Scene1:『娘よ、パパだ!からの、心が折れるまでが、この物語のテンプレです〜翡翠の翼の少女編〜』
「死にたい場所を見つけました」
——彼はそう言う。しかし、"その場所"に指定された方は、たまったもんじゃない。
湖べりの草が、風にそよそよと揺れていた。
その音を聞きながら、
私は小さな湖のほとりに立っている。
そして、その向こう。
ふわり。
翡翠色に光る翼が、
そよ風にのってやさしく揺れた。
羽根先が、ひらひら揺れ、光を弾いている。
そこにいたのは、細い足で草の上をトコトコ歩く、
小さくて儚げな、女の子。
私の最高傑作…いや、最悪の罪か……。
その姿は、どう見ても人ではない。
肘から先は翡翠の翼。
脚にはモモ色の鱗が生え、鳥ように細い。
それでも、ちゃんと服を着て、
誰よりも女の子らしく生きている。
かつて私は、
彼女を「融合型試験体LC-10」と呼んでいた。
そう……"LC計画"。
それは、失われた魂を、この世界に取り戻す計画。
その詳細は、いずれ語るとしよう。
でも今はもう、そんな無機質な呼び方はするまい。
彼女の名前は……飛鳥。
私は偶然にも、この場所で彼女と再会した。
——嘘である。彼は怪しげな追跡装置で、
ストーカーじみた方法を使って
飛鳥の場所を特定したのだ。
いや……再会…
なんて都合のいい言い方ができる立場じゃない。
私があの子に、何をしたかを思えば。
私は知っている。
この小さな女の子が、
私にとってどれだけ特別な存在かを。
かつて私は、彼女の身体に……
愛する人の魂を、無理やり"移魂"しようとした。
そのために、名前も記憶もなかった彼女を
“鳥籠"と呼ばれる施設に閉じこめたのだ。
空も飛べず、
自分の身体も思うように動かせなかった、
あの頃。
でも、彼女は旅出ち、仲間を得て、世界を知った。
今では、自分の翼で空を飛べるようになった。
飛鳥は、心も強くなった。
私のしてきたことも、彼女は許して、
今はもう私を受け入れてくれている。
——などと、都合よく
勝手に解釈しているだけである。
実際は、まだけっこう微妙だ。
そして、私は来た。
父として、じゃない。父になろうとする、
哀れな誰かとして。
***
彼女……飛鳥は、
湖のそばでしゃがみ込んでいた。
その翼を体に巻きつけるようにして、
小さくなっている。
黒くて澄んだ瞳が、
水の上をじっと見つめていた。
その目は少しだけ、寂しそうだったが、
赤くなった頬と、
やさしげにゆるんだ口もとには、
ちゃんと女の子らしいぬくもりがあった。
彼女だ。ああ、まちがいない。
あの翼のぬくもりを、私は誰よりも知っている。
そして、この私のことを、
誰よりもわかってくれているのも、彼女だ。
——勘違いである。
別にそんなに深い間柄ではない。
私は、そっと咳払いをした。
「……やあ。ごきげんよう、飛鳥」
草がびくりとゆれる。
彼女の肩がぴくっと動いて、翼の先っぽが
…ぱたん と地面を打った。
「……っ! つ、あ、あなた……は……?」
「うむ。父親というのは、
突然、ふらり と現れるものなのだろう?
……多分」
「その……つまりだ。少し話を、と思ってな」
飛鳥は鳥の脚を引き、一歩だけ後ろへさがる。
肩まである長いモミアゲがふわりと動く。
後ろでひとつにまとめられた黒髪を、
羽の先でそっといじっていた。
私は空を見上げた。
なぜだろう。
やけに青く、やけにまぶしく見える。
なんだか……空気が、おもたく感じる。
たとえ彼女が、
もう私を許してくれていたとしても、
私の中の確かな“良心”が、そう錯覚させる。
——錯覚ではない。
「その……来てくれたのは、嬉しい……けど……
ごめんなさい、いまは……ちょっと……」
彼女は、言葉をえらびながら、
翼の先をふるわせた。
私はだまって、下を見る。
「……また、いつか、ちゃんと話せたら……
その時は……」
「……ああ。無理は、させん。
家族というものは、
そう……時間が、必要なのだ……な。うん」
私は クルリ とふり返る。
草の上を歩く自分の足音が、
いつもより少し重たく感じられた。
——第一陣、見事に敗退。
結局、最後まで飛鳥に
パパと呼んでもらうことはできなかった。
でも、戦いはこれからだ。
これは戦略的撤退であり……うむ……
心が痛むのは、気のせいだ……たぶん……
——何度でも言おう。気のせいではない。
風が一陣、
背後から私の背を押した。
——to be the next scene.
——お父さん的プロモーション -翡翠のつばさ編-——
ただ、娘に会いに行っただけなんです。
なのに、なぜ心がこんなに折れるんでしょうか。
え?呼びかけただけで、一歩下がられるって……デバフですか?
でも、大丈夫。パパはくじけない。
これは、ほんの第一陣。そう、“冒頭の負けイベ”です。
次は勝ちます。ご期待ください。
——次回。
Scene2:おっとり植物娘に、通行人Aあつかいされる。
——
感想や評価など、ぜひお寄せください。
みなさんの感想や評価で、作者の「愛されている」という自己肯定感が少しづつ高まります。誤差はありますが、嬉しいです。