第21話 涙の後
「ミヤビが失礼なことをしたようだな。お前はコハルと言ったか――」
ティナから一部始終を説明されたカグヤは、表情を変えずに言った。
コハルはビクン、と肩を揺らし小さく「はい」と返した。
「すまなかった。相棒は熱くなると止まらないのだ」
頭を深く下げて、カグヤは謝意を告げる。
レイの中では自然と"冷酷非情な人"というレッテルが貼られているためか、酷く驚き、目を見張った。
その隣にいるコハルは、加えて口を大きく開けて「あわわ」と間抜けな声を漏らしている。
「だ、だだっ、大丈夫です……」
初対面の恐ろしい見た目の人に突然頭を下げられ、コハルとしては今すぐ逃げ隠れたいところだった。
「カグヤさん。ティナから話があったように、俺達はボスからコハルを探すように、と任務を受けていました。だからそんな彼女を組織でぞんざいに扱うのはよくないでしょう」
「確かにそうだな」
軽く返すと、カグヤはそのまま黙り込んでしまう。その光景にレイは見覚えがあった。
「ボスに聞いてきた。ひとまずコハルのことは二人に任せる」
よっっっっっっっしゃぁぁぁぁ!!!!!
胸の中でかつてないほどの歓喜が巻き起こる。流石にカグヤを目の前に大声は出せないので、表情だけでレイは喜んだ。
ティナは優しく微笑み、安堵の息をつく。
「ちょ、ちょっとカグヤ……! どういうことなの!?」
茹でダコのように顔を真っ赤に染めたミヤビが、慌てて間に割って入る。
あれほどの醜態を晒した挙句、まだ口を突っ込むのか、とレイは目を細める。
カグヤはずっと瞑っていた目を開く。
「頭を冷やそう。このままだと後輩に恥ずかしいところを見せてしまうだけだ」
そう言ってミヤビの口に手を当てて塞ぐ。「んー! んー!」という声を漏らしながら、二人は去っていった。
再び、部屋には静寂が訪れる。だがその沈黙は重苦しいものではなく、互いが想いを噛み締めるための余白だった。
「お、お二人さん!」
うんと時間を空けてから、何かを決心したような顔でコハルは口を開く。
一方、呼ばれた二人はキョトンとした表情で首を傾げる。
「あ、えっと……」
目をまじまじと見られるのには慣れていないからか、頭の中が真っ白になる。
口を痙攣させて、今にも泡を吹き出して倒れそう。しかし──
ここで倒れたらダメだ。
「あ、あの……! 私なんかのために、行動してくれてありがとうございます……!」
「「私なんかのため?」」
相棒になってまだ時間が経っていないが、考えることは同じなのだろう。
コハルが話し終えるのと同時に、二人の声が重なった。
微かな圧を感じ取ったのか、コハルの顔が引き攣る。
「未来の仲間のために発言するのは普通だろ」
「そうだね。たとえアナタが私を殺そうとしたとしても、私は今生きてる。それなのに怒る理由なんてないからね」
二人にとっての当たり前は、コハルにとっては全く違ったようで……
「……っ、うぇっ、ぅ、ぇぇぇっ……」
突然泣き出したコハルに、レイとティナは何をしたらいいか分からず、慌てる。
薄暗い会議室のような部屋に、高い泣き声が響くが、二人以外は誰も聞かない。
そんな沈黙を破ったのは、場違いなティナの一言だった。
「そうだ──海に行こう」
レイでもなく、泣いている張本人コハルのものでもない──だったら誰が言い出したのか、答えはもうわかっているが。
「海ぃ?」
「そう、海。眩しい太陽の下で、鮮やかな海を眺めたら悩みなんて全て吹っ飛ぶよ」
ティナにしては案外しっかりとしており、レイの口から自然と「それいいな」という肯定の声が零れ落ちる。
「レイも乗り気だから行こうよ、海へ!」
「おー!」
研究室で生まれ育ったレイは海を見たことがあったが、実際に近くで感じたことはなかった。
それゆえか今すぐにでも行きたい、というオーラが滲み出ている。
泣いていたため、反応に遅れたコハルは目を左右に動かし、気まづそうにしている。
「コハル、今日はこれから自由だから、女子二人で買い物にでも行こー!」
「は、はい……!」
敬語が外れることはなかったが、嬉しそうに猫耳が動くのを見てレイは頬をほころばせ、小さく愉快な声を漏らすのだった。