第24話 温泉
「実はレイとツバキさんには、少し前から深い関係があるんだよー」
何気なく告げられた言葉。しかし全く自覚がない。
ツバキはジッとレイを見つめる。
「実は──そのネックレスを作ったのがツバキさんなんだよ」
そう言ってティナはレイの首元を指さす。その隣でツバキはうんうん、と首を縦に振った。
コハルは一人置いてかれて気まずそうにする。
「何を言っているんだ? これを作った人は死んだんじゃ……」
ティナはキョトンと首を傾げながら返す。
「そんなこと一度も言ってないよ?」
『それを加工することができる人は世界でたったの一人。君にも会わせたかったなー』
──たしかに一度も言ってないな。
思い返すなり、心の中でそう呟く。しかしレイが勘違いをしたのも無理もない。
「まるでツバキさんが死んでいるかのように言ったのが悪い」
「えぇーー!? 私のせいにするの酷いよ。勝手に勘違いしたレイが悪いんですぅー」
「なんだと?」
「二人とも、周りには他の観光客もいる。喧嘩をするなら別の場所でしてくれない?」
鋭い眼光を突きつけられ、二人はしゅん、と肩をすぼめる。
そうだ、こんなところで話すことではないな。
レイは視線の先で他の客に対し、「遠くからありがとうございます」と猫をかぶるツバキを見つめる。
「俺のネックレスを作った人……」
レイのネックレスは特別製だ。ティナに逆らえば拘束され、彼女からの命令には背くことなどできない。
それだけですごいのに、40歳と若くして旅館の女将を務めている。自分にはそんな器用なことはできないな、と密かにレイは感心する。
「ツバキさんってば、少し前に海に行ったらずっとナンパされてたんだよ!」
「それは凄いな」
レイの目から見てもツバキは美しい。女性らしい華がありながらも、まるで王子様のように整った顔立ちは異性はもちろん、同性をも虜にする。
先程から旅館にやって来た人達は、老若男女問わず目を奪われている。
「ひとまず部屋に行こっか!」
「ここじゃ邪魔になりますからね」
手のひらの上で鍵を弄るティナの隣で、コハルは着けていたサングラスの端を少し上げる。
外見が中学生だからか、クールさよりも可愛らしさが前に出ている。
「たしかに。良い子は部屋に帰らないといけない時間だな」
旅館の受付のところにある時計は、ちょうど17時を示している。
「レイさん……そういうこと言ってるとモテませんよ」
「レイってばそれは引くわー」
そして美少女二人にジト目を向けられる。自業自得ではあるが苦しくなったレイは、ティナから鍵を奪い、早足で部屋に籠る。
◇
「レイ……私達のお風呂を覗いたら、二度とそんなマネができないようにするからね」
ティナの瞳はかつて図鑑で見たどの生物よりも獰猛で、殺意に満ちていた。
休暇任務で旅館にやって来たとは言えど、多額の借金をしている身だ。組織は仏のような寛大な心を持ち合わせていなかったようだ。
「なんで同じ部屋なんだよ……」
「それはこっちのセリフ! 私達の浴衣姿を見られるだけよかったと思うことね」
ティナはコハルと二人きりで夜を過ごせると思って楽しみにしていたので、少し期限を損ねている。
二人が露天風呂に消えていったタイミングで、大浴場に向かう。
レイの住むマンションとは全く違う、畳のような匂いが微かに漂っている。
「すごく落ち着く」
相棒とのイザコザで乱れた気分はすっかり元通り。視界がいつもよりもクリアになる。
『男湯』と書かれたのれんをくぐり抜け、脱衣所で服を脱ぐ。周りには何人か居て、恥ずかしさを覚える。
タオルを片手に大浴場に入るなり、「え……」と間抜けな声がこぼれる。
湯船に一糸まとわないカグヤがいた。
「やっと来たか。のぼせるところだった」
相変わらずノイズのようなものが交じっている声。
人の皮膚に似せた上に、温泉の湯気でわかりづらいが、両手片足が義肢であることが見てわかる。
腹部には大きな切り傷。見ているだけでも吐き気が込み上げてくる。
「お前の相棒はまだまだ未熟者だ」
「なんだと?」
戦えば絶対に敵わないとわかっているのに、反抗的な声が意図せずとも漏れた。
カグヤはなんの理由もなく人を貶すことはない。それは出会ってからたったの1ヶ月しか経っていなくてもわかる。
「ティナを救えるのはお前だけだ……レイ」
まるで何かを託すような口調で言われ、レイは真っ直ぐな視線でカグヤの瞳を除くのだった。




