第40話 白き牢獄
事件は、あまりに突然だった。
氷室と共に学園に入っていったティナとコハル――それっきり、連絡が途絶えた。
時刻はすでに午後七時を回っている。
「お嬢様は今、二人と自習室で勉強しているそうです」
ハンドルを握る東の声に、レイは険しい目を向けた。
「氷室とは連絡ついてるのか? ……でも他の二人はいくら電話しても反応がない」
「おかしいですね」
「心配だ。俺が中に入って探してくる」
レイは車のドアを乱暴に開け、夜気の中へ飛び出そうとした。
しかしその腕を東が掴む。
「待ってください。昼にも言いましたが、この学園のセキュリティは異常です。そして職員たちの頭もぶっ飛んでます。場合によっては平気で人を殺すかもしれません」
「じゃあ、このまま黙って待てっていうのか?」
「いいえ」
東は薄く笑い、エンジンを再びかけた。
その目には、奇妙な自信が宿っている。
「――抜け道があります」
◇
数分後。
二人は立ち入り禁止と書かれた柵を越え、学園の裏手へ回っていた。
そこに、ぽっかりと口を開けた古い鉄扉がある。錆びついたプレートには、かすれた文字でこう刻まれていた。
“旧地下防空路入口”
「この通路を進めば、学園の地下に出ます」
廃止されたはずの通路。だが、暗闇の中には所々淡い光が揺らめいていた。
まるで、誰かが奥で灯りを点しているかのようだ。
「……明るいな。電気が通ってるのか?」
「いえ……電源は何十年も前に止まっているはずです」
東が首を傾げる。
レイは壁を撫でた。ひんやりと冷たい。
地面は微かに湿っている。
「戦時中、この道は生徒たちの避難壕として使われていたそうです。お嬢様は入学してすぐ、友達のいない寂しさから学園中を探検していました。そんな時、偶然この通路を見つけたと聞きました」
「大発見じゃないか」
「ははっ、そうですね──無駄話はこの辺にしておきましょう。お出迎えのようですね」
東は通路の奥、闇の中を睨む。
足音が水溜まりを割る音とともに、パキパキと響いた。
レイは咄嗟に拳銃を握った。
「誰だ!」
「……」
「もしかしたら学園の関係者かもしれませんね。となると、ここにもセキュリティが」
想像を超えていたのだろう。
東の顔に悔しさと焦りが滲む。
冷静な彼にしては珍しく、歯を食いしばる音が聞こえた。
「もう一度聞く。お前は誰だ! 答えないなら撃つぞ」
「……」
やむを得ない。
レイは銃の引き金に手をかけた。
姿は見えなくても、音で大体の場所はわかっている。
後は一か八か——
破裂音が地下通路に響く。
「チッ、外した」
レイはもう一度引き金に手をかけた——刹那、空気が凍った。
通路は一瞬で白い氷に覆われる。
足は動かない。氷に掴まれるように拘束された。
本気を出せば逃れられるが、能力についてはできる限り開示したくない。
レイは、ふと東の方へ首を向けた。
「東さん!?」
「……」
闇の中にいる"誰か"と同じで、東も反応がない。
なぜなら──氷の像となってしまっていたからだ。




