Last scene:『ママの的確な救命措置により蘇生した件』
「いのちより大切なものがあると知った日、生きているのが嬉しかった」from 星野富弘
——ねぇパパ。それ、私がいなくなったら死ぬってこと?
ねぇ、それってもう、脅迫だよ。
……ぽとん。
どこかで、雨垂れのような音がした。
室内には、静けさがみちていた。
男の身体は、糸にくるまれ、
床にうつ伏せで転がっている。
——呼吸—していない。
——心音—限りなく微弱。
——意識—吹き飛んで久しい。
「……あれ?」
ヴェルミアが、首をかしげる。
胸に頬を当てたまま、
八つの目でパチパチと瞬した。
「……パパ、また寝ちゃった?」
「でも、これで……ずっと一緒……」
その囁きは、限りなく甘く、優しかった……
——と、そのとき。
すっ……
音もなく、窓辺の月明かりがかげる。
そこには蒼い翼を広げ、窓の縁に脚をかけた、
半竜の影。
薄い着衣のすそは羽のように揺れ、
微笑みながら、沈黙を宿して室内へと降りたった。
——アジュールが静かに様子を見にきたのだ。
そして、男を一瞥…。
(…………)
目が見開かれた……。
(——死んでる!!)
彼女らしからぬ狼狽した様子で
ウロウロと左右に歩き、
尾がバランスを取るように小さく揺れた。
しかし、すぐさま冷静を取り戻す。
その後の動きは素早く、そして的確だった。
アジュールは、すぐさま男にかけよると、
肩を二回叩いた。
——ぽんぽん。
(※ 一次救命処置(BLS)の初動。
ただし発声ができないため、呼びかけてるつもり)
——反応……無し。
すぐに片手で額を押さえ、もう一方で顎を支えて、
気道を確保。
胸や腹部の動きを見て、呼吸音を聞く。
彼女の、朱の刺青で彩られた頬が、
男の口元へとそっと近づいていく。
鼻先がわずかに触れる距離、静かに気配を探る。
——自発呼吸……無し。
彼女の白く細い指が、男の頸動脈にすべりこむ。
……10秒。
——脈拍……無し。
アジュールの目がわずかに細められる。
そして、彼女は男の唇に
自分の唇をぴたりと重ねる。
一回、二回。
湿度を含んだ、少し甘い吐息が送り込まれるたび、
男の胸がふくらむ。
彼女の淡い唇が離れると、
艶めいた光沢が男の唇に少しだけ残った。
ぷしゅぅ……
男の口から空気がもれる音。
「ママ、えらい〜。しゅご〜い」
ヴェルミアがぱちぱちと拍手。
アジュールは、それには応えず、
冷静に手を彼の胸の中央へ置いた。
腕を伸ばし、上体の重みを使って……。
30回、正確な圧迫。
力も角度も完璧。
まさにガイドラインに沿った的確な救命措置。
だが、まだ意識は戻らない……。
アジュールはゆっくりと尾を持ち上げる。
先端がわずかに発光する。電気信号の小さな脈動。
尾を構えた姿勢は、まるで…。
——除細動器(AED)のパドル!
竜の尾。
空を裂くように振り下ろし、男の胸部を……。
ぺちん!
「うぐあぁッ!!」
男、蘇生。
「ハァッ……! …アレ?、オレ、死んでた…?」
アジュールは、じっと彼を見下ろす。
それは、「おまえ、またか」的な眼差し。
明らかに“呆れ”がただよっていた。
「ち、ちがうんだ……あれは事故だ……!
ヴェルミアに悪意はなかった!
むしろ愛されていた!」
アジュールがため息を吐く。
完全に呆れてる顔だ。
彼女は、くるりと向き直って、
ヴェルミアの髪を撫でた。
「んふふ、ママ〜大好きー!」
その瞬間……。
彼には二重のダメージ。
「……え? え? ちょっと待って
……ママって……?」
「さっきまで、
完全にパパ大好きの雰囲気だったろ!?」
クチビルが引きつり、声が裏返る。
「パパ……いま死にかけてたんだよ!?
え、ていうか死んでたんだよ!?
そっちはノーコメントで!?」
アジュールは、男を一度だけ見て、
ふわりと微笑んだあとヴェルミアに視線を戻した。
それだけで、十分だった。
(…あっ…これ、“どうでもいい子を見る目”だ…)
再びヒザががくりと崩れおちた。
ヴェルミアが男の背中にちょこんと座り、
満足げにつぶやく。
「だいじょうぶ。ママがいれば……
また…生き返るもんね」
アジュールが、ふぅ……とため息をついた。
室内には、静寂と、
しょんぼりした男のうめきだけが残された。
──to be the epilogue.




