Scene4:『娘に癒されすぎて、胃洗浄されてるんだが!?』
『憎悪は心の中の毒です。許しと愛は解毒剤です。この解毒剤を活用すればすべての憎しみは消え去り、心の平安が得られます』from 作家 ジョセフ・マーフィー
だがそれを“毒を盛った本人”が言い出したとき、話は別だ。"解毒剤を飲めば大丈夫"とはならない……。
ふわり、と何かが動いた。
——ツタだ。
私の腕に、フィロのツルが絡みついてくる。
冷たくて、すべすべしていて、どこか安心する感触。
「えっとえっとえっと……
あぁ〜、お客さまのバイタルがぁ〜……」
彼女はあたふたしていた。
けれど、それもほんの数秒だった。
「だいじょぶですぅ〜、
ちゃんと、わたしが、癒しますからねぇ〜」
まずは、左腕のツタが私の胸の上を這う。
つるん、ぺたん、ひやっ。
そのツタの先端が、まるでセンサーみたいに、
私の心臓の鼓動や、呼吸の深さをチェックしていた。
「ん〜、ちょっと……これは、洗浄したほうが……」
そう言って、彼女は近くの鉢に手を伸ばした。
その中には、ギザギザした葉の長い茎の植物。
「ごめんなさい〜、ちょっと苦しいですけどぉ〜」
——ズボッ!!!
私は目を見開いた。
口から、ホースみたいな茎が、
胃までズボズボ突っ込まれている。
「ごぼっ……ぉおえっ……!?」
そこに、別のツルが水を送りこんでくる。
なぜ胃に直で水を!?
いや……分かる。理由は分かるんだが……。
感覚がついていかない。
……胃の中が、ぶくぶく洗われていく……。
「う〜ん…まだ、毒残ってますぅ〜……!」
フィロの可愛らしいフンワリした声だ。
だが、今はやめてほしい。
“毒あるのちょっと可愛い”みたいになる。
そう言いながら、フィロレーナはさらに
ツタを伸ばし、今度は真っ黒な粉末を取り出した。
「はいっ、活性炭です〜!」
——うん、知ってる。知識はある。
……活性炭…。
それは、有害物質を吸着するためのもの。
粒子の細かな炭が、毒を取り込むのだ。
急性中毒の初期対応として、
医療の場でも、よく使われている処置である。
しかし、"はいっ⭐︎"って取り出したら、
"ちょっと愉快なアイテム"っぽくなるから、
もう少し考えて……。
「胃の中に、びゅーん!て入れますね〜!」
びゅーん、じゃない。
いや、急を要するのは理解するが、
もっとこう……心の準備とかさせて欲しい。
びゅるるるっ!!
胃の中に、活性炭が注ぎ込まれた。
真っ黒で、ざらざらしてる。
口の中まで変な味になってきた……。
「そろそろ……出したほうがいいですねぇ〜」
……お、おい…まさか…。
ずるっ。
フィロの指が口に突っ込まれ、
そこから伸びるツタが、
ノドの奥を、ぐいっと押し込む。
「ぐえっ…がっ」
せめて、"おえってなったら教えてくださいね〜"
的な段取りは?
「うぷっ……う、ぐっ……がぼっ!」
口から、どろどろの黒い液体が噴き出す。
活性炭混じりの胃液。
つまり、今飲まされたやつを、
彼女は、回収しているのだ。
「これで……だいぶスッキリしましたねぇ〜」
彼女は、にこっと笑った。
私は……死にかけていた。
けれど、今は生きている。
多分、胃も喉も、いろんな意味で……ピカピカだ。
「あっちに蔓でベッド作りますからぁ〜、
寝てた方が……。」
フィロレーナが、やさしく言った。
だが、私は。
「いや、命果てても娘とのお茶会を続ける!」
ぐっと拳を握り、よろよろと立ち上がった。
喉が痛い。胃も痛い。体じゅうぐったり。
けれど、心は温かかった。
これは、父の戦いなのだ。
癒しとは……
命をかけて、娘のもてなしを受けることなのだ!
《このお茶会、コストが命とか高すぎる》
——to be the next act.
私は確信した。娘の癒しとは、すなわち死線の向こう側にあるご褒美なのだと。
そう、たとえ胃の中を洗われようとも、喉から黒い液体を吹き上げようとも、この命は娘の“おもてなし”によって蘇る。
もはや私は、癒されるために死にかける勇者である。
……いや、むしろもう一度くらいなら死んでもいい。
それが父という生き物なのだから。
——次回。
第二幕『咲くという孤独、咲けるという強さ』
こんどは、道徳の話です。
——
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