第38話 一条家
氷室は国内で最も偏差値が高いとされる女学園に首席で入学した。廊下ですれ違う学友達は美しい立ち振る舞いで挨拶を交わしていく。
「一条さん、おはようございます」
「はい、おはようございます」
優しい笑みを浮かべて返すと、学友は嬉しそうに去っていく。
氷室は入学して半年でちょっとした有名人となっていた。
月に一度だけ行われる全校集会では決まって表彰をされているし、全国模試では驚異の一位を平然と取ってしまった。
それもあってか、氷室の名は校内だけには留まらず付近の学校の生徒の耳にまで入った。
白百合の花のような美しい容姿も相まって、連日校門前に何人もの学生が姿を一目でも見ようと集まったこともあるくらいだ。
しかし一部の生徒はそれをよく思わないらしく、氷室は定期的に嫌がらせを受けていた。
私物を隠され、気がつけば妙な噂が流れている。
初めは子供のイタズラだと目を瞑っていた氷室であったが、先日靴箱の中に一通の手紙が投げ込まれていた。
『一ヶ月以内に一条氷室が学校を退学しなければ命がないと思え』
それは日本を背負っていく女子生徒が集うこの学園で起きてはならない事態だった。
「この脅迫のことは誰も外に流すなよ。約束が守れない者は問答無用で解雇する」
学園長は歴史ある学園を自分の代で潰してたまるかと事件をもみ消す策を講じた。
「一条クン。この件は親御さんにも秘密にしなさい。わかったね?」
「でも……それじゃ──」
「うん、君は何も見ていない。明日からもしっかりと通いなさい」
「はい……」
さすがの氷室も脅迫は怖かった。
すぐにそのことを両親に話した。
その結果学園内外の警備を増やすことになった。
「お嬢様申し訳ございません……私では近くでお守りすることができません。どうか死なないでください」
氷室が産まれた時から面識があった東は、氷室と長い時間を過ごしてきた。
だから氷室のことを誰よりも心配したし、自分が守ってやりたいと思った。しかし──
「私は大丈夫ですので安心してください。私一人の力で何とかしてみせますから」
東が気に悩まないようにだろう。無理に笑顔を作って突き放されてしまう。
しかしそれが東を本気にさせた。
東は知り合いの情報屋に土下座して頼み、ティナ達の組織の存在を知ったのだった。
◇
そして今に至る。
ティナとコハルは女子生徒に紛れて学園内に潜入。
レイは東と共に学園外の見回り。
今朝氷室からは迷惑をかけるから、と一度は断られた。
しかし東の強い意志が伝わり護衛を更に増やすこが決まったのだ。
今頃二人は上手くやってるかな……
黒い軽自動車の中、パック牛乳とあんぱんを両手にレイは心の中で呟く。
東が言うには、この二つを持っていると悪人を見つけやすいらしい。
研究室育ちのレイにとってはとっても嬉しい情報だった。
「おい、レイ──戦う準備をしろ」
「──はい」
黒いスーツに身を包んだ、格闘家のような人達がぞろぞろと学園に向かって歩いている。
レイはあんぱんと牛乳を急いで飲み込むと、東と共に車を飛び出した。




