第35話 約束
目の前で大の字になってのびている相手を見ながらレイはふっと肩の力を抜く。
緊張から解き放たれたからか、今までに感じたことがないような疲労がどっと押し寄せてくる。
視界が揺れて見える。すぐにフラフラしていることを悟るが、その時にはプツンと音が聞こえそうなくらいに意識が途切れた。
「──危ない」
誰かの声が聞こえた気がする。
しかし朧気な意識の中でそれが誰のものかを、そして何を伝えようとしているのかを、考えることまではできなかった。
◇
頬に柔らかく暖かいものを感じ、レイはゆっくりと目を開いた。
「あっ──おはよ」
視界いっぱいに映るのは安心した表情のティナ。
頬には大きな絆創膏が貼られているが、最後に見た時よりかはマシになっている気がする。
ティナは力を使うと幼児化するので、あの戦いから時間が経っていることがわかる。
「ここは……?」
「組織と裏で繋がってる病院。前にここの理事長をテロリストから助けたことがあって、それからここの何部屋かを使わせてもらってるんだ」
どうりでさっきから消毒のような匂いが漂ってるわけだ。
病院には初めて来たが、なんとなく研究室に似ていて懐かしいけれど、落ち着かない。
また前みたいに研究三昧な日々は御免だ。
「あれからどれくらい経ったんだ?」
「2日。レイってば全身の骨が折れてて、治療にあたった医者の人ったらドン引きしてたんだからね!? ほんとあの顔は思い出すだけでお腹が痛くなるよ」
そういいながらクスクスと肩を揺らしている。
笑いがおさまると、「でも」と言ってティナは真面目な顔になった。
「レイが死ななくてよかった」
「前にも言ったろ? 俺はタフなんだ」
それは初めて出会った日に言ったこと。
あれから1ヶ月しか経っていないというのに、色々ありすぎてとても長かったように感じる。
「た、たしかにね。レイはタフだったね……私からの命令。【絶対に死なないで】。レイが目を覚まさなかったとき、一生目を覚まさなかったらどうしようって……私、怖かった……」
「ごめんな」
「やだ。レイが死なないって約束してくれないと許さない」
言動がやや幼児化しているが、それにはティナの能力は関係してないだろう。
ただただ不安でおかしくなってるだけだ。
「わかったわかった。約束する」
「じゃあ、約束ね」
そう言って細くて綺麗な小指を立てる。
レイは恥ずかしくてわざと面倒くさそうな態度を取るが、内心嬉しがっていたのはここだけの話。
「──そういえばさ、さっき俺が寝る前になんかした?」
「あっ、えっ!? な、なにもしてないケド」
「目が泳いでるけど大丈夫?」
「うん、だ、大丈夫! そ、そういえばコハル無事かなー?」
「言われてれば部屋の中にコハルの匂いがしないな」
「えっ、キモ」
ティナは軽く身震いをしながら両手で自分を抱くように守る。
レイは慌てて「誤解だ!」と弁解を試みるが、少しも聞く耳を持ってもらえなかった。
「コハルは私達より先に東からの任務に参加してくれてるの」
「心配だ……」
コハルは最近普通に話せるようになったが知らない人の前ではテンパる。
その様子が容易に想像できてしまい、レイは胃のあたりを軽く撫でた。
「俺も早く復帰しないとだな」
「そうだね。実は私も病室から抜け出して来ただけで完治してないんだった」
「何してんだよ」
「も、もう帰るから!」
ティナはレイが横になるベッドの隣にある、小さなパイプ椅子から立ち上がり、部屋の扉に手をかけた。
「ティナ、心配かけてごめんな。お互い早くコハルのところに行けるように頑張ろうか」
「うん!」
ティナは振り向くなり大きく頷くと、病室から飛び出して行った。
その後看護師の「廊下を走らないでください」という声が聞こえ、レイは密かに微笑を浮かべるのだった。




