第15話 牢獄に流れる雫
「ふっ……ふふっ……ふふふふふふふふふっ! どうよ、助けようとした人に撃たれた感想は?」
「……油断しちゃってたね」
ティナは膝から崩れ落ち、力なく笑う。
その様子を見て満足したリリカは口を開いた。
「実は今日コハルがお前にぶつかったのはわざとなんだよね」
「それってどういう……」
「やっぱり気づいてなかったんだね」
リリカはそう言いながら一歩、また一歩とティナに向かって足を進める。
路地裏にかつかつ、と足音が響く。その音は硬くて乾いている。
「コハルは私の命令でお前に発信機をつけたの」
「そう……」
想像よりも反応が薄かったからだろうか。リリカはつまらなさそうに眉間に皺を寄せる。
「それと最後に。コハルに爆弾なんて仕込まれてませ〜ん。お疲れ様でーす」
初めて会った時のような幼児語に戻って、リリカは心の底から煽り散らかす。
ティナは朦朧とした意識であったが、最後に「良かった……」と言って、その場に倒れるのだった。
◇
「──ティナッ!」
レイは目を開くと、そこは先程リリカによって意識を失った場所とは違う、見覚えのない牢獄のような部屋に閉じ込められていた。
「ここは──ッ!」
腕は鉄製の手錠で拘束されており、その上鎖で壁に固定されている。
周りを見渡すと、少し離れたところにティナの亡骸が放置されていた。
「ティナ……」
ティナは未だにノアを離さず、強く握り締めていた。
レイはリリカに対する怒りや自分の不甲斐なによって、軽い立ちくらみを覚える。
そのまま無気力になり、地面に寝転がる。
あれからどれだけの時間が経ったんだ……
部屋には窓がなく、天井から吊るされているランプしか明かりがない。だから時間を把握することは出来ないのだ。
隅の方にトイレが一つあるがそれ以外は何も無く、殺風景な部屋だった。
数を数える以外何もすることのない時間を過ごしていると、部屋の外、廊下のようなところから足音が聞こえた。
「おに〜たんは元気かな〜」
予想はしていたが、今一番聞きたくなかった声が耳に入る。頭の中に熱がこもり、今にも爆発してしまいそうだ。
「おに〜たん♪ おに〜たん♪」
レイの気持ちなど少しも考えていないような陽気で、鼻歌の混じった声が近づいてくる。
足音はパリパリ、とまるで氷の張った水溜まりを歩くような音色を奏でている。
「あ〜見つけた」
そう言ってリリカが鉄格子に手を触れると、氷の亀裂が音を立てて広がった。
いつしか吐き出す息は白くなり、呼吸をすることさえ苦しくなる。
「俺は意識を失ってから、どれくらいの時間が経った? そして俺達をここに閉じ込めて何をする気だ」
「そこの略奪女は死んでるし、おに〜たん一人では何もできないから教えてあげる。人体実験をするの」
「人体実験?」
「うん。その略奪女の体は、おに〜たんとは違って人の手が加えられてないからね〜」
それを聞いた途端、目の前が真っ暗になった。
何も罪がないのに殺した挙句、人体実験をすると言うのだ。
自分に力さえあれば、こんなことにならなかったのに……
「私は夜ご飯を食べてくるから、また明日来るね〜」
最後に「ばいば〜い」と言って、冷気と共にその場を後にするのだった。
そして牢獄は静寂に包まれる。見渡しても視界に入るのはトイレと、幼児化したティナだけ。
──幼児化したティナ?
「お前生きてるのか!?」
咄嗟に出てしまったその声は、石の壁に反射して残響が静かに広がった。
レイは手錠につけられた鎖で引っかかり、倒れそうになった体勢を立て直しながらティナの元に駆け寄る。
「……う、ん……なんと、か」
数秒の間を開けて、部屋に小さな返事が生まれた。
レイの瞳には大粒の涙が溜まり、声にならない嗚咽と共に肩を揺らした。
「そんなに……泣かない、でよ……」
ティナは段々縮んでいく柔らかい手で、そっとレイの頬を撫でると、力尽きて眠ってしまった。
規則的な胸の動きを見て、レイは堪えていた声を漏らして泣いた。
頬を伝った涙の雫がティナの顔に垂れるが、依然として起きる気配はない。すやすやと優しい表情で眠っているのだった。




