心は破裂しそうなくらい、恥ずかしくて苦しかった少女の私があったような。―拾遺集
恋愛小説も、恋愛そのものも苦手で奥手な私。恋愛小説だったら、漱石の『三四郎』くらいならいける。
『三四郎』って恋愛小説というふうに括ってもいいですか?
百人一首で恋の歌を読んでみる。まるで他人事みたいだ、と思う。恨み言を読んだ、右大将道綱母の歌は大好きだけれど、それってネタにしすぎちゃってるから⋯(「嘆きつつひとり寝る夜の明くる間はいかに久しきものとかは知る」)
本気で、恋歌と向き合う。恋愛を語っていいはずもない、まるで白々しくなってしまうのも覚悟で。
恋も愛も、畑違いなのだ。
そんな私だって初恋はあったはずだし、共感できないなんて嘘だ。こんなに溢れてる恋愛小説。誰もが求める永遠の愛。私にも、心の奥底で、共鳴するような恋の源流に出会える素質があるはずだ。
そこでふと立ち止まる、百人一首41番。
「忍恋」をテーマにした歌なら、読んだって良いでしょうか。
「恋すてふわが名はまだき立ちにけり人知れずこそ思ひそめしか」
こっそり恋をしていたのに噂になっちゃった。そんな「好き」の始めの歌。ピュア過ぎて、色褪せた世界に生きてる私が語っていいはずもない歌。
心は破裂しそうなくらい、恥ずかしくて苦しかった少女の私があったような。
「応援してあげる!」なんて周りから言われて、赤面しながら「やめてやめて!」と騒いだりするから、収拾つかない事態。私の恋はそこまでしかページが進んでなくて、そこからの展開もなく、ジ・エンド。起承転結の「起」の場面しか語られないのです。
初心なことは宝であると思っていますが、いかがでしょうか。
でも作品を通して、恋愛を知るという文学少女ならではの恋の楽しみ方はあったっていい。源氏物語だって、愛読書だったね、そういえば。
気づいたら、結構恋愛小説読み込んでいるんでした。




