第18話 最後の立ち塞がる壁
氷の割れる音と、うめき声が通路に反響する。
「うッ……お前は、誰……?」
ようやく霧から姿を現したリリカは、血で赤く染った肩を抑えながら言った。
「やっぱりアナタは強い。私の時と同じように心臓を狙ったけれど守られちゃったか。あれ? その氷は……呪い……だよね。大変そうだね」
ティナは目を細めると何に気がついたのか、憐憫の声をかける。
それで痛みを抑えるので精一杯であったリリカだが、驚きのあまり目が大きく見開かれた。
「どうしてお前が──死んでいるのを確認したはずなのに……」
口調は鋭く、つい先程まで人を煽っていたなんて誰にも見当がつかない。
「それはサプライズだよ」
「そんなつまらない芝居はいらない。お前が何をしたのかを教えろ……ッ!」
「メンドイからやだ」
敵に自分の能力を明かす人なんていないだろ、とレイは思うが、殺意を買わないためにも敢えて口にしなかった。
「ティナ、そろそろ行こう」
このまま放っておくと長引きそうなので、細い手を引いてレイは言った。
「えー、まだ物足りてないのに……もっと遊ばせてよー」
むぅ、と唇を尖らせながら駄々をこねるが、「家に帰ってからにして」と、簡単に返されてしまった。
「ま、待って……」
迷宮のような通路を抜けるべくして、リリカが現れた部屋に足を踏み入れる三人。その背後で消え入りそうな声が聞こえた。
振り返り見ると、つま先から徐々に凍りついていくリリカがいた。
「た、助けて。寒いよぉ……お願い、ここから出して……」
まるで部屋を凍えさす冷気は、自分が意図してだしたものではないかのように言っている。
パキパキと体を覆っていく氷は地面にも広がり、次第に勢力を伸ばしている。助けに行こうと足を踏み出しかけたが、伸びる氷がそれを拒んだ。
レイの思考には、「おに〜たん」と、言って絡んでくるリリカの表情が浮かんだ。
「ごめんな」
小さく吐かれたその言葉は、リリカに届いたのか否か。
凍りついていく彼女は大粒の雫を流し、それは氷となって頬に張り付くのだった。
◇
通路を抜けると、上に向かう階段があった。
「あそこが出口です!」
氷の砕ける音が背中を追ってくる。冷気はなおも肌にまとわりつき、振り返れば足も凍りつきそうだった。私たちは言葉を交わさず、階段へと急ぐ。そんな中、コハルが小鳥のような声を上げるた。
全ての段差を登り切る前に、扉は開かれた──
階段を駆け上がると、上の扉が勢いよく開いた。逆光に縁取られた女性のシルエット──その声を聞いた瞬間、レイの背筋が固まる。
「貴方達……連絡もよこさずにどこに行っていたの!」
一昨日、ティナとの関係を散々煽ってきた女。忘れるはずがない──ミヤビだ。
近づくと彼女の表情が徐々にくっきりと見えた。瞳の奥に涙を浮かべ顔を真っ赤にしている。
「ごめんね。ちょっと殺されてたー」
「言い訳が雑すぎるんじゃない?」
「ミヤビさん、本当です」
「え? 本当に?」
想像の斜め上をつかれたからか、レイに言われたにもかかわらず隣にいたコハルに聞く。
気まづそうに硬直するが、たった数秒の間を開けてから言った。
「私が殺しました」
その声は、自分の過ちを反省しているかのようなもので、レイは一人安心感を覚えた。
「そ、そうなの……」
ミヤビはついにこいつらおかしくなった、と冷めた目で見ていた。
そんな時──ミヤビがようやく異変に気がついた。
「ティナちゃん、そしてレイくん。その子はどちらさん?」
真っ直ぐと人差し指をコハルに向けて、ミヤビは聞いた。
「ここじゃあ話しにくいから、組織の活動拠点に帰ろー」
珍しくマトモなことを言ったティナの意見が採用され、一昨日レイのこれからについて話し合われた部屋に集まるのだった。




