花を手折る、という動作が、それ自体としてキュンとくる私なのですが。―古今集
今日も冬。明日だって冬だ。寒い。筋肉だってカチコチに固まって、動けない。
暑い時は、「あつーい!」と吠えるだろう。寒い時は、ガチガチと歯を鳴らして「さ、さむ、さ、さむ⋯」と言葉にならない。
こんな時は。
雪や霜の美しさを歌った歌を鑑賞して、心を和ませたい。
私、日課のウォーキングから帰って、早速お炬燵にあたりながら、古今集タイムでございます。
「心あてに折らばや折らむ初霜の置きまどはせる白菊の花」
あてずっぽうに折ろうか。初霜が降りて、初霜か白菊か、分からないけれど。という歌。
「心あてに」の解釈が分かれる歌らしい。「心して」と訳すと意味が変わってくる。
この凡河内躬恒の歌を、正岡子規は『歌よみに与ふる書』で、この歌は嘘の趣向なり、と批評したそうだ。初霜と白菊の花を間違えるわけないだろう。見分けつくよね。という写実派らしい子規の意見。
そうかな。そこそこまでリアル追求しなきゃだめですか? とドキドキしながら言ってみる。
綺麗すぎて見間違えちゃう。霜の結晶が白菊に似て、なんて歌として生きてるね! という感想ですが。
花を手折る、という動作が、それ自体としてキュンとくる私なのですが。
好きなモチーフなのですが。
個人的には、はなまるな、冬の歌。
霜が一面に降りると、私なら踏んづけてしまいたくなっちゃう。花が紛れてるって、知りもせず。
情緒もあったもんじゃないですよね。




