月だけが知っているその感傷を、私は共有し、片思いにも似た気持ちを胸に抱く。―古今集
故郷の空に輝いていた月。志高くして上京していった空に浮かんでいた月。月の都に移り住んで名月を愛でる日々を暮らすようになった今。月はいつの頃も変わらずそこにある。時空を超え、そこにある。
今日も百人一首の一首に目が止まる。「天の原ふりさけ見れば春日なる三笠の山に出でし月かも」という安倍仲麿の歌だ。
唐に派遣された安倍仲麿が、故郷の月を思って詠んだ歌だ。あれは故郷に見えていた月だろうか。故郷にいるひとも同じ月が見えているのか。月だけは、故郷の空を見上げていたものと変わらず、月を見つめていれば、同じように故郷で月を見つめているあの人と、つながっていられるようにも思えてならない。そのつながりだけが、私を慰める。
故郷から上京して見上げた月は朧気で、スモッグに隠され、光は柔く、月を鑑賞する余裕さえなかった私は、故郷を懐かしむ気持ちも忙しさに阻まれていた。孤独な気持ちも感じる隙間すらなく、ひたすら月夜の下、颯爽と歩いていた頃。故郷の月とは比べようもないものだからこそ、生きていけた気丈夫であった。
今、月の都に移り住み、夜空に輝くばかりの満月を見上げ、妙に子どもの頃が懐かしく思い出される。思い出とともにかつて親しかった人の顔が、忘れずに思い起こされ、傷みにも似た感情が湧いてくる。時を経ても、月は変わらず闇夜にぽっかり顔を出し、私を見つめ、あのひとも見つめているのだろう。月だけが知っているその感傷を、私は共有し、片思いにも似た気持ちを胸に抱く。
手を伸ばせば届きそうな光に、遠くの空の下も照らす月夜の晩。




