第22話 海でのハプニング
「お待たせー!」
燦々と照る太陽の下、美少女の明るい声が真夏のビーチに響いた。
老若男女問わず、そちらの方へ視線を奪われた。
それも無理がない。肩までの黒髪に白のメッシュ。布地の少ない水着を身に纏ったティナが、そこに立っていた。
その姿には暑い中待たされ、むしゃくしゃしていたレイですらも目を奪われた。
「あれあれー? レイってば、鼻の下を伸ばしてどうしたの?」
「べ、別に! 伸ばしてねぇよ!」
「怪しいなー」
目を細めているところも可愛らしい。ティナの顔がレイの視界いっぱいに現れる。
気恥しさからか、レイは嫌そうに顔を引き攣らせるが、傍から見てみればまるで付き合ってすぐのカップルだ。
「あ、あの……」
完全置物になってしまっていたコハルの声が、微笑ましくいがみ合う二人を制する。
猫耳を隠すためだろうか。フードの付いたラッシュガードを深く被った彼女は、気まずそうにしている。
「あー! レイったらガッカリしてるー!」
「な、何にだよ!」
ティナは楽しそうに腹を抱えて笑うが、他の二人はその訳がわからないようで、キョトンとした表情を浮かべている。
「コハルの際どい水着姿を期待してたんじゃないの?」
「ふぇっ!?」
コハルはボン、と音が聞こえるくらいに、目に見えて顔を真っ赤に染める。
対してレイはため息をつくことしかできなかった。
「そんなことよりも、せっかく海に来たんだから楽しもうよ」
「それもそうだね! コハルも楽しもう!」
晴れやかな笑みを浮かべるティナは、コハルに一度殺されたことなんて全く気にしていないようだった。
リリカとの戦闘から早くも三日が経っている。各々休むなり、買い物をするなり有意義な時間を過ごし、今に至る。
コハルはティナの部屋に住むことになったが、食事は毎回のようにレイの部屋で摂っていた。知り合ってからあまり時間が経っていないが、三人の絆はとても固いものになっていた。
「よし行くぞー!」
「えっ……! ちょっと待って──」
そんな弱々しい声を無視して、ティナはコハルの腕を掴んで海に走った。
レイはまるで眩しい光景でも見るかのように目を細め、後を追いかけた。
◇
「ご、ごめんね……」
数分後。ビーチパラソルの下、ティナが呟くように言った。すると間を開けずに「だ、大丈夫です」とコハルが返す。
個体差はあるが猫は水を嫌う。それはコハルにも同じだった。ティナがふざけて海に投げ込むと、水面でドタバタと手足を暴れさせたのだ。
「コハル、何か食べたいものはないか?」
「つ、冷たい物──かき氷を食べたいです……」
「わかった! 私買ってくるよ!」
責任を感じていたのだろう。ティナは言わずとも、屋台に向かって消えていった。
レイはコハルに悪い人が寄ってこないように、見守ることにした。
「……ありがとうございます」
「誰だって苦手なことはある。溺れるのもしょうがないよ」
「いえ、そうではなくて、私を受け入れてくれてありがとうございます」
まだ気にしていたのか、とレイは言いかけるが口に出す前に呑み込む。
この言葉はダメだ。もっと気の利いたことを言わないと──全く思い浮かばない。
辛く、寂しい表情を浮かべるコハルを見ていると、レイは優しい声掛けをしてやりたい、と思うが上手く行動にできない。
「当たり前だろ」
「へ?」
「受け入れるのは当たり前だって言ってんだ。俺達は同じ飯を食ったろ? あの時どう思った?」
「あ、暖かかった……」
「だろ? 俺もだ。誰かと食う飯は何よりも美味い。そう思い合えるのは、俺が二人のことを信頼してるからだ」
早口で言い切ると「こんなキザで恥ずかしいこと二度と言わん」と付け足して、レイはそっぽを向いてしまう。
コハルは胸の奥が熱くなるのを感じた。しかしそれが苦しいかと言われればノーだ。なぜなら家族といる時の安らぎと似ているからだ。
頬や頭が帯びた熱を、後からティナが持ってきたかき氷でしっかり冷ました。
それからは激しく海に飛び込むことはなかったが、バレーをしたり砂で城を作ったり、と幸せな時間を過ごしたのだった。




