7. 終章結婚祭
とある古代の王国に、人間の父と女神を母にもつ王がいた。この王の持つ力は強大で、王に敵う者はおらず、この若き頃の王は、傍若無人の限りを尽くす振る舞いが目立つ男だった。とりわけ愚行の極みが、乙女を狩りつくす悪癖で、結婚式に乱入して、新郎から新婦を奪って行くのだという。国の全ての女性はまず、自分のものとなるべきであると。
「何故、今その話をした」
ニトゥリーがイグドラシルの最も格式ある司書服を着て隣に立つ、スラジ王とリンドレイアナ姫の婚儀に参加するソゴゥに言った。
「いや、誰か乱入してきたら面白いなって思って」
「ソゴゥよ、素直に祝う気持ちを持ったらどうや」
「あの二人には多大な貸しがある。俺が、ゼフィランサス王とあのバカップルの間で、どんな目にあったか・・・・・・」
「ああ、俺はソゴゥの気持ちが分かるぞ、俺とソゴゥは危うくゼフィランサス王とアンダーソニー殿下に殺されるところだった」
ソゴゥの奥からイセトゥアンが加わる。
「ロブスタス殿下が、間に入ってくれなかったらと思うと・・・・・・」
「そのロブスタス殿下は、大怪我を負って三日間寝込んだ。傷は直ぐに高等治癒魔法で治ったが、精神に深い恐怖が刻まれたことは間違いない」
イセトゥアンが遠い目をする。
秋の晴れた祝日。セイヴの街の街路樹は黄金色に色付き、このところ冷たくなった風も、陽気の良さで、今日は少し暖かいくらいだ。
結婚式はイグドラム王宮で一回、ヘスペリデスの神の庭で一回、今日このイグドラシルの中庭で一回、そして最後は、ヘスペリデスの最も栄えた都市で一回の計四回行われる。
イグドラシルでの披露宴は樹精獣たちたっての希望で、ここでは司書達と樹精獣たちが新郎新婦に祝辞を述べている。
キュッツ!キュッツ!(おめでとう!おめでとう!)
そこかしこで飛び跳ねるイグドラシルの樹精獣達に、流石のゼフィランサス王とアンダーソニー王子も、もはや苦虫を嚙み潰したような顔は出来ないでいた。
あの冷静な二人が、二人から結婚を告げられて、まさかのガチ切れで「娘は嫁にやらんぞ!」とスラジ王の胸ぐらをつかんで揺する様は、ただの頑固親父そのものだった。
スラジ王は胸ぐらを捕まれようが、アンダーソニー王子に殴り掛かられようが、どこ吹く風で、その目にはリンドレイアナ姫しか映していない。
リンドレイアナ姫も「うふふ、お父様ったら」と身内の激昂にまるで関心がない様子で、こちらもまたスラジ王ばかりを目に映している。
「第一司書様、どうか父を説得してくれませんか」と、まさかのその場に居合わせていたソゴゥにリンドレイアナがキラーパスを寄こし、ソゴゥが「あー、王、その、既に、心臓がですね・・・・・・」と嘗て見たことのない王の形相に、完全にビビッて片言になる始末。
ゼフィランサス王は、リンドレイアナ姫を何としてでも取り返す気でいたのが、この時ようやくわかった。王は、陸軍情報部にとにかくスラジ王の弱点を探れと、浮島群に送り込んでいたらしい。交渉材料を得て、スラジ王を強請る気だったのだ。
「第一司書殿は、この盗人竜の味方なのですかな?」
こちらに向いた矛先の前に、流石に色々まずいとロブスタス王子が仲裁に入って、ボロ雑巾の様にされたのは、もう三か月も前の話。
今、ここで一番感動して泣いているのは、そのロブスタス王子だった。
可愛い樹精獣たちの祝福に、流石に鬼の王と、鬼の息子も毒気を抜かれたように、愛しの姫の門出に対する覚悟を決めざるを得ないと、考えをシフトしたようだ。
「うう、アナ、こんなに早く結婚しちゃうなんて」
「大丈夫よ、サルビア。ヘスペリデスの神殿と、王都に転送ポイントを夫が設置してくれることになったから、これまで通りお話しできるわ」
親友のサルビアと、その兄のライフの挨拶に応えながら、リンドレイアナはサルビアの涙を拭う。
次々に訪れる訪問客を相手に、リンドレイアナとスラジは触れたらご利益がありそうな、幸せな空気を周囲い放出している。
今回の功労者でもある、ルキや庭石菖、一緒に神の樹を育てた、満天星たち十三領の民もまた、ヨドゥバシーやカデン、ヒャッカに引率されこのイグドラシルの庭での披露宴に参加している。
「あの、魔物だまりの渦を一騎で撃滅する実力を持つ王が友好国となったんや、こんなに喜ばしいことはないよのう」
ミトゥコッシーに肩を組まれ、ソゴゥは「そうだね」と答える。
「ところで、背え伸びたんじゃないか?」
ミトゥコッシーの横で、ニトゥリーが「おい、やめとけ!」と慌てる。
ヨルも一歩退いて二人から距離をとる。
「いや、俺の背が伸びたんじゃなくて、ミッツの背が縮んだんだよ」
ソゴゥの犬歯が光るなり、ミトゥコッシーは空へ放りだされ、地面に叩きつけられた。
ソゴゥの巴投げが見事に決まっていた。
仰向けに転がるミトゥコッシーは、上空の浮島から雨の様に降って来る色とりどりの花びらを見上げた。
天が、この世の全てを祝福しているような、それは美しく幸せな光景だった。
余談
国立図書館イグドラシル正面の停留所からトラムに乗る。
トラムに乗る直前、長い髪を帽子に詰め込むようにして隠し、存在を希薄にする魔法を掛けた。滅多にない、館長と共通の休日。
私服の館長は、珍しく供の悪魔を連れず、海岸行きのトラムにお一人で乗車され、前方の席に座られたのを確認して、同じトラムに飛び乗ったのだ。他のエルフに紛れ、館長の席を通り過ぎて、後方に座る。
誰しもが、館長を意識しているのが分かる。
露骨に視線を向ける者もいるが、館長は気にせず外の景色を眺めている。少し伸びた黒髪が、風に揺れて、それを鬱陶しそうにされているご様子。それでも、ここに居る誰よりも短い髪なのではあるが。
このまま館長の降りた先で、偶然通りがかった体を装って話しかけ、館長の用事を聞き出して、自分の用事も同じだと言って、一緒に過ごさせていただくのはどうだろう。
あの四六時中付きまとっている悪魔がいない、こんな好機は滅多にない。ここは勇気を振り絞り、司書の一人としてではなく、ただのアベリアとしてお話がしたい。
トラムはセイヴ中心街を抜け、王宮前を通り過ぎ、更にセイヴ港を少し過ぎたあたりで乗客がほとんどいなくなる。
少し冷たくなった風が、天気の良い日差しのなかで心地が良い。館長はウトウトとされているので、もしかしたら目的地を通り過ぎてしまわれたのかと思っていると、三日月型の湾の高台にある停留所で降りられた。
その停留所での降車は館長お一人だったため、ついて行っては、流石に尾行していたのがバレてしまうと思い、次の停留所で降りて、引き返して来ることにした。
崖に面した草原が広がり、所々に、民家があるくらいの場所である。湾の反対側の崖には、海洋人が来訪時に宿泊する迎賓館や、その奥に軍港があり賑わっているが、こちらの高台はとても長閑で、何も無い事がうりとも言える。
トラムから降りると、館長を見逃してなるものかと、飛行魔法と跳躍を駆使して、直ぐにひとつ前の停留所へと戻った。
館長は崖の際にある、枯草が風に揺れる草原の先にある小さな家へと向かっていた。
その家は、白い屋根で外壁の空色が奥に広がる海よりも明るい。何かのお店のようだが、どこにも看板が見当たらない。
家の扉が開き、中から一人のエルフが飛び出すように走って来た。彼女は、レベル3の司書であるローズだった。
ローズは、館長の腕に自らの腕を絡めて、引っ張るように店の中に入っていった。
ローズの登場から、足が一歩も動かなくなった。
館長は彼女とここで待ち合わせをしていたのだ。
ソゴゥが前世の記憶を取り戻したのは、六歳くらいの頃だった。
ソゴゥは育った園で、自分以外の黒髪黒目のエルフがいない事を、あまり気にしていなかった。それに、耳が丸い事も。むしろ、人と違ってカッコいいと思っていた。それには、園の大人たちの多大なる努力が、ソゴゥの心を守っていたからに他ならない。ソゴゥは皆と違う事を揶揄されたり、それを理由にイジメられたりしたことがなかったのだ。
それに、いつもソゴゥの周りには、ソゴゥとよく似た子供達がいた。彼らとは、絶対に兄弟だろうとソゴゥは思っていた。
父親は白銀の髪で紫の目、母親は黒髪黒目、そして自分はきっと母親似なのだろうと。
ソゴゥだけが母親似というのは、あながち間違ってはいなかったが。
そんな幼少期を経て、六歳の時にソゴゥは自分が地球の人間で、日本人だったこと、また今と外見が変わっていない事に衝撃を受けた。
この時初めて、オスティオス園長に「自分は人間ではないのか?」と問いただしたのだ。
ソゴゥの出自を知るオスティオス園長は、ソゴゥが人間ではありえない事を、当時のソゴゥが納得するよう、両親のことは伏せつつも言葉を尽くして説明してくれた。ソゴゥは「じゃあやっぱり、自分はエルフで間違いないのか」と納得したのだ。
しかし、前世の記憶が戻ったことで、ソゴゥにはどうにも我慢できない事が一つあった。
それは、エルフの髪形だった。
エルフの子供たちの、淡い色の髪が長いのはとくに気にならない。だた、自分の黒い髪が長いのが、何と言うか、井戸から出て来るホラーキャラのようで嫌だったのだ。
というか、前世を思い出したら、長髪がとにかく嫌になったのだ。
そこで、子供たちの散髪を請け負う先生に、髪を短く切って欲しいとお願いした。
結果、おかっぱになった。
ソゴゥは、髪を摘み上げ、何度もため息を吐いた。
ダセエ。あくまで、個人の主観によるものだが。
この時期、鏡を見るのも嫌になっていた。
「私が髪切ってあげようか?」
園のみんなの姉の様な存在でソゴゥの十歳上のデルフィーが、レクルームで膝を抱えていじけた様に壁に寄りかかっているソゴゥを見かねて、声を掛けて来たのだ。
ソゴゥは猜疑心たっぷりの目をデルフィーに向け、フルフルと首を振る。
「私ね、エルフの髪型って、もっと色々あってもいいと思うの。だって、こんなにカラフルな髪をもつ人種って珍しいと思わない?それなのに、みんなおんなじ髪形。町で見た人間や、それに海洋人はとっても素敵な髪形をしているわ。それで、私スケッチしてみたのだけれど、こんな髪形素敵じゃない?」と、デルフィーがソゴゥにスケッチブックを開いて見せた。そこには、ソゴゥが「まさに、それ!」と思う、束感のショートの髪形の男性の絵が描かれていた。
「これにできる?」
「直ぐには無理かな、どうやって切ったらいいか分からないから。でも練習したら出来るようになると思う」
ソゴゥは遠い目をした。
一度心を折られているため、これ以上の惨事を、防衛本能が拒否しているのだ。
「でも、心配いらないわ。私の特殊魔法って何だと思う?」
「特殊魔法持っているの?」
「ええ、すごいでしょ!私の特殊魔法は、髪の毛を伸ばすことが出来るのよ!だから、失敗して切りすぎても、伸ばしてやり直せるのよ!」
「うおおお!」
ソゴゥの目に光りが戻る。
「じゃあ、私の髪を切る練習に付き合ってくれるわね?」
ソゴゥは頷き、そしてこの先何年も、ソゴゥの髪を切るのはデルフィーの役目となったのだ。
デルフィーは、ソゴゥという練習台のおかげもあって、腕をめきめきと上げていった。
いつしか、園中の子供たちからも、髪を切ってとせがまれる様になった。その筆頭は、ソゴゥの兄弟達で、彼らもまたソゴゥと同じ髪形にして欲しいと言い、園では男女問わず短髪が流行ったのだった。
ソゴゥはいつもの様に手紙鳥で予約をして、デルフィーの店「ドルフィン」に訪れた。
デルフィーは園を出た後、セイヴの中心街の美容院で数年働いたのち、卒園生との共同出資でこの土地を買って店を建てた。既に、土地や家のローンは完済して余るほどの人気ぶりで、なかなか予約が取れなくなってしまっていたが。
「いらっしゃい、ソゴゥ」
鮮やかな紫がかった青色の髪を、細かく編み上げて、後頭部で一つに束ねた髪形に、同色の瞳を持ち、肌寒い秋であるのに袖のない服を着て、腕は蔦模様のペイントに彩られている。
ソゴゥは片手をあげ、店内の中を見渡して息を吐く。
「デフィ、僕の予約時にわざわざ貸し切りにしなくていいってば、商売の邪魔をしているみたいで気が引ける」
「あら、だからビオラとローズや、園の子たちとセットで時間を埋めているのよ」
店の中には、他の理容員に髪を切ってもらっているビオラがおり、付き添いのローズが、大洋を臨むテラスの特等席に戻って行って、ケーキを食べお茶を飲んでいる。
ケーキは持ち込みで、お茶は店のサービスで提供されるアイスティーだ。このアイスティーを楽しみに来る客も多いと聞く。
デルフィーと弟子入りした卒園生のコルチカムが、この店の主要なスタッフで、他に研修員が数名いる。
店は海側の壁が大きな窓になっており、客も店員も、この海を見て過ごすことになる。
デルフィーは、この海の眺めが気に入り、園の子供が、ここを第二の故郷の様に思ってくれたらいいと、わざわざ中心街から離れたこの場所に店を建てたのだ。
ソゴゥもここから見る海が好きだった。
崖の際から真下を覗き込めば、サスペンスドラマで出て来そうな、岩礁に波が打ち付ける荒々しい様相ではあるが、遠くを見る分には穏やかで、ウトウトする景色だ。
だが、ここで本当に眠ってしまうと、どんな髪形にされるか分かったものではない。
デルフィーの特殊魔法でやり直せるとは言え、起きたらもじゃもじゃ頭にされていた、なんてイタズラは、何度もされている。
「それで、ソゴゥ、イメチェンは検討してくれた?」
「いや、いつも通りでお願いします」
「つまんない、色変えてみる?」
ソゴゥは、少し考えて「じゃあ」とデルフィーに希望を伝えた。
アベリアは、二人が家の中に入っていくのを呆然と見送ってから、暫くその場に立ち尽くしていた。潮の匂いのする爽やかな風が、枯野を揺らして吹き抜けていっても、心はジメジメと湿度を帯びていくばかりだ。
解けない疑問は、アベリアにとって良くないものばかり想起させる。
だからと言って、あの家の扉を叩く勇気はない。
アベリアは、暫くの間その場に呆けたように立ち尽くしていたが、やがて、市街に戻るトラムの停留所へと向かい、ベンチに座った。そこでも、何台もトラムを見送り、漸く空腹を覚えて港でエビのやけ食いを思いたち、トラムに乗車した。
落ち込んだアベリアの自分を労わる方法の一つが、港のエビ専門レストランで、殻の硬いエビをバキバキ割って食べることだった。
昼を過ぎていたが、人気店ともあり少し並んでからアベリアは二人席に一人で座り、紙の白いテーブルクロスを汚す気満々で、ガーリックオイルたっぷりの、巨大なエビが六尾も入った二人前のバケツを頼み、アルコールと、前菜に小エビのカクテルと、カラス貝に似た貝の蒸し焼きのチリソースを注文した。
ビールを飲み、前菜を平らげて、いよいよ巨大エビに取り掛かり、子気味よくエビを割って、中の白いプリプリでフワフワの身をまずはゆで汁の塩味だけで楽しむ。
その至福の瞬間を、邪魔する者があった。
稀に高位の司書であると認識されて、声を掛けられることがある。今は、帽子から髪を下ろし、存在を希薄にする魔法も解いていたため、顔バレしたのだろうか。
だが、声を掛けて来た男は司書としてのアベリアではなく、単に一人で大量のエビにガッツいている女子にちょっかいを掛けて来た無粋な輩の様だった。
「美味しそうだなぁ、でも、一人で食べるより、大勢の方が美味しいと思うなぁ、ねえ、あんた、こっちで一緒に食わない?」
質問形式だが、その毛むくじゃらの腕は既にアベリアの腕を掴んで、立たせようと引いている。向こうの席には男のツレらしい三人が、ニヤニヤとこちらを見て、真ん中の席を空けてアベリアをそこに座らせようとしているようだ。
アベリアはため息を吐いた。国立図書館の司書は、陸軍特殊部隊の精鋭に引けを取らない猛者揃いだ。それはアベリアも例外ではない。
彼らを制圧するのは容易いが、この状況の虚しさはきっと増すばかりだろう。
それに、他の客にも迷惑が掛かる。
アベリアの腕が更に強く引かれ、しかたなく、払い除けようとしたその時、男の腕が外れて、男はカクンとその場に膝を付いて、土下座するように床に頭を付けたきり動かなくなった。
動かなくなった男の襟の後ろを掴んで、青紫の髪の青年が、店の外へと引きずり、路上にポイっと捨てた。
青年が戻って来ると、アベリアに「店の前で、すごく美味しそうに食べている人が見えて、俺もエビが食べたくなって店に入ったんだけど、休日に同僚の顔は見たくないよな?直ぐに別の店に行くから、ゆっくりしていって」と告げた。
「あ、か、館長!髪の色が」
「美容院帰りなんだ、半日で落ちるカラー剤だそうだ」
「お、お似合いです館長、あの、あの、一緒にいてもらえませんか!」
アベリアは、席に残っている三人の方に目を向けた。
まだ、彼らがいるから、館長にここに残って欲しいと言う、か弱い女子を演じてみたが、三人の男は、ローズとビオラに何かを言われて顔を真っ青にして会計を済ませて店を立ち去るところだった。
ああ。
アベリアは、ガッカリして、掴んでいたソゴゥの裾を離した。
「一緒に食べようよ!私エビ剥くの苦手だから、アベリアに習いたい」
「私も、口がもうエビの口になってる。エビが食べたい」
ローズとビオラが言う。
「喜んで!」とアベリアが声を上げる。
「いいの?」
「もちろんです!」
アベリアとソゴゥ、それにローズとビオラはテールを付けて同じ席に座り、山もりのエビをオーダーし、店員が気を利かせて冷えてしまったアベリアの茹でエビを香ばしく焼きなおして出してくれた。
「ねえ、アベリア、私たちどう?」と、ビオラが縦ロール増しましの髪をかき上げて見せる。ローズも前髪が芸術的に整えられており、大きめのロットの波がくっきりとした髪形に仕上がっている。
「美容院に行っていたの?」とアベリアは二人に聞く。
「そう、卒園生のお店でね、私達子供のころからずっと切ってもらってるお姉さんがいるの、でも、デルフィーはソゴゥの専属だから、ソゴゥが予約すると私達は別の担当者に切ってもらう事になっちゃうんだけど」
「でも、コルチカムも腕を上げてきているから、まあいいんだけどね。今度アベリアも一緒に行こうよ、本当に上手なんだよ」
「ええ、ええ是非!」
アベリアはソゴゥとローズが入って行った家が、その美容院だとわかりほっとしたのと、こうして一緒に食事が出来る喜びで、少し泣いた。
幼馴染の彼らには、とても強い絆があることは知っていたが、でもこうして彼らを前にするとよくわかる。
それは、友達とも恋人ともちがう、兄妹の様な関係なのだと。
アベリアの願望も多少含まれているかもしれないが、剝きたてのエビをビオラに奪われて、頭を押さえつけて奪い返すソゴゥを、ローズが羽交い絞めにしている様は、本当に幼い兄弟のようだ。
せっかく美容院に行ったばかりだと言うのに、彼らの髪はもうぐしゃぐしゃで、それでもとても楽しそうだ。
アベリアは、ソゴゥの取り戻したエビをヒョイと取り上げ、口に入れた。
「あ!」
「アハハ、館長、隙だらけですよ」
「グウウ」
悔しそうにしているのに、やり返してこない事が寂しくもあるが、アベリアにはこれが今精いっぱいだ。
「こうやって、ここに爪を入れて割ると、より多くの身がいっぺんに食べられますよ」
アベリアは剥いたエビをソゴゥに渡す。
ソゴゥは嬉しそうに、それを口にする。
「おうおう兄ちゃん、女子に囲まれて羨ましいのう、モテモテじゃあないか」
「ゲッ」とローズとビオラが顔を顰める。
「うわっ、輩が来た」とソゴゥも身を引く。
「ミトゥコッシーさん」
アベリアは、よく日に焼けたソゴゥの兄を見て席を勧める。
「いや、俺は用事があってのう、ただ兄妹達に挨拶しに来ただけよ」
ミトゥコッシーはローズとビオラの髪をくしゃくしゃに掻き雑ぜ、最後にソゴゥの頭を念入りにこねくり回して「ソゴゥをよろしく頼むのう」とアベリアに言って出て行った。
ソゴゥをよろしく頼む。ソゴゥをよろしく頼む。
それは、妻として。
解釈を飛躍させ、悶絶するアベリアをよそに、三人は過剰なスキンシップがあれで済んだことにホッと胸をなでおろしていた。
「ミッツは、俺たちが揃っているとすぐ犬猫可愛がりみたく、しつこいからな」
「ほんとそれ、別々だと触って来ないのにね」
「一応気を使っているのかな?」
「また近いうちに美容院にいこう」
ソゴゥは、ローズとビオラの髪を見てそう締めくくったのだった。