Scene10:『告白のサロン、断罪のサロン』
静かな時間が流れていた。
彼女の思い出を巡る旅を終え、カナクプリヤは再び館へと戻っていた。
私はその数日後、いつものようにポータルで現れ、
玄関で三度ほど呼び鈴を押してから勝手に入った。
……当然である。これは父としての正当な権利である。
紅茶の香りが、微かに漂っていた。
彼女のサロン。
丸窓から金色の陽が差し込み、白いクロスのかかったテーブルを照らしている。
テーブルの向こうにいるのは、私の娘の中でもとりわけ気品に満ちた存在。
長い金髪をなめらかに整え、紫の触角をそよがせながら、カナクプリヤ……金色姫が、静かにこちらを見つめていた。
「ふむ……この空気、この香り……実にいい」
私は足を組み、カップを掲げる。
「まるで旧き時代の王の謁見のようだな。やはり、我々にはこうした格式が似合う」
彼女は、湯気越しに微笑んだ。
「まぁ、それは光栄です」
「せっかくですから……今日は、ちょっとした“おはなし”でも、いたしましょうかぁ」
私は頷いた。
いよいよだな。どうやら彼女も、ついに本心を語る気になったらしい。
そう、私は知っていた。
彼女はずっと、私に信頼と感謝の想いを寄せていた。
言葉にはしないが、その視線、その仕草、その触角の揺れが、雄弁に物語っていたのだ。
私はカップを持ち上げ、ひと口。
ふむ、芳醇な香り。完璧だ。さすが我が娘たちの中でも、知性と気品を兼ね備えた存在。
彼女はやはり、“おっとり上品系お姉ちゃん”。
娘たちの中で、もっとも長女の器に相応しい。
いや、歳で言ったら九重の方が上だったか?
そこまで考えたところで、私の背中の火傷後がチリチリ痛んだ気がしたので、それ以上考えるのはやめておく。
いわば、これは告白の儀式。
彼女なりの“はじまり”のセレモニーなのだろう。
私は頬杖をつき、優雅に言った。
「まずは聞こう。君の言葉で、君の気持ちを」
これは、彼女が私を父と認め受け入れる。
その前兆である。
そう、私は確信していた。
……が、その時だった。
彼女はカップを一度置き、視線をまっすぐに向けて、こう切り出した。
「ニープナ」
「もし、わたくしが元の“ランプの魔神”、強大な力を持つ金壺のジンに戻ったら……。
貴方は、何を望まれますか?」
私は、一瞬だけ虚を突かれたが、すぐに鼻で笑った。
「ふっ。私をパパと呼んでくれ、はダメなんだろ?」
彼女は上品に頷いた。
「ええ。禁則事項……“金壺のジンの力を、永遠に自分のものにしたい”に抵触しますもの」
「——なら、何も望まんよ」
私は即答した。
「以前も言ったが、オマエに叶えられる願いなど、自力でいくらでも実現できる」
それを聞いた金色姫は、一拍の間を置き、
微笑のまま、ゆっくりと背もたれに寄りかかった。
そして。
「……では」
「今から申し上げることも、“願い”ではなく、“確認”として受け止めてくださいませ」
私は、わずかに身を起こす。
空気が変わった。
いつもより深く入れたはずの茶の香りが、唐突に薄れて感じられる。
窓の光は柔らかなままだが、室内の色だけが妙に冷えたような錯覚を覚える。
彼女の声が、静かに落ちた。
「これは……私たちのため、ひいては貴方のために、伝えなければならないことがありますの」
私は、悟った。
違う。これは、告白ではない。
これは、断罪の儀式である。
——to be the next scene.




