退屈しのぎになるものと言えば、読書なんですけどね〜と私は逃げる。―枕草子
「ねえねえ、将棋やらない?」寝ても覚めても将棋のことで頭がいっぱいの息子。幼稚園時代から将棋にハマりだし、お父さんやおじさん、学校の先生にも手合わせ願って、めきめき力をつけてきた。
たまに私も誘われる。だが、初心者も初心者の私は、始めて3分も経たずに負けてしまう。そんな母と手合わせして楽しいのだろうか。毎回、こてんぱんにやられる私を、「一度、お母ちゃんにも勝たせてあげたい」と、息子の持ち駒を「玉」だけにし、私は全部の持ち駒でいざ対戦することに。これなら勝てる! と思いきや、息子はどんどん持ち駒を増やしていって、あっという間に私が「王」だけに。息子はふざけるように駒を並べ始め、全く逆の形勢を作り上げるという始末に。
「弱すぎる⋯弱すぎるよ⋯」と悶絶する息子。
「お母ちゃんに定跡を教えてあげるよ」と将棋の戦法を教え出すも、始めはなるほど〜と、感心して聞いていても、段々、頭がこんがらがってきて疲れてしまう。
うう⋯母、無念。
息子は最近は、お父さんとの対戦も勝ち数が増えてきて物足りない様子。Switchで、将棋アプリで、様々な媒体で将棋をする。そこで息子は「そうだ。ChatGPTと将棋してみよう!」と駒を並び始め、スマホ片手に「よろしくお願いします」とお辞儀した。
初手は互いにまあまあ。解説もChatGPTにお願いして、いい勉強。
と、思いきや。
ChatGPTが混乱し始め、めちゃくちゃな対戦に。息子は始めは、優しく指摘してあげるも、ChatGPTの暴走は止まらない。息子は面白がって自分も暴走しだす展開に。
最悪な暇つぶしだな⋯と横目の私。バカ笑いしながら、めちゃくちゃな将棋を続ける息子。
ここで思い出す枕草子「つれづれ慰むもの」の段。退屈しのぎになるもの、碁。双六。物語。とつづく段。ChatGPTを面白がる様子は、「三つ、四つの児の、ものをかしく言う」の子どもを相手にするおかしさにも似ている。究極の暇つぶし。面白いのだろうか。
結局、ChatGPTが自分の駒の「玉」を自分の駒の「銀」で取ってしまって詰みに。息子、「ありがとうございました」と笑ってスマホを放り投げた。
「まあ無料のChatGPTだからね」とまた私を誘い出す。母の退屈しのぎになるものと言えば、読書なんですけどね〜と私は逃げる。時間がたくさんあるのは、子どもの特権だ。平安の世の時間を持て余していた貴族を思う。まるで息子のようだな⋯と。
退屈のなかに、私も将棋が強くなるでしょうか?




