Scene4:『おままごとの部屋で、パパは動かない』
「まわりに気をつけて。あなたの隣にすわっている人物が、冷酷な殺人犯かもしれない」-クリストファー ベリー=ディー「サイコパスの言葉」より引用。
——隣に潜む殺意は確かに怖い。しかし、殺されかけた次の瞬間に、正面から両腕を広げて「おはようのチューは!?」と迫ってくるパパの方が怖いこともある。
その部屋の名前は、"白糸の間"
床も壁も、ふわふわした白い糸で覆われている。
そんな部屋のまんなかで……。
——私は……ぐるぐる巻きにされていた
上半身から足首まで、
クモの糸でカチカチに固定されている。
もはや白いサラミハムだ。
腕は胸の前で組まされ、指一本たりとも動かせぬ。
なんとか見えるのは、顔だけ。
顔からは血の気が引き、クチビルは紫に。
目もぼんやりしていて、意識はかなり遠い。
——だが。
私は満足していた。
「ふふ……見よ、この“父なる構図”。
母、娘、
そして中心に鎮座するこの私……」
動けないまま、気どって呟く。
「この空間、実にエモい。
まさに家族という小宇宙だ……!
私は今、理想の“パパ像”を体現している……!」
そのすぐそばで、
ヴェルミアは床に正座して、
ぬいぐるみを大切に抱えていた。
そのぬいぐるみは、
青い髪の少女の姿をしていて…嫌に見覚えがある。
「……アジュールちゃん、きょうはママなの」
そうつぶやくと、ヴェルはそっとその頭を撫でた。
それはとても、やさしい手つきだった
「パパ、動いちゃダメだよ……
いまから、おままごと、はじまり、だから」
私は、せめてもの意思表示として、
まばたきだけしてみせた。
「わかっている、わかっているともヴェルミアよ。
“動かないパパ”の役、抜かりはない……!」
「じゃあ、はじめるね」
くるり。
身をひるがえすと、
ヴェルは糸でできたティーセットを並べはじめた。
カップも、ケーキも、スプーンも、
全部が白い糸で作られている。
しかもびっくりするほど精密で、
レースやフリルまでちゃんとついていた。
「……ママ、きょうはケーキつくったんだって……
パパ、たべる?」
「もちろんだとも、娘よ。
私は……この日そのために、ここにいるのだ!」
——そして、“ティータイム”が終わるころ。
ぬいぐるみを胸にだいたまま、
ヴェルがぽつりと口を開いた。
「……ねぇ、パパ。おぼえてる?」
「む?」
「昔もね……こうやって、遊んでくれたの。
パパがね……ヴェルに、お洋服を着せてくれて。
それでね、“きれいだね”って、言ってくれたの」
私は首を動かせないまま、すこしだけ眉をひそめた
「……ふむ。ああ、そういえば……
そういうことも、あったかもしれんな」
《まるで小学生くらいの記憶スパンである》
ヴェルミアが、まっすぐ私をみる。
「ヴェルね……うれしかったの。
だって、パパが選んでくれたんだもん。
いちばん、似合うお洋服……選んでくれたんだよ?」
「……ふむ、よき判断だな、過去の私。
だが、あの頃の私は、まだ“父”ではなかった。
今こそ私は、真に……おままごとにおける
父性の理想形へと至ったのだ……!」
ヴェルミアは、ふんわりと笑った。
「……だって、あのときも……楽しかったから」
部屋の中は、ふたりの時間で満たされていた。
《それは、白い糸の、柔らかくて、ちょっとだけ怖い家族ごっこ》
——to be the next scene.
……ねえ、パパ。
ずっと動かないでいてくれるから、安心するの。
やさしいまま、そこにいてくれるから。
うごいちゃったら、また壊れちゃいそうで……
……だからね、今日はもっと、ぎゅって、ぎゅって巻いたよ………。
——次回。
Scene5:着せ替え人形の幸福-無機質なドレスは、きょうも私への贈りもの-。
第2幕、エモパートです。
——
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