三本の鉄棒と鎖で繋がれた武具――三節棍。
組織から支給されたそれを、ついに抜く時が来た。
「今回は……前と同じようにいくと思うなよ」
レイが構えた瞬間、暗闇の中で“何か”が揺れた。
音もなく、黒い影が一歩、また一歩と近づく。
気温が下がる。
息を吸うたび、肺の奥が痛いほど冷たい。
◇
その頃、学園の自習室では――ティナとコハルが、氷室の護衛にあたっていた。
「ちょ、ちょっとコイツら何なの!? 氷室さんの召使いとかじゃないよね!?」
「倒しても増えてきます……!」
ティナが前衛、コハルが後衛。
だがその努力を嘲笑うように、氷のゾンビたちは増殖していく。
人格のない氷像。
無表情の顔が無数にこちらを見つめている。
「氷室さん、大丈夫ですか!?」
「……」
返事がない。
氷室は何かを見ている――いや、何も見ていなかった。
瞳は虚空を映し、まるで遠くにいる誰かを感じているかのようだった。
ティナが一体を斬るたび、ゾンビは砕けて二分割されていく。
数は倍増。
室内はすでに、氷の墓場と化していた。
「もう無理! コハル、氷室が落ちないように支えて!!」
「は、はいっ!」
意味もわからず頷いたコハルは、氷室の体を抱きしめる。
次の瞬間――ティナは武器を仕舞い、一直線に二人へ走った。
「歯、食いしばれぇーっ!!」
ドンッ――。
窓ガラスを突き破り、三人の体が夜の闇へ飛び出した。
直後、室内のゾンビたちは氷の粒となり、風に溶けて消えた。
夜空を舞う氷片が、まるで満天の星のように光った。
「……一大事だ。今すぐレイたちと合流するぞ」
ティナは息を荒げ、真っ青な顔で呟いた。
コハルもそれに頷き、二人は学園の裏手へと駆け出した。
◇
「……さっきから攻撃してこないみたいだけど、どうしたの〜?」
氷室の声は、どこか甘ったるく、それでいて凍てつくように冷たい。
まるで氷と花蜜を混ぜ合わせたような声だった。
レイは呼吸を荒くしながら、ただ避け続けていた。
拳を握るが、振るうことはしない。
――攻撃する意思が、なかった。
「どうしてここにいる……?」
わずかな隙に問いを放つ。
「答えなよ、氷室!」
静寂。
そして、柔らかく笑う声。
「だって、レイくん。わたし、あなたが好きだもん」
その瞬間、地面が鳴った。
氷の棘が無数に立ち上がり、レイの足元を貫こうと走る。




