これから君に降る雪はどんな雪になるだろうね。―生ひ立ちの歌
先日、誕生日を迎えたきょうだいの兄。ゲーム好きの兄は、ハマっているゲームのキャラクターと同じ誕生日だとかで、大喜び。そんな私は、なんと詩人の中原中也と同じ誕生日なのであります。恐れ多いことです。
大雪の日に生まれた息子。ものすごく痛かったけれど、なんとか産まれて来てくれました。退院した後は、大雪のなか里帰りしたのでした。産後もへったくれもなかった県外故郷までの道のりに、なにかこれからの苦労を予感するような思いでした。
雪の日に生まれた息子に、中原中也「生ひ立ちの歌」を読んで聞かせました。
真綿の雪が降る幼年時代だったでしょうか。
お布団に包まるような、ふわふわの雪で雪だるま作ったり。初めて雪を踏んだ感触を覚えているでしょうか。
家族や地域の人に愛されて、遊ぶことに不自由ない温かさをしっかり感じていましたか。
ゆっくりと大きくなる我が子にやきもきする母なのでした。離乳食ですら、遊び道具にしてしまうくらい、やんちゃだったね。
ちょっと大きくなった今、降る雪は霙のように感じますか。
生まれてから、ひとつひとつ誕生日を迎えていって、掌も、身長も、母より大きくなって、涙の出るような努力も重ねるようになって。
それでも、遊び心は尽きないから、お困り者も演じるのだけど。
雨混じりの雪も、少し冷たいと感じるのでしょうか。
苦しい状況に立ったら、母だけは味方になってあげたいと思う気持ちが、子供扱いだよ、と笑って払いのけるようになった時、ちょっと淋しいような。そうか、雪も霙のようであるのも、とうに知っているのだろう、と感じた日でした。
これから、君に降る雪はどんな雪になるだろうね。
誕生日の日。新しい雪が降る。
今までの生い立ちに降る雪と、これから未来に降りかかる雪とは、未知で期待にも溢れているけれど、家族は応援しています。夭折した中也が、神様に長生きしたいと祈ったように、おじいちゃんの君にも温かな雪が降りますように。
今、もどかしいながらも、一生懸命生きる君へ送ります。




