女の職場で、ヒエラルキーなんかもあって、私と一緒じゃん!
今日もいそいそとパートへと出る私。家事と育児との合間のパートタイム。キャリアというわけでもないが、毎日、へとへとにくたびれる。でも、このパートタイムが私の日々の潤いになっている。同世代同性ばかりの現場で、わいわい言い合いながら調理をする。夏場は暑くて、洗い物もしんどいが、お昼休憩は、まかない囲んで、さながら女子会と言ったところ。賑やかに過ごすのである。
『更級日記』の作者、菅原孝標女もパートタイマーだった。家に閉じ籠もるのが普通の王朝女性。宮仕えと言って、宮中に出るのは、すれっからしになって、などと『枕草子』にもあるほど。菅原孝標女の父母も古い考えで、「宮仕人というのは、ひどくいやな職業だ」と娘が宮仕えするのをなかなか許してくれない。
しかし勧めてくれる人がいて、ようやく勤めに出られた娘。その後、結婚をし、パートタイムのように勤めに出ていくことに。キャリアの女房たちは慣れきった様子で、娘はと言うと、時々顔を出す程度のお客様のような立場。
立派とは言えないこの平凡さが、私の心にそっと寄り添う。キャリアの女房だった清少納言も、そりゃあ憧れてしまうのであるが、この背伸びをしなくても分かち合える居心地の良さが『更級日記』にはある。夢と現実のはざまで、揺れるのだ。慰めてくれるのだ。
菅原孝標女も女の職場で、ヒエラルキーなんかもあって、私と一緒じゃん! などと喚き散らし、今日もぺこぺこしながら汗だくに働く。ちょっぴり稼いだお小遣いで、詩集を買ったり、という潤い。読みたくてたまらない。今日も稼ぐのだ。
包丁でトントン。シャボンであわあわ。卓袱台に湯気立つまかない。すれた会話が。




