Scene4:『沈黙系マーメイドは何も語らない。でも勝手に心砕けて帰る』
『君の意見は、完全に間違ってるという点に目を瞑れば、概ね正解だ』
-「クビキリサイクル」より引用
間違いとは価値観によって変わるもの。
つまり、もし価値観に目を瞑れば?
そう、私は概ねパパだ。
ぽちゃん……。
静かな水音が、霧の中に溶けていく。
私は、いつの間にか霧立つ湖に立っていた。
誰かに呼ばれたわけではない。
誰かを訪ねる理由もなかった。
しかし…。
ちゃり、ちゃり……。
砂利を踏み締める足が勝手に、
この場所へと歩いていた。
導かれるように。誘われるように。
理由なんて、なかったはずだ。
——嘘である。普通に次の娘に会いに来た。
水面を渡った風が、
サラリと 草を優しくなでていく。
ざら……しゃり……。
岸辺の砂利が、かすかに鳴った。
空は、ゆっくりと赤く染まっていた。
ちゃぷん、ちゃぷん……
湖は、それを静かに、のみこむように、
波を刻んでいた。
「……どうしても会いたかったわけじゃない。
ただ……足が向いてしまっただけなのだ。」
——改めて言う。嘘である。
夕焼けの光が私の白衣に反射し、
その汚れと疲労を際立たせる。
鏡など見ずともわかる。
私はもはや影のような姿であろう。
「なぜなら、私は今…、限界にいる……!」
ヒュゥ……。
風が吹いた。
湖の先、波打ち際。
その水辺に、ひとつの影が静かに佇んでいた。
[霊改型]LC-07
言葉を持たぬ、静謐の精霊。
アクウェリーナ。
彼女はウンディーネと呼ばれる
精霊の改造体だ。
精霊とは…物理的エネルギー変動を
擬人化したもので、自我はない。
しかし、そこに人間の単純な
反応パターンが蓄積され、
なにかの"人間臭い"反応傾向がみられる場合がある。
ウンディーネは、そういった精霊の
個体群を指す分類名のひとつである。
「人間の男と恋をすると心を持つ」
という俗説は、この性質に由来する。
私は、人の手で、
その性質と同じことができないか、試してみた。
しかし、彼女は言葉も返さず、意思も読み取れず、
私の思うような反応を返さなかったため、
ここに廃棄した。
——それは違う。
彼女には誰よりも深く
豊かな心がある。
ちゃぽん……。
彼女は、波打ち際にそっと座っていた。
水面をじっと見つめたまま、ふりかえらない。
声も、出さない。
ぴたり と止まった空気の中。
すぱんっ‼︎
尾鰭が一度だけ、水面を軽く跳ねた。
その音だけが、静けさに浮かんだ。
まるで「ごくろうさま」とでも言うように。
「……君は、何も言わないんだな」
フワァ……。
風が通りすぎた。
私はその場に立ったまま、
彼女に近づきたい衝動を抑えつつ、
距離を保った。
彼女は反応を返さなかった。
夕焼けの斜陽が湖面に反射し、
そのきらめきが、
彼女の長い水色の髪をやさしく照らしていた。
濡れた髪が、彼女の ふわり とおおきな
双丘の曲線に沿って
ぴたり と吸い付いている。
わずかに揺れるたび、
水が形を変えるように輪郭を撫でている。
ウンディーネは、
男性の性的興奮を促す姿をとることが多い。
これは、ウンディーネが
形状維持のために必要とする
"ヒトの強い感情”を効率よく吸収するためだ。
さすが我が娘、
目的の為の機能を十分に備えている。
——そう彼は冷静に分析した。
性欲がペンペン草くらいしかないのか?
男としては、それもどうだろうか。
ぐるり。
水面が、円を描いた。
尾鰭が一回転し、軽く二度、はねた。
「……それは……“もう来るな”の、合図か?」
尾鰭が、静かに止まった。
夕陽が、彼女のしっとりした肌に反射している。
「……いや、勘違いだな。
ただの……しっぽのストレッチ
きっとそうだ」
私はクルリ とふり返る。
なんとなく……これ以上、
彼女が何を伝えようとしてるか、
深く考えたらマズい。
……直感が、そう私にいった。
——賢明な判断である。
じゃりじゃり と砂利を踏みしめる音が、
静かに湖に向けて鳴る。
「なにも言われないのに、心が砕ける。
この訪問が……
最も厳しかったかもしれない……」
私は歩き去る。
ぴちゃん…。
そのうしろで、ひとつだけ、
小さな水音が返ってきた。
——第四陣、戦わずして撤退。
——to be the next scene.
——お父さん的プロモーション -しっぽ語解読不能編-——
ふむ、確かに言葉はなかった。
反応も、ほとんどなかった。
だが私は……感じたのだ……あのしっぽの振動に、微細な情動を……。
そう、優しさはあった……たぶん……おそらく……おそらく……。
言葉を交わさずとも心が通じ合う。
それこそが、真の家族というものではないかね?(反語)
——次回予告。
Scene5:美しき鱗粉を纏う娘が、門前払いするんだが。
——
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