第13話 愛と狂気の境界
「全員、射撃用意」
その言葉を合図に、道を囲うように空に伸びた建物の屋上に、大勢の人が現れる。全員銃を手にしており、殺意を剥き出しにしていた。
数はざっと見ただけでも100を超えている。それに対してレイとティナの二人で立ち向かわなくてはならない。
「ここは私に任せて、アナタは先に逃げて」
「どう逃げろって言うんだよ」
案の定逃げ道は塞がれてしまっている。
そしてレイは武器を持っていないので、一人になってしまえば狙いの的となってしまう。
要するに詰んでいるということだ。
「道は私が切り開く。正直アナタがいても邪魔でしかないからね」
そう言うと、昨日見た時と同じように空からティナの愛銃剣が舞い降りる。
「ティナが幼児化したらどうしろって言うんだよ」
「私はそこまでポンコツじゃない。武器さえあればあんな三下共に能力を使うことはないから」
「でも……」
先程頭の中に流れ込んできた不吉な言葉のせいで、レイは嫌な未来ばかり考える。
せめてここにミヤビかカグヤが居たなら、と密かに心の中で呟くが叶わない。
その隙にもティナはノアをめいいっぱい振りかぶり、障害物を一刀両断した。
建物の隙間から突き刺す夕方の日差しに照らされて、砂埃がキラキラと輝いて舞う。
【行って!】
強い言霊の込められたその言葉の影響で、レイの体は勝手に動き出す。
こんなに大事な時なのに、体が言うことを聞くのは、自分自身ではなく相棒の命令。
そんな事実に嫌になりながらも、ひたすら前に進む。
「打て」と、幼女の声が一つ、その後で銃声が絶えず鳴り響くのを、レイは背中で聞いていた。
◇
ティナの別れて約5分。空は徐々に茜色に染まっていくが依然として空気は蒸し暑く、額を垂れる汗は止まらない。
少し前にティナからのネックレスを通じた支配は消えたが、全力ダッシュで何分間も走らされたので、肺は痛み、心臓が暴れるように脈打つ。
「あと少し……」
喉がヒューヒューと鳴るが、自分を鼓舞するためにも敢えて口に出す。
酸欠で周囲が白っぽく、そしてスローモーションに見える。
「見つけた」
空耳だと思った。背後から聞こえたのは、頼れる相棒の声ではなく敵の声。
「どうして逃げるの〜?」
「……」
幼女は続けて言うが、レイは足を止めない。
フラフラと徐々に遅くなるスピード。そのすぐ後ろでは幼女が目を輝かせて追いかける。
「さっきの子、苦しそうに死んじゃったよ〜? 助けに行かなくていいの?」
「……」
ケラケラと愉快そうに笑う。突然相棒の死を知らされたが、少しも動じずに前を見ている。
頭がほとんど回らないので、幼女の言葉を理解できていないのだ。
「ほ〜んと、どうしようもなく雑魚で惨めだったな〜」
「お前……訂正、しろ……」
その侮辱はレイの意識を正気に戻すのに十分すぎとた。苦しみながらも声を必死に絞り出して、反発するように言葉を返す。
「誰に言ってるの? 私には”リリカ”っていう、可愛らしい名前があるの。君はたしか……」
「お前に、名乗る名前は……ない……」
けほっ……けほっ……、と弱々しく咳き込みながら最後まで言い切った。空気が喉を通るたびに血の味を感じながら。
「名前がわからないのだったら仕方ないな〜。”おに〜たん”って呼ぶね〜」
「……」
「も〜、無視とかおに〜たんってば、私と話すのが恥ずかしいかな〜?」
「……」
「そんな恥ずかしがり屋のおに〜たんのためにプレゼントを用意したよ〜。コハル、持ってきて」
「……はい」
闇から女の声がしたかと思えば、フードを目深に被った人が現れた。重そうにスーツケースを引いて。
”コハル”と呼ばれた女にレイは見覚えがあった。フードの汚れ具合に、震えた体。昼にティナとぶつかった人とよく似ているのだ。
「おに〜たんも気づいたようだね〜。さっきの略奪女は「この子にを何した」って血相を変えて突っ込んできたよ〜。そんなことよりもプレゼントあげる〜」
その言葉を聞いて、コハルは分かりやすく肩を震わせた。深呼吸を一度してスーツケースをレイの前まで持ってきた。
「ごめんなさい……助けて……」
他には聞こえないような消え入りそうな声で言うと、すぐにリリカの元に帰ってしまった。僅かに見えたフードの中で、コハルは涙を流していた。
レイは中を開くのが怖かったが、意を決して目の前で倒れているスーツケースのファスナーを引いた。
「……ティナ?」
ガチャリ、とファスナーを開けた瞬間、冷気のような空気が流れ出した。
そこにいたのは――ティナだった。
無理やり押し込まれたその姿は、まるで壊れた人形のよう。その顔は死んでいるようには見えず、まるで眠っているようだった。
白いブラウスの胸元には、銃弾によって空いた穴。その周囲を赤黒い血が染め上げている。
「嘘……だろ……?」
手にはノアがしっかりと握られていた。死してなお離さないほどに、大事なものだった。
「私の好きなことは、絶望を見ることなの。だから浮気をしたおに〜たんには、とっておきの地獄を与えてあげるね〜」
「う、浮気ってなんだよ……」
「この世の男は全員私のことを好きじゃないと駄目なの」
リリカは足元で小石をつま先で転がしながら、続けて言う。
「そうだ! これからは私のこと、ちゃんと見てくれる!?」
意味のわからないことを言いながら、満面の笑みを浮かべるリリカ。
あまりのギャップに、レイは戸惑いを隠せなかった。
その隙にリリカはティナの頭に触れ、そのすぐ後にレイに触れた。
「地獄に行ってらっしゃい」
「ティナ……」
レイはその名を呼びながら手を伸ばそうとするが、力が入らず倒れ込むのだった──




