第14話 ティナの記憶
【行って!】
脳内に突如として響いたその声は、つい先程死亡を知らされた相棒──ティナのものだった。
慌ててレイは目を見開く。
お前は──あれ? 声が、出ない……?
目の前には血が煮えたぎるほど憎い人が立っていた。
レイは声を出そうにも、そもそも口や体の感覚がなく、まるで夢を見ているかのような思いを抱く。
「アナタ、相当強いよね……」
「流石だね〜。やっぱり略奪女には分かっちゃうか〜」
「はっ、アンタからは血の匂いがするからね」
「私、今日は人を殺してないよ?」
「それでも体に染み付いてるの」
お互いに相手の弱みを虎視眈々と伺いながら睨み合いながら言う。
レイは目の前にいるリリカが自分の方を見て話してるのを見て、初めて自分はティナの記憶を見ていることに気づく。
リリカは何を思いついたのか、ニヒルな笑みを浮かべてから口を開いた。
「私達は今すぐにでも、あのクローンの子を欲しいの。だからそこをどいてくれないかな〜?」
「笑わせないで。私は相棒を簡単に売るような軽い女じゃない」
ティナ、お前……
俺がいなければお前は死ななかったのかよ。
レイは気づいていたが、敢えて目を背けていた事実を突きつけられ、言葉にできないような罪悪感や苦しみを覚える。
「そっか〜。じゃあ死んで」
一瞬にしてリリカの顔から感情の灯が消える。
そして空気が凍てつくような鋭い眼光を飛ばすと、続けて口を開く。
「打て」
その言葉を合図に、空から銃弾が豪雨のように降り注ぐ。
常人なら10秒も立っていられないだろう。しかしティナは違う。
ノアを勢いよく振り回し、一発も逃さず銃弾を弾き返した。
その様子はまるで災害。線香花火のように火花を散らした。
弾かれた銃弾は辺りの建物や、リリカの部下の元に向かって空を切る。
「ふっ……ふふっ……ふふふふふふふふふっ!」
リリカは狂気に満ちた顔で笑い声を零した。
対してティナは疲れたような顔を一切見せず、黙々と腕を動かしていた。
「やっぱりこれくらい足掻いてくれないと面白くないな」
まるで先程までとは人が違うかのよう。幼児語はなくなり、ティナが奮闘する様子を愉快そうに見ていた。
次第に路地裏に響く銃声と金属音は数が少なくなり──
「もう、終わり?」
戦いを終えたばかりとは思えない、清々しい顔でティナは言った。
「おい、おいおいおい……お前バケモノかよ。剣身で銃弾を跳ね返す合間に、一人一人正確に打ちやがった」
「人をバケモノ呼ばわりするのやめてくれない?私は最近の美少女なのだから、そう、しっかりと言ってほしいよ」
一瞬でも気を抜けば殺される修羅場でありながらも、ティナは軽口を叩く。
それはリリカは少しも触れずに流すのだが、明らかに余裕が見える。
「次はアナタよ。幼女キャラは私一人でいいの」
そして銃口をリリカに向けた。
予想外だったのだろう。わかりやすく動揺し、周りを見渡す。自分にとって好都合なものを探しているのだ。
「そんな嘘らしい演技はいいから。まだ何か隠してるんでしょ」
「ちぇっ、面白くないな……せっかく勝ちを確信させて、喜ばしてあげようと思ったのに。私の優しさを踏みにじるなんて、本当に馬鹿だね」
煽られても眉ひとつ動かさず、その場で立ち止まっていた。
「お前が面白くないことはよくわかった。じゃあ私が隠し持ってる最高のカードを見せてあげる」
「コハル、こっちに来て」
「はい……」
狭い通路の闇から聞こえてきた声に、ティナは反射的に視線を向けた。
「あ、アナタは──」
「ご名答。やっぱり組織の最年少にして天才と謳われた、疾風の刃姫は気づくのが早いね」
「その呼び方はやめて」
その通り名に不満があるようで、ティナは声色を変えた。そしてズカズカとリリカとの間にあった距離を縮める。
「そう怖い顔やめたら? それとこの子の体には爆弾が仕込まれているの。それは私の心臓が止まると起爆する仕組みになってるから気をつけてねー」
「──ッ!」
「あれほどたくさんの人を一瞬で殺したって言うのに、この子は殺せないの?」
「その子に罪は無いからね」
「それはどうかな?」
再びリリカはニヒルな笑みを浮かべる。すると自分の顎を包み込むように片手で撫でから、口を開いた。
「私のことが信じられない?」
「当たり前でしょ。初対面──しかも命を狙ってきた人の話なんて信じられるわけがないでしょ」
「それなら自分の目で確かめるといい。コハル、前に進んで」
リリカのその言葉を聞くと、コハルは体を強ばらせるもゆっくりと前に進み、ティナの元で止まった。
ティナは怪しむような目でリリカを警戒しながら、コハルの被るフードに手をかける。
「人質にされて怖かったよね。私が今助けてあげるから」
囁くように耳元で言うとコハルはこくん、と小さく頷いた。そして口を開く。
「ご、ごめんなさい」
「え、何──」
ティナが言い終わるよりも先に銃声が響いた。
それはコハルの着るローブの中から鳴った。放たれた銃弾はティナの胸を貫いた。
「ごめんなさい、ごめんなさい……」
コハルの涙ぐんだ声は、誰にも届くことなく消えるのだった。




