私に平安の姫の役など、勤まらなくて当然、むしろ、結構です。
平安時代の貴族女性たちの「待つ」と言うことについて、これまで何度となく触れてきたこの連載。
もう一度、おさらい。
夜になると男性が女性を訪ね、夜明けに帰っていくという逢瀬の方法。結婚は、3日連続して通うと成立するというもの。
「来るかしら来るかしら」と胸ときめかせ、闇夜に浮かぶ月を仰ぐ、なんて詩的ね、と言いたいところだが、私だったら、夜に訪ねてくるというシステム自体に文句を浴びせたいところ。
どうして昼間、朝のうちに訪ねてくれればいいものを、夜なわけ?! と吠えたくなる。
朝、早起きして、家事して、昼間、仕事して、と夕方にはぐったり。これからお客様が訪ねてくるなんて、信じられない。化粧も崩れてますし、髪も乱れまくってますけど?! と慌てて整えたり。
もちろん、平安の姫たちは、昼間、令和のパートのおばさんのような過ごし方なんてしてなかった。夜の訪れのために、調度を整えたり、和歌を読んだり、琴を奏でたりして暮らしていたのだろう。
そして、平安時代の姫たちは、暗闇に紛れて、顔をさらす恥ずかしさを、夜にかき消して貰っていたのだろうと。
末摘花にアタックして、ようやく顔も見ないまま結ばれた源氏は、夜が明けて、その容姿に落胆、なんてオチは、夜の闇夜のいたずらがおおいに関係するというもの。
恥ずかしさ闇に紛れて、醜い顔立ちも紛れて、逢瀬は夜にぴったりなんだろう。
決して末摘花が嫌いでない、むしろ好意的ですらある私。私くらいの容姿でも、生まれさえ良ければ、夜、訪れてくれる殿方もいてくれるかもしれない。
それでも私は来るか来ないかも分からない男を、夜通し待つなんて健気なことは出来そうにない。
文明の利器に頼りっぱなしの私だから、来るときは、ぜひ、一報を。来ないなら、明日もあるから寝ちゃいます〜、とずでんとひっくり返させて頂きます。
夜が明けるまで待ち続けた、平安女性たち。考えるだけでもいらいらしちゃうのであるが、なんて詩的な。
私に平安の姫の役など、勤まらなくて当然、むしろ、結構です。




