Last scene:『娘たちにフルボッコにされましたが、今すごく幸せです』
全部が嘘で真実なんて一つもないというのなら・・・
比較しうるものなどないというのなら、
そんなの、全員パパなのと同じことだ。
つまり、私もパパだ。
湖畔。
夜の気配が、しっとりと降りていた。
水面は静まり返り、
風すらも羽音を潜めるように消えている。
じゃりっ。
私は、その岸辺にひとり立っていた。
肩を落として、
白衣はほこりにまみれ、
歩いてきた道のりを語るようにボロボロだった。
それでも私は、ゆっくりと湖を見つめていた。
そこにまだ見ぬ“答え”があると信じて。
そのとき、声がした。
「……来てくれたんだね」
私ゆっくりと、その声のほうを向く。
そこに……飛鳥がいた。
翡翠の翼をソッ とたたみ、
月明かりを背に受けて立っている。
その顔には、
どこか穏やかな表情がうかんでいた。
私は、声を失っていた。
言葉が出てこない。
やっと、誰かが…自分に声をかけてくれた。
それだけで胸が、ぎゅう、と締めつけられた。
そっ……。
飛鳥が近づいてくる。
その小さな肩が、私の肘に、
そっと触れた瞬間、なにかが緩むのを感じた。
「……ありがとうね…。
でもね、家族って、時間がいるんだと思うの」
その言葉は、拒絶ではなかった。
今はまだ、だけど……。
という優しさが、そこにあった。
私は思わず、顔を伏せて問うていた。
「……少しだけで、いい……触れても……いいか?」
沈黙。
そして……。
飛鳥はうなずき、
柔らかな羽根で私の袖にそっと触れた。
「……じゃあ、一秒だけ、ね」
その一秒のために、
私は、どれほど彷徨ったのか。
堪えきれず、小さな身体 を抱きしめた。
それはようやく手にした救済。
心が、軋みながら溶けていくような、
赦しの温度だった。
だが。
ドスンッッ!!!
横合いから吹き飛ばされる。
腹部に鋭くめり込んだ、
レザーブーツの一撃に、
肺の空気が全部 抜けた。
「パパだとォ?
Papa Trashman(ゴミクソ親父)の
間違いだろッ!?」
見上げると、紫色の髪をした少女の顔が見えた。
鋲付きジャケットを羽織り、
ギターを背負った不良娘。
その腕や顔、かしこに縫合痕。
ロメラだ。
身体がまだ空中にあるうちに…。
「ちょっと……動かないで…ね」
ぬるり……。
何かが絡みつく。
キャストドールを思わせる、
か細い腕と滑らかな肌。
その華奢な上半身との差違が、
その姿をより禍禍しく魅せる蜘蛛の下半身。
ヴェルミアの声。
彼女の指からのびた銀糸が、
私の手首に巻きついた。
そのまま、ギリギリと糸が絞り上げる。
「苦しい? えへへ……よかったぁ」
関節が逆向きに引き剥がされるような痛み。
ぞっとするほど冷たく、ねっとりとした悪意。
それを天使のような顔で語る、蜘蛛の少女……。
バシュッ!
水が音を立ててしなった。
背中に鋭く走る痛み。
白衣ごと皮膚を裂くような鞭。
魚類を思わせる、
その下半身を細く長く、ムチに変化させて、
そこにいたのは。
アクウェリーナだった。
彼女はなにも言わない。
ただ、尾鰭の先から伸びるムチが、
静かに、右上から左下へ、斜めにひと振り。
次いで、左上から、右下へ。
ゆっくりと、「×(バッテン)」の軌跡をなぞる。
——つまり、それは失格の烙印。
さらに。
「ふーん、キミはボクの飛鳥に、
そんな事やっちゃうんだ?」
小柄な褐色の少女が、
私の視界の端にしゃがみこんでいた。
少年の様な顔立ち。
素焼きの陶器を思わせる肌。
黒髪のショートカット。無乳。
だが、その言葉には圧がある。
彼女は……マハ。
千里眼を持つ"観測者"。
ひたいにある、大きな第三の目が、
ゆっくりと左右に開かれる。
砂に指を滑らせた瞬間、
頭部に圧痛が走る。
頭蓋を無理やり
こじ開けられるような錯覚。
視界が歪み、頭が割れるように痛い。
「ちょっとだけ……頭の蓋、開けてみよっか?」
脳内で反響するその声に、鼓膜がふるえた。
たったそれだけで、私は思考をかき乱される。
ぞっとするほど……静かに。
そこへ…
「おい、いいか?
オマエが飛鳥に触ったってことは、つまり……」
肩に重みが乗った。
ネコだ。いや、ネコミミの少女。
ノーニャだった。
ナビゲーターなのに、
命令は平気で無視する。
半分、ノラネコのような存在。
「殺すってこと、にゃ」
シュッ!!
風を裂く音とともに
頬に三本の赤い線が走った。
次は、明らかに眼球を狙っている。
ネコの瞳孔が細くなり、
殺意が冗談で済まない温度で突きつけられる。
「ま、待って……!!」
飛鳥の声が、ようやく場を制した。
「……あの人、
ちゃんと“お父さん”になろうとしてるよ!」
しん……。
誰もが動きを止めた。
すこし静かになったあと、彼女たちはようやく……。
しぶしぶながら……。
退いた。
ノーニャが最後に一言、
爪を光らせながらクギを刺す。
「……でも次“パパ活”したら、マジで殺すにゃ」
足音が去っていく。
誰も振り返らない。
——男は大地に背中を預け、
虚な瞳で空を見上げる。
だが一方で、口元は、笑っている
……実に不気味だ。
——そして彼は、噛み締めるように呟く。
「……父というのは、かくも業が深いものか」
湖の水面に、月が揺れていた。
──to be the epilogue.
たった一秒、触れられただけで、
私は、この人生ぜんぶ許された気がした。
——
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