種として畑に蒔いてでた子葉。それが育ち詩として言の葉を茂らせる。―仮名序
本エッセイで度々引かせていただく古今和歌集。改めて紹介すると、古今和歌集は西暦九〇五年、醍醐天皇の勅によって、紀友則、紀貫之、凡河内躬恒、壬生忠岑を編者として編まれた。
古今和歌集は、その冒頭に「仮名序」と「真名序」とを序文においた。
今回、話題にしたいのは紀貫之が書いた、「仮名序」だ。
「やまと歌は人の心を種として、よろづの言の葉とぞなれりけり」
から歌に対してやまと歌は、和歌のこと。和歌を読むひとの心を、植物の種とするなら、多くの葉を茂らせるように言葉となって表現される、というもの。
実は、私のペンネームの「葉」は仮名序の「言の葉」から頂戴したものだ。詩人としての心を抱き、それを種として畑に蒔いてでた子葉。それが育ち詩として言の葉を茂らせる想いを込めた。その言の葉のイメージが、「花をめで、鳥をうらやみ、霞をあはれび、露を悲しぶ心」を描いていく。
夏は盛んに日を浴びて、葉が枝から枝へと茂っていく。活動的な季節だ。私も緑色の葉を、風で葉擦れる心地よさを、詩で表現したい。千年以上前に歌われた歌の歌人を友としながら、この地に根付く心の種を共有したい。
日を養分に。心を育て。土を突き破る芽。如雨露から注がれる恵みの水が。詠われる詩。風に舞って。




