第33話 身に余る力
「レイ、もしアタシが君に力を与えれると言ったらどうする?」
「そんな非現実的なことは起きないと思いますが、貰えるモノは全て貰いますよ。それで相棒を助けられるならどんな代償だって支払います」
強い意志の込められた、真っ直ぐとした眼差しにツバキは「ふ〜ん」とどこか嬉しそうな声を漏らす。
間を開けずに地面に生えていた苔をむしり取る。
「アタシが力をあげる。だがどんな代償を支払うかは君次第だ。君の意志の強さに全てがかかっている」
ツバキの手のひらの中で苔が七色の光を放つ。それに気を取られ、その裏にあるまがまがしいオーラにレイは気づくことはなかった。
溢れ出す光が収まると、開かれた手のひらの上には小さな種があった。それはまるで向日葵の種のよう。
「えっと……これを食べろと?」
まさかと思い、今まで続けていた敬語が外れる。
ツバキは真顔で頷き、それをレイの口の前まで持っていく。
「ほら口を開けて。これはアタシの手から離れるとすぐに効果が切れちゃうの。だから少し我慢して。──それともさっきまでの覚悟がなくなったのかな?」
挑発気味に言われると、レイは目が覚めたかのように目をパッと見開いた。
そして鉄格子の間から出ていたツバキの手ごと食べるかの勢いで種に食いついた。コリコリとアーモンドのような食感だが、鉄とタイヤを丸ごと食べたような、なんとも言えない地獄のような味が口の中に広がる。
「うっ──まっず……」
「よく飲み込んだ、やるじゃない。ちなみにあれを吐き出していたら四肢がもげ落ちていたところだよ」
四肢がもげ落ちる? そんな劇薬のような物をなんの忠告もなしに俺に渡したのかよ。
レイは恐怖のあまり両腕の毛を逆立たせる。
「力をなんの努力や代償もなしに得ることなんて、どこのどんな人にもできないのだよ。それに今ピーピーと鳴く体力があるなら温存しておくことね。ここにはヤバい奴が二人もいるからな」
ツバキは目を細め、レイ達が進んできた道の方を睨んだ。
そのヤバい奴二人をレイは知っていた。
ここに来る道中、立ち塞がった規格外の強さの奴らを。
「俺がアイツらと戦うんですか!?」
「そうだね。アタシは後ろから援護をするけれど、基本的には君一人だよ」
「嘘だろ……」
「全て本当。なんならアタシは邪魔になるかもしれない。──とにかく行こうか。実際に戦えばわかるよ」
レイとしては全く勝てる気がしないので詳しく教えて貰いたいところだが、ツバキは黙々と床に生えていた残りの苔を握りしめる。
あっという間にそれは鍵となり、ツバキは難なく牢屋から抜け出した挙句手錠を床に投げ捨てた。
そのまま誰とも目を合わせることなくレイ達が歩いてきた道を正確に進んで行ったのだった。
◇
「この先に……いる」
「激しい戦闘ですね」
ツバキを含めた四人は瓦礫の山をぼんやりと見つめた。
その奥からは絶えず金属同士の激しくぶつかり合う音が聞こえてくる。微かに聞こえるティナの息遣いは荒く、弱々しいものだった。
「は、早く! でもどうやってこの瓦礫をどければいいんだ……ッ!」
「私も東さんもどうにかできるほどの力はありません……」
「大丈夫。レイ、君ならこんなの一蹴りでどうにかできるよ。嘘だと思うなら利き足に全てを込めるイメージで蹴りを入れることね」
すました顔で言われ、レイは半信半疑でそれを実行した。
すると鼓膜を破るほど大きな音と共に瓦礫は飛び散っていったのだった。
かなりの衝撃が足に加わったはずなのに少しも痛くない。なんなら軽いくらいだ。
「これが力……」
レイは拳を強く握りしめ、砂埃の向こうで揺れる影を見つめながら小さく口の端を上げた。




