それは遠き日を思い起こしたり。
棒を振り回すのが未だ大好きな我が子。見えない敵、相手にやたらめったら振りかざす。
「爽快な戦慄」!
闇の中、一本の棒を前に突き出して、何里でも走るという強盗! 梶井基次郎『闇の絵巻』の書き出しに衝撃が走るのは私だけでないだろう。
「闇!」
黒の濃淡が、目が慣れてくることによって、辺りが知覚できるようになると、闇は居心地の良いものへと変わっていく。「絶望への情熱」から「深い安堵」に包まれる。
安息⋯
そう、この身を横たえて、昼の喧騒からやっと逃れられると⋯
月の光を集めて、目を凝らす闇に、この我が身を同化させる。強盗を目くらますのは、闇が必要なんだろう。「闇と一如」となった強盗は、「めくらめっぽうに走る」のだ。
私は闇の中に浮かぶ光を探す。虫のたかるちっぽけな外灯が、障子に透いている。闇の黒に浮かぶ、光の白を寄る辺に、頭を枕につけて休息。白から黒へと視線をずらし、闇の中の音に耳を澄ます。それは自分の脈を打つ音で、母とつながっていた胎児だった自分は、その母の心音を確かに感じていたのだろうか。
きっと母のお腹の中も、安息の闇だったのだろうと。
微かな、柔らかな音を聞きながら、闇間に横たえる。温かい血液を感じ、四肢を伸ばし、安息を味わう。
しかし、一転、闇が畏怖に変わる。
急に、末恐ろしくなる。
身をすくめて、誰からも見つかりませんようにと祈る。
闇を味方にと、祈る。
そういった一晩は、本当に長く、まだ闇は明けない。恐ろしくなったり、安息したりしながら、寝返り、夜明けを待ち焦がれるのだ。
さわやかな安息を充足する闇の中では、それとの一体感を感じられるだろう。それは遠き日を思い起こしたり。慰められ、繊細な感情を柔らかに包み込む。かけがえない体験だろう。




