第23話 休暇任務
「旅行に行こう!」
ここはマンション、レイの部屋。
テレビの前に位置するソファーに寝転がるティナは、唐突に言い出した。
海に行った日から約一ヶ月が経過しており、その間三人は様々な任務をこなした──と言ってもボランティアのようなことしかしていないのだが。
しかし組織にしている借金の内、5000万を返すことができた。
それには初任務で、敵のアジトを見つけ出したことが大きく関係しているだろう。
「ティナ……俺達はまだまだ返さないといけない借金があるんだぞ? それを差し置いて旅行なんてしているのが組織にでもバレたら、今の暮らしを続けられるかも危ういぞ?」
「そうですよ! 組織からの任務はどれも報酬が少ないです。このままだと生活費が確保できなくなっちゃいます……」
最近になって、ようやくコハルが自分の意見を言うようになった。
それはレイとティナが優しく受け入れようとした、その想いが伝わったからだろう。
いつしか三人にとってこの時間が、唯一無二の大切なものとなっていた。
「フッフッフー。実は今回の旅行は重大な任務なんだよ……」
「なんだってーッ!?」
レイは目を大きく見開き驚く──が。
「──んな訳ねぇだろ。どうせ今回もしょうもなくて、稼げない任務だろ」
その声には希望なんてものがなかった。
それはまるで全てを知っている状態で謎解きをするようなもの。少しもワクワクしない。
「違うんだよねー。今回は休暇が任務なんだよ。ほら見て、ここに温泉と新幹線のチケットがあるよー」
ヒラヒラとチケットを見せびらかすように出して、ティナはドヤ顔を浮かべる。
「ほんとだ……」
「うそ……」
今までの前科があるからか、少しも信用されていなかった。その事実に動じることなく、ティナは続けて口を開く。
「と・に・か・く! 今週末に行くから予定を開けておいてね!」
そう言ってティナはソファーから起き上がり、自分の部屋に帰った。
レイとコハルは、多額の借金をしていると言うのに遊んでなんていられるか、と任務のない日は各々の部屋でゆっくりしている。
そんな中ティナは話題のカフェやショッピングと、全く借金返済の意思が見当たらない。
部屋に残された二人はお互いに見合って、小さな笑みを零した。
◇
新幹線で揺られ約二時間。岐阜に位置する有名な温泉街にやってきた。
至る所から腐卵臭がするが、それがより一層温泉街にやってきた、という気持ちを向上させた。
「二人は温泉初めてなんだよねー?」
そうだ。海にも行ったことがなかった二人は、当然温泉にも来たことがない。
自分がしたことのない、新たなことはいつだって興味をそそられる。
「そうだな。なんなら銭湯すらも行ったことがないな」
「私もです」
「だったら二人に私が温泉でのルールを教えるとしよう……」
いきなり先輩面をされてムカッとする。
しょっちゅう幼児化をする癖に、任務ではいつもネガティブなことを言う。そのギャップがレイの怒りを買った。
「いらない。俺は自分で自分の思うように温泉に入りたいから」
「でも……」
「大丈夫。最低限のマナーは弁えてるつもりだ」
いつもドジをしてしまっている分、やっと役に立つ時がきた、と意気込んでいたティナであった。
しかしレイに冷たく躱され、つまらなさそうに頬を膨らます。
「ティナさん……せっかくの旅行です! 私と一緒に遊びましょう……!」
コミュ障であったコハルは、一ヶ月もあれば流石に二人と目を見て話せるようになった。
それは最初の頃ビクビクと震えながら話していたティナに対しても同じだ。
「こ、コハルぅ〜!」
ティナは泣く真似をしてコハルの胸に飛び込む。その様子はまるで妹に抱きつく姉のようだ。
周りからの視線を集め、少し前を歩くレイとしては、やめてくれ、以外の言葉が見当たらなかった。
「──待っていたよ」
温泉の備わる旅館に入った途端、耳元で囁かれる。
「うわぁぁぁぁあッ!!!」
誰が予想できるだろうか。浴衣を着た低音ボイスの女将が現れることを。
「あ、ツバキさん! 久しぶりです!」
呆然と立ち尽くすレイの横を通り過ぎて、ティナは"ツバキ"と呼んだ人の元に駆け寄る。
握手をし、その手をブンブンと振る。
よっぽど仲がいいのだろう。二人の動きはシンクロしており、お互いに会えたことを心から喜んでいる。
「ほら、二人も挨拶をして」
「こんにちは」
「こ、ここ、こんにちは……」
「実はレイとツバキさんは、少し前から深い関係があるんだよー」
ティナのその言葉に、レイは「え?」と返すことしかできなかった。




