第25話 とある姉妹の過去
「ティナを救えるのはお前だけだ……レイ」
ティナを救う……?
正直理解ができなかった。能力を使えば幼児化するところを除けば、彼女は他の人と変わらないように過ごしている。
それからレイの心の中ではカグヤの言葉が体を洗っている時も、湯船に浸かっている時も、ずっと引っかかっていた。
「俺は何をしたらいいんですか?」
「それは自分で見つけるんだ。俺が言っていいことじゃないからな」
カグヤはのぼせそうと言っていたのに、更に長い間湯船に浸かっている。
頬が赤く見えるのは、きっと気のせいではないだろう。
その後、すぐに夕食の時はやってきた。どれも今までに食べたことないくらい豪華で、美味しいものだった。
脂ののった魚の切り身と、すき焼き。どちらももっちもちなお米とよく合うものだ。
レイはこれはもう元の生活に戻れないな、とこっそり思いながら箸と口を動かした。
いつもとは違う、非日常感と食後の満腹感が相まってどっと疲れがやってくる。
枕投げをするティナとコハルから少し離れた、部屋の隅で一足先に布団に潜る。しかし──
「寝れねぇ……」
そう呟いた時には既に部屋は静寂に包まれていた。体は疲れているのに、カグヤの言葉が永遠に脳内で再生されているのだ。
やっとの思いで眠りについた時には、日が変わり、カーテンの隙間から見える外の景色が明るくなっていた。
◇
「おねーちゃんお腹空いたー」
耳元で聞こえた声がティナのものであることはすぐにわかった。
そこにいたのは今よりも一回りや二回りも小さいティナ。小学一年生くらいの背丈だ。
『なんだお前。また幼児化してるのか?』
笑いながら口にしてすぐに気がつく──声がないことに。
自分の肌を見てみると半透明で、まるで幽霊にでもなった気分だ。
『な、なんだよこれは……!』
特に痛みなどは感じない。しかし自分は幽霊になってしまったのか、という思いが芽生えただけで息苦しくなる。
いくら空気を吸っても、肺まで届かないような虚ろな感覚。
ショックで吐き気が込み上げてくるが、吐き出すものはなにひとつない。その空虚さが、さらにレイを苛む。
「そうね。あと5分待ってね」
「えー、お腹が空いて死んじゃうよー」
"おねーちゃん"と呼ばれた人は高校生くらいで、ティナと瓜二つ。会話を聞いていなければレイでさえも人違いをしてしまいそうなくらいだ。
「困った子ねー。じゃあおねーちゃんのハンバーグを半分あげるね」
そう言って盛り付けている途中の、ソースを輝かせたハンバーグを二つに切る。
そんな二人にも唯一、違うところがあった。
ティナの姉は、ティナと比べ物にならないくらい痩せ細っていた。部屋を見渡してもわかるが、お金がなくあまり食べられないのだろう。
「わーい! おねーちゃんのハンバーグ美味しいから好きー!」
「えーありがとねー! おねーちゃんのことは好き?」
「うん、もちろん! 大好き!!」
まるで花が咲くように、ティナの顔は笑顔になる。その様子を見て、ティナの姉は幸せそうに微笑む。
レイは割と感情移入しやすいタイプのようで、目から大粒の涙をボロボロと零しながら見ていた。
しかしその雫が二人に見つかることはなかった。
◇
時は経ち、ティナの10歳の誕生日。
姉が働きに出ている時はいつも近所の老夫婦の家にいるティナは、今日も大人しく座敷の部屋で絵を描いていた。
「今日はお姉さんの帰りが遅いねぇ」
「そうだね。メアリーおばちゃん」
時計の針は既に8時を指している。
いつもは夕食の用意をするために5時になる前には帰ってきている。しかし今日は違った。
「ティナちゃんや。今お姉さんから電話がかかってきたよ。『今日は忙しくて帰れないからおじいさん達の家に泊まって』だとよ」
「ジョーおじちゃん……私、おねーちゃんに嫌われちゃったのかな?」
「そんなことはない、儂が保証する。お姉さんは今もきっとティナちゃんのことを思って、仕事を頑張っているよ」
そう言ってシワだらけの手でティナの頭を優しく撫でる。
メアリーの手料理を平らげると、そのままお風呂に入らずに寝てしまった。きっと心配で眠くなっていたのだろう。
「おねーちゃんは、きっと帰ってくる……」
そんな寝言をレイは聞き逃さなかった。
◇
今までにないくらい騒がしい朝だった。
目を覚ますと聞こえてくるのはジョーとメアリーの泣き声。
眠気まなこを擦り、モヤのかかった思考のまま、ティナは声のする方へ足を進める。
「──ッ! な、なにこれ、鉄臭い……」
老夫婦の声が大きくなるにつれ、その臭いは強くなる。嗅いだことのない臭いに思わずティナは鼻を塞ぐ。
「てぃ、ティナちゃん……! お姉さんが!」
まるでこの世の終わりのような顔をして、目の前を指さす。吊られて視線を動かすと──そこには全身から血を流した姉の姿があった。
叫ぶことすらできなかった。ただただ絶望で膝から崩れ落ちるのだった。




