第31話 記憶を辿って
「どうしてコイツは俺達の能力に引っかからないんだよ! せっかくティナが逃がしてくれたというのに、ここまでか……」
「まだです!」
歯を食いしばるレイ。その隣でコハルは強く言う。
初めて出会った時はあれほどビクビクと震えていた──たった一ヶ月。それだけでこれほどまでに成長したとは。
「ああそうだな……諦めるにはまだ早い。相手がどれだけ強くても、俺は負けない!」
「あっ、勘違いさせてすいません。あの人はもう東さんが倒しましたよ?」
「え……」
視線を向けると、そこには地面に倒れている敵がいた。
対して東は涼しい顔をしている。
「この方がボク達の能力に引っかからなかったのはシンプルな話、無臭なだけですね。そしてレイさんの未来予知の方は、この方が弱すぎるため、攻撃を当てられないことが決まっていたからでしょう」
なんて有能な人なんだ。体を負傷していながらも戦い、尚且つ分析までも……凄いという言葉で言い表すには勿体ないくらいだ。
「クソ! 戦えるのはあの娘だけじゃなかったのかよ……」
東を睨みながら敵は口を開く。続けて──
「何者だ? ハッ……力を隠しているのか。お前の蹴りは内臓に直接ダメージがきた」
「弱い方は何も知らずにくたばるのがお似合いです。あなたが目を覚ました時には、もう牢屋の中でしょう」
そう言いながら東は力強いデコピンをして、敵を眠らせる。
音が尋常ではない。コツンではなくパシンッだ。例えるならバトミントンのスマッシュの音。人のデコからそんな音が鳴るのか、とレイは耳を疑った。
「では行きましょう。この方の足跡を辿れば、いずれこの拠点の心臓部分にも届くでしょう──レイさん? どうかなさいましたか」
「見える……」
「何がですか?」
「今この人の記憶が頭に流れてきた──この人ついさっきまでツバキさんの所にいたようだ!」
ツバキが無様な姿になっていたらどうしよう、と心配していたこともあってか、レイは声を弾ませながら言う。
「それは本当ですか!」
「うん。実は今朝、寝ているティナに対しても同じことが起きたんだ。俺が見たのが事実かはわからない。しかし一刻も争う事態だ、俺に賭けてくれ」
「「わかりました」」
3人は手を重ね、お互いの顔を見合う。そして小さく頷くとレイの先導のもと、ツバキを救うために足を進めた。
コハルと東は変わらず敵が近くにいないかを探す役を担っている。
「そこを右──その次はまた右」
「次の角を曲がったところから、気配が弱い敵が3人こっちに向かって歩いてきている。左の2人はボクが引き受けます。ですのでレイさんは残りの1人をお願いします」
「了解」
東の言った通り敵3人が歩いてきている。しかしこちらには気づいていないようで、ガヤガヤと話している。
「あの女弱いクセに全く情報を吐かねえな……拷問をしたらすぐに終わるだろうに」
「たしかにその通りだな。でもボスが「色々終わったら奴隷として売りに出すから、絶対に傷をつけるな」って言ってきたから無理だけどな」
「クソー、ボスが人間だったらなんとかなっただろうに……」
俺達が侵入していることを知っているはずなのにあれほど大きな声で、大事なことを言いふらすなんて……
レイは敵地の奥深くにいるにも関わらず苦笑を浮かべる。
落ち着くと東に目配せをしながら、腰元に下げられたホルスターから拳銃を引き抜く。
そして間髪入れずに三度、銃声が鳴り響く。
音が小さくなるように銃口にはサプレッサーが付けられているが、音の反響しやすいこの通路ではほぼ無意味のようだ。
「流石ですレイさん」
「東さんは2人同時に気絶させて凄いですね」
「警察学校で散々しごかれましたからね」
なんとか敵に気づかれることなく戦意を喪失させることに成功し、肩の力を抜きながら話す。
2人の手のひらの中にある銃は組織から支給された物で、普通の銃弾と電流の流れる銃弾を使い分けることが出来る。ちなみに東が使った物はコハルが組織に渡された物だ。
「彼らが弱くてよかった。ティナが戦っている奴らみたいなのが来たら勝てる気がしなかった」
「あの人達の声を思い出すだけで体が震えます。でも微かに感じた匂いを覚えたので、もう会うことはありません」
コハルは鼻を指さしながらドヤ顔を決めた。
敢えて雑談を混じえながらいつも通りのペースで順調にツバキの元へ近づいた。
「見つけた。ここだ──」
数分後。レイは嬉しさの混じった声を出す。
目の前には牢屋のような部屋が。その中で助けを待つツバキを、レイは捉えた。




