第17話 凍てつく迷宮
「こっちです!」
迷宮のように入り乱れた通路を、コハルはなんの迷いもなく突き進む。
そのすぐ後ろを、二人は警戒しつつも追いかけた。
次第に、空気が冷たくなっているように感じるのは気のせいだろうか──
◇
「こ、ここです……」
鉄製の扉は分厚く、表面には氷の結晶がびっしりと張り付いている。
冷たく硬いそれは、先へ進む者を拒む強い意志を持っているようだった。
「こんな扉開けられるのか?」
ティナを危険に陥れたこともあり、オドオドと頼りなさげなコハルが、ふっと息を吸い込む。そして小さく胸を張った。
「ええ、任せてください!」
ふんす、と鼻を鳴らしながら、誇らしげに笑うその顔は、まるで晴れ渡った青空のように明るかった。
それがティナであれば失敗に終わる気しかしないのだが──
「この通り余裕です!」
コハルが通路の端にあった端末を操作すると、扉は地響きと共に開かれた。
ひょっとしてティナとは違ってポンコツじゃない……?
隣にいるティナは「おー」と、声を漏らしながら動く扉を眺めている。
「コハルみたいにしっかりとした相棒がよかったな……」
「何か言った?」
思わず口に出してしまったことに気づき、慌てて誤魔化す。
「何も言ってないよ」
すると、ティナが首を傾げてこちらの顔を覗き込む。
その目は細められ、まるで心を見透かされているようで、心臓に悪い。
「早く逃げないとリリカが来るぞ」
「それもそうだね」
再び動き出した一同。
先程の扉を抜けてからはより一層気温が下がり、窓には氷が張り付いている。
レイは密かに不信感を覚えるが、ティナは何も気にせずに前だけを見て走っているので、コハルを信じて走ることにした。
◇
空気が張り詰める迷宮の隅で、不気味な気配が漂う。
人よりも大きなテディベアの胸の中。幼女はニヒルな笑みを浮かべる。
「おに〜たんは本当に馬鹿なんだから〜♪」
まるで悪魔の微笑み。邪悪なオーラと冷気が部屋の中を渦巻く。
「殺したってことにしたら、ボスも許してくれるよね〜」
少し間を開け、自分の頬を撫でるように触ってから口を開いた。
「待っててね。おに〜たん♪」
歓喜にも、哀れみにも聞こえるその声は、虚空に溶けて消えていくのだった。
◇
「ここが最後の扉です」
通路の先に立ちはだかる扉は、分厚い氷に覆われていた。
氷の結晶がきらめき、冷気がじわりと空気を凍らせている。
「本当にここであってるのか?」
「いつもはここを抜けたら外に出ることができます! ……と言っても、私は一昨日買われて、ここに来たのですけど」
最後の一言があってか、急に頼りなくなる。
ポンコツな相棒は依然として冷静な表情。こいつには危機感がないのか、とレイは不安に思う。
「よし、行こうか」
「わかりました! 今扉を開けますね!」
ティナの言葉に、コハルは低身長ながらも、ぴょこぴょこと飛び跳ねてやる気を示す。
気分に合わせて耳が動くのだろう。先程から耳が真っ直ぐと天に向かって立っている。
レイはこっそりと、可愛い、と思うが声には出さない。それは誤解を招く上に白い目で見られるからだ。
コハルは先程と同じように、通路の端にある端末を操作する。
今度は地響きの代わりに冷風が吹き付けてくる。
まるで吹雪。風には氷塊が紛れており、当たれば傷を負ってしまいそうだ。
「コハル……これはどういうことだ」
部屋の中に人影が見えた。あれは紛れもなく、リリカのものだ。
怒りの籠った言霊がコハルにぶつけられる。
「どう、して……?」
全てのことが予想外だったのだろうか。コハルの耳は後ろに倒れ、部屋の中の光景を視界に捉えてからは酷く震えている。
周りを見渡して隠れられそうな場所を探すが、不運にも長い通路以外何もない。
「コハルがあの略奪女に発信機をつけたのと同じことを、お前にしただけだよ〜」
パリパリ、と氷が割れる音を立てながらリリカはこちらに歩いてくる
凍りついた霧がお互いの間にあるため、未だに顔は見えない。
ティナはいつの間にかノアを構えていた。その顔はどこか笑みを含んでいるようにも見える。
「コハル……裏切ったことは死んでから後悔するといいよ〜」
甘ったるいロリ声だが、その言葉は鋭く刺さる。
「お前があの略奪女を殺してさえいなければ、おに〜たんは私のお人形さんになってなかったのに〜」
──あれ?
レイは微かな違和感を感じ取った。
どうやらリリカはティナが生きていることを知らないらしい。
ゆっくりと姿がはっきりとしていくリリカは、余裕な様子で歩いてくる。
とうとうティナはノアの引き金に指先を添えた。
小さく、ごくんと固唾を呑み込む音が響く。
無理もない。これは寸分の狂いも許されないのだから。
キリキリと神経を締めつけるような緊張が、場を支配する。
そして──激しい火花と共に銃声が鳴り響いた。
その音は冷たい空気の中、ゆっくり、遠くまで響き渡るのだった。




