第32話 悶着
「ハハッ……君達本当に来てくれてたんだね」
ツバキは手錠がつけられた両手を上げて伸びをする。
眠そうで自分が捕らえられていることを自覚してるのか、とレイはツッコミかけるが、口に出す前に呑み込む。
「まるで俺達が来たことを知っているような言い方ですね」
「フフッ……たしかにアタシは君達が来ていることを知っていた──なんたってアタシは植物や動物の"声"を聞き取り、話しかけ願いを聞いてもらうことができるからね」
「声?」
「そう、生き物には声がある。例えばそこに生えてる苔にも声があるよ」
「今なんて言っているんです?」
「俺を踏んで転ぶなよ。だってさ」
「たしかによく滑りますけども!」
いざ聞いてみると適当に考えたようなことを言われ、レイは結末に不満を覚える。
こんなの信じられるか。そう思い、ツバキの手にはめられた手錠に触れようとした時だった。
「このケダモノに強力な一撃を与えてくれ」
「は? 何を言って──ん〜〜〜〜〜ッ!!!」
突然股間辺りに強い蹴りを喰らい、唸り声をあげながらその場にうずくまる。
耐えられない痛みに苦しめられながらも、蹴られた方へ視線を向けるとそこには慌てた様子でこちらを見ているコハルがいた。
「コハル……裏切ったのか?」
「ち、ちちちちち、違います! 体が勝手に動いたの!」
「──アタシは男の人に触られるのが苦手なの。だからついやってしまった」
「まさかツバキさんの動物に願いを聞いてもらう力は、半分猫のコハルにも通用するのか……」
「そうみたいね。君のおかげで新しいことがわかったよ。ありがとう」
感謝より先に心配してくれ。口に出そうとするが、あまりの痛さで声が出なかった。
その隙にツバキは「そうだ」と何かを思い出す。
「実は手錠の鍵はもうあるんだよ。ここで見つけたネズミに取ってきてもらったんだ」
「なるほど。となるとボク達がここに来た意味はなかったということですか」
東が深刻そうに呟くとコハルは「そんな……」と肩を下げる。
「そういえば……ティナは?」
ツバキはさすがに全てを把握していないようで、ティナがここにいないことを不思議に思う。
ここに来るまで必死だったからかすっかり忘れていた。絶えず通路に響く警報音がなぜか大きく聞こえる。
先程の双子の敵を思い出すだけで手足が震え、体に力が入らなくなる。
「──さん! レイさん!」
「何か言ったか?」
「今ならまだ間に合います──だから助けに行きましょう!」
「無理だ──!」
狭い牢屋にレイの冷たい声が反響した。赤い回転灯がその表情に影をつくる。
今までにないくらいの真剣な眼差し。
「どうして……レイさんはティナさんがどうなってもいいってことですか!?」
「そんなわけがないだろッ! 俺は悔しいよ。いつも戦いをティナに任せて後ろから眺めるだけ。弱い俺達には何もできないんだよ」
「そんなこと……」
「ないって言えないだろ」
気弱なコハルには言い返すことができず、ただただ迫ってくるレイの鋭い瞳に怯えていた。
目の端から涙が垂れ落ちる。しかしレイは気にすることなく続ける。
「ティナには死んでほしくない。なんたってご主人様であり、俺の初めての相棒だからな。それと同じくらいコハルには死んでほしくない。お前は俺にできた初めての後輩だ。2人は俺の家族だ。その家族をみんな失いたくない」
もちろん自分自身が命を落とす可能性だってある。しかしそのことは頭になく、今は大切な2人を失うことを心から恐れていた。
「だから──」
「静かにしなさい」
その瞬間、意図せずとも口から声が出なくなった。
「アタシが2人を最適解に導いてあげるわ」
ツバキの瞳がティナと同じ濃紺の光を放った。そう、レイの目には映ったのだった。




