第27話 誘拐
「私達の組織に入って、荊棘の敵を討たない?」
「敵を──討つ……?」
ミヤビは目を瞑る。胸の前で腕を組み、ゆっくりと目を開く。そして「そうよ」と頷く。
そこからは大切な同僚の妹を死地に送り込むことへの、抵抗が見られる。
「貴方はあの荊棘の妹──"異能持ち"でもおかしくないわ」
「"異能持ち"……?」
ティナが首を傾げて言うと、次はカグヤが口を開く。
「簡単に言えば超能力。荊棘はそのコードネームの通り強靭な荊棘を振り回し、悪人共を刑務所送りにしてきた。組織の中で誰よりも奴らから恨まれ、幾つもの修羅場を潜り抜けてきた。それがお前の姉だ」
言葉を強くして恐ろしい見た目をしているが、優しく暖かい人なんだ。
レイは心の中で密かに呟く。
「おねーちゃん……かっこよかった……?」
「ああ、もちろんだとも。荊棘ほど勇敢な奴はいなかったよ」
ミヤビは遠い過去を見るように目を細める。
物心がついた頃には両親がいなかったティナにとって姉は、誰よりも大切な存在だった。そんな姉は目の前で帰らぬ人となり、精神状態は今までにないくらい荒れていた。
おねーちゃんを殺した人を自分の手で同じようにしてやる、と狂気に満ちた目で決意した。
「やる……おねーちゃんの分も頑張って、敵を討って、いつかおねーちゃんと同じところに行った時に褒めて貰えるようにするの」
「しっかりとした意思があるのならいい。その代わりに、訓練は一切の妥協も許さないからな」
敢えて驚かすようにカグヤが言うと、すぐにミヤビが間に割って入る。
「カグヤはこう言ってるけれど、実際は優しい人だからいっぱい甘えてもいいのよ。ちなみに私はミヤビ、よろしくね」
二人の間でお互いの手が強く握られる。
少し離れたところから、レイは優しく微笑むのだった。
その時だった。レイの耳に懐かしい声が届いたのは──
「レイ……! レイってば!」
いきなり頬に鋭い痛みを感じ、慌てて目を開く。
視界を埋め尽くすティナの顔。心なしか苛立っているように見える。
「お、おはよう」
「おはようとか言ってる場合じゃないよ! ツバキさんが──」
◇
「ツバキさんが誘拐されたってどういうことだよ」
「ツバキさんと特徴が全く同じな人が数人の男に捕まったことと、朝から誰も彼女を見てないことしかわからないよ!」
温泉街を三人の影が駆け抜ける。
なんの策もなく走っている訳ではない。証言人から聞いた、誘拐された場所から、犯人が逃げた方へ向かっている。
昨日は楽しい気持ちで歩いた温泉街の通路も、今では不安が勝っていて気持ちが悪い。
すれ違う人の中には鬱陶しそうに舌打ちをする人もいた。
レイは謎の夢のせいで、ただでさえ頭の中がこんがらがっていると言うのに、寝起きそうそうこのように走る羽目になり、面白くない。
さっさと解決して朝風呂に入りたい気分だ。
ティナは小さい頃から関わりのある人が危険にさらされている時に、何もできない自分の不甲斐なさを感じる。
その隣には迷子の猫──ことコハルが。猫の嗅覚を持ち合わせていると言うのに硫黄の匂いが強すぎるせいか、全く歯が立たない。
その本人は悲しい事実にしゅん、と肩を窄めている。
しかしまだ挽回のチャンスはある、と密かに意気込む。
それぞれ考えることは違っている。
だが思いは変わらない。それはツバキを救うことだ。
冷気を帯びた風が吹く。
「ねえ君達。救世主の登場だよ」
一人の男性が三人に声をかけた。




