Scene21:『滑れ!モン娘スケートショー 前編』
ひやり、とした感触が、足先からすうっと身体を伝っていく。
「……あれ……?」
飛鳥が、そっと足の指を動かす。
鳥脚の爪が、きゅっ……と氷の上をつかむ。
「もっと……冷たいのかと思ったけど……なんか……気持ちいい、かも……っ」
氷上とは思えない、絶妙な“ひんやり感”。
凍えるような寒さでもなければ、湿るようなぬるさもない。
澄んだ冷気だけが、肺にすぅっと入り込んでくる。
「氷っていうか……冷えたシーツ、って感じかな?」
マハが右足で、氷をトントンと踏みしめる。
「……この氷は、我が力により作られた、決して溶ける事のない永遠の氷」
セドナが静かに言った。
だが、その後に続く言葉は、あまりにも軽やかだった。
「そして、氷の快適性は、ユーザーフィードバックとA/Bテストを経て最適化されておる」
「……最適化……?」
飛鳥が首を傾げる。
しかし、セドナはブレない。
「要するに、“いちばんウケがよかった温度”ってことである」
ロメラが吹き出しながら片眉を上げた。
「いやいや……神様がUX設計してんじゃねーよ」
セドナは、さらなる説明をするでもなく、ひとつ頷いて次へ進んだ。
「では——装備を与えよう」
“しゃらん”という涼やかな音と共に、氷の祭壇から浮かび上がったのは……スケートシューズ。
しかも、めちゃくちゃちゃんとしたヤツだ。
「こいつはまた……わりとリアルだな……」
ロメラが片足を上げて、革製のブーツを眺める。
トゲつきのベルト仕様にカスタムされているあたりが妙にツボを突いてくる。
「“氷上を滑って踊る”ための道具。それを“フィギュアスケート”と呼ぶ」
この世界にその名称があることに、誰も突っ込まなかった。
「サイズぴったり……すごいですねぇ……」
金色姫が、くるりとターンして笑った。
裾のパレオがふわりと揺れ、ギャラリーからざわめきが上がる。
「背筋を伸ばして……うふふ、こうかしらぁ?」
「うぉっ、女王様!ステップだけでエロい!」「やば、パレオ越しの脚線美っ……!」
ロメラもすぐにコツを掴んだようで、トリッキーに後ろ向きで滑りながら、
「へへ、街の坂道よりはラクだな。氷の上ってのも悪くねえ」
ギターを弾く真似をしながら、くるっとスピンを決める。
一方そのころ——
「……こっちは、靴いらんのじゃろ」
横に並ぶのは、裸足の——
「……ふぇ、ふえぇ……足、つる……っ……あっ、でも、だいじょぶ……っ」
ヴェルミアだった。
6本の蜘蛛脚でずずっ、とゆっくり滑っている。
その動きはたしかに不器用なのに、なぜか視線を引き寄せる不思議な色気があった。
「いいぞ〜蜘蛛脚ぁ!」
「くねくね揺れる感じ……なんか、妙にセクシー……」
「スカートの下、脚の根元……見えてる……?あれ……」
ギャラリーの亡者どもは今日も平常運転である。
ウェーリーは、薄い水の膜を張り、すうっ……と氷の上を滑っている。
驚異の滑走性能。
……ぴょん(楽しい)
尾鰭がきゅるきゅると回転している。
「え……え? あの子、なんか知らんけど……めっちゃ優雅じゃない……?」
「いや、尾鰭が反則じゃろアレ……」
「う、うぅ……っ……っ!」
飛鳥は、翼をバサッと広げてバランスを取る。
鳥脚だけではうまく制御しきれず、ふらつきながらも——
「……でも、負けない……あたしも、ちゃんと……踊ってみせる……っ!」
ぎこちないながらも、懸命にバランスを取り、滑る動きを繰り返していた。
彼女の背中には、純白の水着と羽飾りがふわりと揺れ、そのたびに微かな歓声が上がる。
「……くっそ……健気さで泣きそうになった……」
「守りたい、この滑り出し……」
——と、そのとき。
「よし、トップバッターは……」
ロメラが声を上げた。
「マハとヴェル! おまえら、いっちょ見せてこいや!」
ヴェルミアが、びくっ、と跳ねる。
「わ、わたし……ま、まだあんまり……じょうずに……」
「安心して」
マハが、ふっと笑って、右手を差し出した。
その目は冗談めかしつつも、どこか真剣だった。
「君の脚がいくつあっても、ボクがリードするよ。だから、頼っていい」
「……う、うん……っ」
そっと手を重ねると——
ふたりは、ゆっくりと滑り出した。
最初は、慎重に、ぎこちなく。
だが、次第に——その動きは、美しさを帯びていく。
マハが左腕を広げてターンする。
それに合わせて、ヴェルの蜘蛛脚が静かにひらき、まるで花が咲くように広がる。
「おお……!」
「蜘蛛脚が、レースみたいに……」
「糸……糸が……なびいてる……!」
細くて柔らかな糸が、風に乗ってゆらりと揺れる。
まるで氷上に、白い花が咲いていくようだった。
「……ふふ……ねえ、マハくん……」
「ん?」
「これ、すこし……楽しいの……かも……」
ヴェルが、小さく笑った。
いつもの不安げな声色が、ほんの少しだけ、弾んでいた。
「……ならよかった」
マハがその手を引いたまま、氷の中心でスピンする。
糸が空を描き、蜘蛛脚が円を描く。
ふたりの“奇妙な調和”が、氷の舞台を彩っていた。
「——第一演目、完了」
セドナの声が響く。
「魂の絆、確かに見えたり。美しき舞、見事であったぞ」
ギャラリーから、歓声と拍手が巻き起こった。
「ヴェルちゃん〜!かわいいぞ〜!」
「マハくんの手つき、ズルい!」
「おへそ!あのラップの隙間!チラチラすな!」
ふたりは、手をつないだまま、照れたように微笑んでおじぎをひとつした。
——to be the next scene.




