第20話 最後の一手
「ミヤビさん、聞いてください」
張りつめた静けさを断ち切るように、レイは口を開く。
その顔は、もう後がないからか、緊張に強ばっているように見える。
「時間はいくらでもあるわ。心ゆくまで話してちょうだい」
案外、仕事への誇りがあるのかもしれない。ミヤビの表情は清々しかった。
今更レイくんに、コハルちゃんに対する処遇を変えることはできない、といった余裕が見える。
「組織は──コハルを何の道具にして使うつもりですか?」
「レイくんってば、本人を前に恐ろしいことを言うのね」
もともと浮かんでいた笑みが、さらに深く刻まれる。
コハルの震えは、この日いちばんの強さに達した。
ティナが背中を摩り、「先輩は優しい人だから大丈夫」と落ち着かせようと励むが、果たして実際はどうだろう。
「私はボスとよく会うけれど、あの人の考えはよくわからないの。だから何とも答えることはできないわ」
「嘘がお上手で」
「ちょっとレイ……その言い方は先輩に失礼じゃない?」
聞いていたらこれはなんだ、と言わんばかりの口調で、ティナは言った。眉間に皺を寄せて少々キレているようだ。
それほど先輩──ミヤビを尊敬しているということだろう。
「失礼? 真実を言ったまでだろ」
信じていた味方に水を差され、胸の奥がざらついた。
「あらあらー。仲が良いわねー。若いっていいわ」
茶化すように言われ、思わず息を呑む。ミヤビは軽口を叩けるほどに、余裕に満ちていた。
目的を前に熱くなってしまったことを反省し、すぐさま彼女の方へ向き直る。
「話を戻します。コハルを組織でコケにすると、必ず後悔しますよ」
「どうしてそう言い切れるの?」
緊張をほぐすために少しの間黙り込むと、レイは口を開いた。
「それは──コハルをボスが探しているからですよ」
「証拠は?」
「俺達が一昨日受けた任務の内容は『迷子の猫を見つけろ』です」
「それは"迷子の猫"でしょ? コハルちゃんは見ての通り人じゃない!」
ミヤビからは、冷静さが少しずつ剥がれ落ちていく。
対してレイは、わずかな希望を見い出し、曇天のようだった顔に一筋の光が差し込んだ。
「言い忘れていました──ボスからの任務には、まだ続きがあります」
「な、何よ……」
「『特徴は人っぽい』です。ミヤビさんは、コハルのフードの下を見たことがありますか?」
「ないわ……コハルちゃん、見せてくれる?」
「はい」と震える声で言うと、コハルはフードを下ろした。
フードが落ち、猫耳が覗く。
ミヤビの眉がぴくりと跳ね、息が止まる。
「……っ」
言葉を失ったミヤビの瞳が揺れる。
さっきまで胸を圧迫していた重苦しい緊張が、ふっと軽くなる。
――押し返せた。胸に熱が滲み、勝利の実感が満ちていく。
レイは、コハルの猫耳に気づき、“迷子の猫”でも違和感がないことを先に見抜いていた。人っぽい特徴も任務に合っている。
ミヤビはその場で黙り、みるみるうちに顔を真っ赤に染め、呼吸を荒らげる。
ティナは「大丈夫ですか?」と心配そうに首を傾げるが、返事がない。
「どうかしましたか。ミヤビさん?」
「……」
返事がないのはレイに対しても同じで、気まずさからか部屋は静寂に包まれた。
数分間の静寂を破り、扉が開き、第三者が入ってきた。三人は伏せていた顔を咄嗟に上げる。しかし──
「うげぇー」
意図せずとも、ティナの口からそんな声が零れ落ちる。
その視線の先に立つのはカグヤ。険しい顔をしながら、自分がなぜ嫌がられているのか、と混乱する。
ミヤビはその場で動かないままで、カグヤの方へ見向きもしなかった。
ティナは身構えたが、レイは思わず苦笑交じりのニヒルな笑みを浮かべた。




