表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
118/221

Scene10:『告白のサロン、断罪のサロン』


 静かな時間が流れていた。


 彼女の思い出を巡る旅を終え、カナクプリヤは再び館へと戻っていた。


 私はその数日後、いつものようにポータルで現れ、

 玄関で三度ほど呼び鈴を押してから勝手に入った。



 ……当然である。これは父としての正当な権利である。


 


 紅茶の香りが、微かに漂っていた。


 彼女のサロン。

 丸窓から金色の陽が差し込み、白いクロスのかかったテーブルを照らしている。


 


 テーブルの向こうにいるのは、私の娘の中でもとりわけ気品に満ちた存在。

 長い金髪をなめらかに整え、紫の触角をそよがせながら、カナクプリヤ……金色姫が、静かにこちらを見つめていた。



 「ふむ……この空気、この香り……実にいい」


 私は足を組み、カップを掲げる。



 「まるで旧き時代の王の謁見のようだな。やはり、我々にはこうした格式が似合う」


 

 彼女は、湯気越しに微笑んだ。


 

 「まぁ、それは光栄です」


 「せっかくですから……今日は、ちょっとした“おはなし”でも、いたしましょうかぁ」


 


 私は頷いた。

 いよいよだな。どうやら彼女も、ついに本心を語る気になったらしい。


 


 そう、私は知っていた。


 彼女はずっと、私に信頼と感謝の想いを寄せていた。


 言葉にはしないが、その視線、その仕草、その触角の揺れが、雄弁に物語っていたのだ。



 私はカップを持ち上げ、ひと口。


 ふむ、芳醇な香り。完璧だ。さすが我が娘たちの中でも、知性と気品を兼ね備えた存在。


 彼女はやはり、“おっとり上品系お姉ちゃん”。


 娘たちの中で、もっとも長女の器に相応しい。



 いや、歳で言ったら九重の方が上だったか?

 

 そこまで考えたところで、私の背中の火傷後がチリチリ痛んだ気がしたので、それ以上考えるのはやめておく。


 いわば、これは告白の儀式。

 彼女なりの“はじまり”のセレモニーなのだろう。



 私は頬杖をつき、優雅に言った。


 「まずは聞こう。君の言葉で、君の気持ちを」


 

 これは、彼女が私を父と認め受け入れる。

 その前兆である。

 そう、私は確信していた。



 ……が、その時だった。


 


 彼女はカップを一度置き、視線をまっすぐに向けて、こう切り出した。


 


 「ニープナ」


 「もし、わたくしが元の“ランプの魔神”、強大な力を持つ金壺のジンに戻ったら……。

 貴方は、何を望まれますか?」


 


 私は、一瞬だけ虚を突かれたが、すぐに鼻で笑った。


 


 「ふっ。私をパパと呼んでくれ、はダメなんだろ?」


 彼女は上品に頷いた。


 「ええ。禁則事項……“金壺のジンの力を、永遠に自分のものにしたい”に抵触しますもの」


 

 「——なら、何も望まんよ」


 私は即答した。


 「以前も言ったが、オマエに叶えられる願いなど、自力でいくらでも実現できる」


 


 それを聞いた金色姫は、一拍の間を置き、

 微笑のまま、ゆっくりと背もたれに寄りかかった。



 そして。



 「……では」


 「今から申し上げることも、“願い”ではなく、“確認”として受け止めてくださいませ」


 

 私は、わずかに身を起こす。


 空気が変わった。



 いつもより深く入れたはずの茶の香りが、唐突に薄れて感じられる。

 窓の光は柔らかなままだが、室内の色だけが妙に冷えたような錯覚を覚える。



 彼女の声が、静かに落ちた。


 「これは……私たちのため、ひいては貴方のために、伝えなければならないことがありますの」



 私は、悟った。



 違う。これは、告白ではない。

 これは、断罪の儀式である。


 


——to be the next scene.


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ