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4.竜の島の冒険

リンドレイアナ姫は、蓮の花のような乗り物に竜神王であるスラジ・ラードーン王と、付き人の侍女と共に乗り込んだ。

護衛の王宮騎士二人は、飛行竜に乗って同行する。

外からは白く見えていた乗り物の壁が、中に入ると360度外が透けて見えており、出入り口を介して乗り込んだと思ったが、実は外に出ただけだったのかと錯覚を起こすほどだった。さらに、この乗り物が離陸すると、中の重力が希薄となり、体が浮き上がってバランスをとることが難しくなった。浮かび上がった体を、どうにか態勢を立て直そうと手を広げる姫に、スラジ王がその両腕を伸ばすが、その手は空を切った。

リンドレイアナは気付くと侍女のソウに支えられており、ソウは見事にバランスをとりながら、スラジ王に冷たい目を向けた。

「姫様に容易く触れてはなりませぬ。貴方が姑息な手で、姫様を我が物にしようとした事、私は決して許しませんからね」

「ソウ!」

「ほう」

「姫様が、御自ら許可された時だけ、さらに三度確認した後に、手指に触れるくらいの接触ならば許しましょう」

「ほほう」

「ソウ・・・・・・」

スラジ王が威圧を持ってこの侍女を黙らせようとするが、彼女はどこ吹く風だ。

「まあでも、暴力、権力、財力、これらを使って相手を黙らせようとする相手に、姫様が触れることをお許しになるとは思えませんがね。さあ、姫様、水に浮かぶように、全身の力を抜いてご覧あそばせ、そうすればバランスが取れるようになりますわよ」

威圧が効かないばかりか、こちらを無視して、何の敬意もみせない侍女の態度にスラジは驚きが隠せない。

エルフは長命で、魔力量も多く魔術を極めた者は魔王に匹敵する個体があるとも聞くが、このエルフは魔術を使ったわけでも、魔力による防御壁を張っているわけでもない。にもかかわらず、竜人族ですら目を合わせようとしない自分を真っ直ぐに見てきたかと思えば、さらには神気をものともしない様子だ。

流石にエルフの王族は、そこら辺の胆力が並ではないと感じていたが、たかだか王宮仕えの侍女ですらこの実力ならば、ヘスペリデスの竜人よりもエルフの方が、戦闘力が高いという事になる。

「そこな侍女は、一般的なエルフの部類か?」

堪らず、スラジはリンドレイアナに尋ねる。

リンドレイアナは小首を傾げ、ソウを見る。

「いえ、特別ですわ」

スラジは納得した。

「其方の身の回りの世話だけでなく、護衛も兼ねておるのだな?」

「その通り、私は護衛役でもございます」

侍女は体勢を立て直したリンドレイアナのスカートの裾を直しながら、下方に見えている竜人たちを見下ろした。

「彼らが上を見上げたら、姫様の御下着が見えてしまうのでは?」

非難するような口調に、スラジは咄嗟に「それはない、絶対にだ」と慌てる。

早くもスラジは、この姫の侍女が苦手となっていた。

「外から中は見えない。それは其方らも確認したであろう?」

「エルフの目では見えなくても、竜人族からはどうか分かりませんわ」

「いや、そんな透視能力は彼らにない、この壁材の構造は竜人族にも同様の効果だ」

「では、私が王をこの場で殺そうとしても、彼らには見えないという事ですのね?」

スラジが目を見開く。

「王は、エルフを侮りすぎておられますわ」

乗り物内の空気が一変する。

胸を重く押さえつけるような負荷と、手足が麻痺した様な痺れにリンドレイアナが呻き声をあげると、スラジは、はっとして威圧を解いた。

侍女は何でもない様子で「冗談ですわ」と、こちらも殺気を収めた。

「姫様をお預けする国王の危機管理を、確認させていただいたまでです」

しれっと言う侍女に、リンドレイアナは疲れ果てた様子で「ソウ、暫く大人しくしていてちょうだい」と頼んだ。

黄金色の光と共に、神殿のある浮島へと到着すると、竜人族と王宮騎士は神殿手前の庭部分へと降り立ち、飛行竜は竜舎へと繋がれた。竜神王と姫を乗せた乗り物は、神殿建物の上方へ着陸し、そのまま魁偉な建造物の中へと通される。

「荷物は既に姫の部屋へと運んである、晩餐には出席するように」

姫を部屋に案内して、そのまま戻って行こうとするスラジ王を呼び止める。

「神殿の中を案内してくださらないのかしら?」と言ったのは、黙っていろと言われていた侍女のソウだ。

「姫と二人きりでよいか?」

「私は空気ですので、いないと思っていただいて結構です」

姫と竜神王の間に割り込みながら、侍女が言う。

そろそろ竜神王の方が気の毒になってきたと、リンドレイアナは額を押さえる。

侍女の要望の通り、スラジ王は自らリンドレイアナ姫と侍女を従え神殿内の案内に立つ。神殿は部屋部分を除く廊下などの通路のほとんどの壁が取っ払われた開放的な造りで、階段と柱で構成されたジグラット様式をとった高層構造となっている。

また、これまで嵐などに晒されたことがないかのように、凝った装飾の置物が廊下に飾られ、陽の光を受けている。

巨大な生物が出入りするにはいいのかもしれないと、リンドレイアナは思い、背の高いスラジ王を見上げる。

その視線に気づき、スラジ王がリンドレイアナに目を向けるも「はい、ちょっとごめんなさいよ」と侍女が王の視線に割り込む。

百の竜の能力を持つスラジは、腹が痛くなるという能力を侍女に試すも、この侍女は「なんか、お腹が空いてきましたね、晩餐は何時からですか?」とケロリとしている。

あらゆる者が自分の前では低頭し自ら膝をついて畏れ崇めるというのに、この一時間ほどでスラジは自分から神気が失われたのではないかと、本気で考えた。

神殿の案内をしているところへ、庭の方から二人のエルフがやって来る。

王宮騎士の二人はリンドレイアナ姫を見つけると安心して「これより先は、我々も同行をさせていただきます」と王に申し出た。

「エルフと言うのは、意外と図太い民族なのだな。もっと華奢で脆弱なイメージであったが、まったくの思い違いをしていたと知らされた」

王宮騎士の二人は顔を見合わせ、そしてリンドレイアナの側に控える侍女に目を向ける。

「あの、そこの侍女が何か失礼なことをいたしましたでしょうか」

「余を殺すと脅して来たぞ」

一人は全く顔色を変えず、もう一人はすぐさま「申し訳ございません」と謝った。

「よいよい、さあ、そろそろ部屋へ送ろう」

スラジは姫と侍女、そして二人の王宮騎士を姫の部屋へと案内した。

侍女には姫と内側から行き来が可能な部屋続きの隣の部屋が宛がわれ、王宮騎士は姫の真下の部屋を与えられた。

何かあった時、床を蹴れば彼らが駆け付けられるようにとの配慮だ。

スラジ王が退席し、イグドラム国の四人はやっとのことで肩の力を抜いた。

「イセトゥアン、そちらはどうでしたか?」

護衛の一人として同行していたイセトゥアンに、リンドレイアナ姫が尋ねる。

「竜舎には、我々が乗って来た飛行竜だけでした。飛行竜の世話は我々が行うと、竜人族には伝えてございます」

「大きな荷物を運搬するときの輸送手段はどうなっているのでしょうね、その必要がないほど、ここの竜人族は力持ちなのかしら」

イセトゥアンが口元を押さえながら、侍女の質問に答える。

「あなた方が乗って来られた神輿の様な、竜を使わない輸送手段があるのかもしれません」

「魔法動力技術は、我が国を遥かに凌ぐのでしょう」

リンドレイアナが、多少の悔しさを滲ませて言う。

侍女は室内の内装を見て回り、窓枠にホコリが溜まっていないか小姑のようにチェックしながら「この神殿は、未来に時を刻むことを止めたように見えますわ、かといって朽ちているわけでもない。古代遺跡とは、少し違う印象を受けますわね」と言う。

「先ほど庭に遊ぶ下級精霊を見たが、まるで繰り返しの映像を見ているようだった」

「どういう事だ?」とイセトゥアンがもう一人の従者の騎士に尋ねる。

「時間がループしているか、止まっているか、この神域は停滞しているようだ」

「時間が操られているというのか?」

「そうとしか思えない」と従者が頷いて見せる。

「何もかもが白く、時に忘れされたような場所だとは思いましたが、時間が止まっているなんて、一体どういう事なのかしら」

「そもそも、そんな場所にわざわざ次元を超えて、姫様を攫うように連れてきた理由とは、一体何なのかしら」

侍女は、姫と王宮騎士の会話に加わりつつも、室内をウロウロし続け、今は窓枠に両肘を付いて顔を乗せ、暮れゆく空に目を向けていた。

その侍女の様子に、イセトゥアンは自由過ぎやしないかと内心思う。

「浮島群も地上と同じように、陽が沈み、夜が来るのですね~」

「それはそうだろう?侍女殿はずっと昼間だと思っていたのか?」

「この惑星は、次元の境が希薄で、別次元からの影響を受けたり、次元そのものが繋がったりする事が珍しくありませんでしょう?物理法則や、環境、生態が大きく異なるのにもかかわらず、生物の行き来が可能であり、こうして言語も概ね伝えあう事に不自由がありませんわ。私は常々、この惑星の不思議を考えているのです。こうして姫様に付いて、浮島に来られたことを大変嬉しく思っています。私にとって、浮島群に沈む夕日一つも、私の疑問のヒントの一つとなるのですわ」

「ソウ、貴女はいつもそんなことを考えているのですね」

「退屈しませんわ」と侍女が微笑む。

「私も退屈していない」と従者も応える。

「俺はそんなこと、考えたこともなかったな」とイセトゥアンが言う。

「あなた方を巻き込んでしまったこと、私はとても心苦しく思っています。あなた方だけでも、どうにか無事にイグドラム国へ返したいと思っておりますわ」

「それでは、せっかくゼフィランサス王が交渉で得たチャンスを不意にしてしまいますよ」

スラジ王歓迎の折、迎賓館でその場に控えていたイセトゥアンが言う。

「ゼフィランサス王は、一週間後のイグドラム国へスラジ王が姫を健康な状態で連れて戻る事が叶わなかった際には、譲渡の棄却を明言された。また、スラジ王はそれを了承したのですから、我々はその場に姫が居ない状態を作ればよいのです。つまり、一週間以内に逃げ出せばこちらの勝ちということです」

「竜人族には生気がなく、下級精霊もまるで周囲に関心を持っていない、竜神王さえ躱せれば、ここからの脱出もそれほど難しくはないだろう」と従者が言う。

「ああ、そうだな、だがタイミングが重要だ。出来るだけ、ギリギリまでここに居たほうがいいだろう、一週間の期限前に追いかけられて見つけ出されては面倒だ」

「思惑を悟らせないようにしないとなりませんね。姫は直ぐにボロが出そうですので、スラジ王との接触は控えてくださいね」

「ええ、そうね」

「さあ、そろそろ晩餐に呼ばれてしまいますわ、その前にお召替えを」

侍女が二人の騎士の背中を押して、部屋の外へ促す。

「どうぞ殿方はお引き取りを。番犬よろしく、ドアの外でお座りをしてお待ちください」

「えっ、いや、だが」

白銀の髪を靡かせて、グズグズする王宮騎士の二人をソウが蹴り出す勢いでドアの外へと追いやった。

「ウフフ、さあ姫様、スラジ王の千の愛妾が霞むような実力をお見せするのです。姫様の前に膝を付かせてやりましょう!」

「えっ、いえ、そんな必要は・・・・・・」

「こちらが上であると分からせてやるのですよ、下手に出ては駄目です」

「ええ、それはそうですわね、王族は常にその気概と誇りを持っておりますわ」

「姫様の美貌の前にひれ伏させ、清い体と心を持って出直して来いと、頭を踏みつけてやるのです、小汚いハーレムの王がエルフの王女と口を聞くなど百万年早いのです」

「あの、ソウ?何もそこまで」

「姫様、王宮騎士のイセトゥアンを見てどう思われますか?」

「特に何も」

「では、スラジ王はどうですか?」

「特に何も」

侍女はため息をつき、やれやれと首を振る。

「ああ言った輩は、滅びればいいのです。神の寵愛を一身に受けたように異性を惹きつけるばかりか、異性を物のように侍らす輩は、煉獄に堕ちばいいのです!」

「ヒエッ!」

ソウの形相に、リンドレイアナが小さく悲鳴をあげる。

耳聡く悲鳴を聞きつけ、扉を開けて駆け付けるイセトゥアンの腹に、ソウの後ろ回し蹴りが決まる。

「誰が入っていいと申しましたか?姫様のお着換え中と申しましたでしょう?次入ってきたら、そこの窓から放り出しますよ?」

「怖ッ!いやっ、悲鳴が・・・・・・」

「オホホ、女子トークですわ、お気になさらず」

イセトゥアンを扉の外へ追いやり、侍女は姫の支度を済ませる。

迎えに竜人族の者が訪れ、この美しい姫を前にして無感動な目を向けて淡々と、晩餐の会場へと案内をする。

広々とした天上の高い室内に楕円形のテーブルがあり、所狭しと食事が乗っている。

竜人族は、壁に張り付くように遠くに控え、王宮騎士の二人も離れた場所に待機している。

「何が口に合うか分からなかったからな、今日は色々と用意してみたのだ」

姫に自分の席近くの椅子をすすめ、スラジ王が言う。

侍女は姫の直ぐ脇に立ち、わざとらしく咳きを上げる。

スラジ王が片眉を上げ、侍女を見て「何だ?」と尋ねる。

「先ずは、姫様のお召替えについて意見はないものかと、異性に対する気遣いは、既に過去のものなのでございますか?」

侍女のこの嫌味たらしい物言いに、リンドレイアナとイセトゥアンは汗が噴き出した。

「この朴念仁が」と言わんばかりの、いや既に言っていた事について、リンドレイアナは顔があげられず、視線を落としテーブルをひたすら見つめる。

「ああ、済まぬ。素晴らしいと思っていたが、それを口に出していいものか分からなかったのだ、姫は如何なる格好でも美しい」

ソウは満足げに頷き、もう興味が他に移ったように、テーブルの上を物色している。

「姫様、一つの物を沢山食べてはなりませんよ、色々なものを少しずつにしておいた方がよろしゅうございます」と、侍女がリンドレイアナに耳打ちをする。

「それはどうしてかしら?」

「私たちエルフは他次元の食べ物を消化する酵素を持っておりませんので、いっぺんに同じものを食すると、消化不良を起こす可能性がございます」

「そういえば確かに、ヘスペリデス帰りの使者団が、帰国後にお腹を壊しておりましたわ」

「少しずつ食べ慣れていけば、消化しやすいものとそうでないものが分かると思いますわ。珍しいものよりも、見慣れたものをお召し上がりください」

「ではスラジ王も、我が国の食べ物で体調を崩されたのではございませんか?」

リンドレイアナの言葉に、スラジ王は首を振る。

「余は、体構造が人のそれとは違うので案ずるには及ばぬ、さりとて、知らぬとは言え、使者団に振舞った食事が、そのような事になっていたとは遺憾である。次は気を付けよう。姫も、無理をせぬように、エルフが食べられる物を調査して出すようにいたそう」

「恐縮でございます」

「ちなみに、私どもは肉を食べるタイプのエルフです、それと海産物も好物です」と侍女が付け加える。

「うむ、心得た」

侍女の言葉にリンドレイアナは手のひらの汗がグローブを湿らせるのを感じ、イセトゥアンは天井を仰ぎ見た。

竜神王は、リンドレイアナの前では威圧を決して見せず、食事は概ね穏やかに進んだ。

しかし、王がリンドレイアナに何か尋ねると、すかさず侍女が「そのようなプライベートな質問は、もう少し逢瀬を重ねてからになさいませ」と口を挟む。

エルフは千年を生きる個体もいるため、この侍女の歳は実は千歳近く、まだ百年に満たない若い竜である自分を子ども扱いしているのではと、スラジは考えた。

スラジは、ヘスペリデスの歴代の守護竜の能力を持って代替わりする、生まれながらの竜神である。その種は唯一であり、同族を持たない。そのため、伴侶となる者には自分の心臓を差し出して、同じ竜種としての生を受け入れてもらうのだ。

だがこの心臓は、自分のために使う事はないだろう。

スラジは、眩しそうにエルフを見ながら、その生き物としての輝きを羨ましく思った。

またエルフとは、姫を始め、侍女や王宮騎士などの容姿を見るに、精霊をも凌駕する美しい生物なのだと改めて思った。

スラジは久しぶりに楽しい食事を終え、姫たちを部屋へ送り届けると、神殿へと戻った。

彼らがここから逃げ出すことは不可能である。そのため、特に部屋へ軟禁することもなく、外出制限を設けていない。

エルフは好奇心が旺盛で、ダメと言われても知識欲に勝てない生物であるという事は、先入観と唯一一致していたところである。

そのため、彼らが一度戻った部屋から抜け出していると分かっても、咎める気はなかった。

何を見て、何を知っても、ここからはもう戻れないのだから。


部屋に戻ると、騎士と侍女の部屋にはそれぞれに食事が用意されていた。

イセトゥアンは一人食事を済ませた後、姫の部屋へと赴くと、既にもう一人の騎士と侍女が姫の部屋に居り、侍女に至ってはその場で悠々と食事をとっていた。姫は気にした様子もなく、その横でお茶を飲んで過ごしている。

侍女は食事を終えると、三人に神殿周辺の調査へ行くと言い出した。

「特に外出は禁止されませんでしたので、私は周辺を見てきたいと思います」

「一緒に行こう」と従者が侍女の同行を申し出る。

「いやいや、侍女が姫様のお側を離れるのは良くないだろう」

「直ぐに戻りますので、姫様をお願いします」

イセトゥアンは侍女を止めようとするも、侍女は聞く耳をもたない。

「では、私も行きます」

リンドレイアナの言葉に、「いやいやいや」とイセトゥアンと侍女の声が重なる。

「淑女が夜中に外出はいかがなものでしょう」

「それは偏見です、冒険に男女もございませんわ」

「それもそうですわね、既にもう浮島群にいるのですから、ここから何処へ行こうとも、誰に咎められる謂れはございません」

「いや、そういう問題か?」

イセトゥアンの言葉を無視し「浮島の夜の風景を見に、いざ!」と、侍女が扉に手を掛ける。

「部屋がもぬけの殻では、流石にまずいだろう」

グズグズ言うイセトゥアンに、侍女のソウは振り返り指を突きつける。

「では、姫様に扮してお留守番なさいませ。貴方、変身がお得意でしょう?万が一竜神王が夜這いに訪れたら、バレない様に頼みますよ」

「ゲッ、怖いことを言うなよ、行くよ冒険。楽しみだな~」

「冗談ですよ、竜神王であれ、誰であれ、姫様の許可なく触れようとする者はぶっ潰します」

「こっわッ」

四人は部屋を抜け出して、自分たち以外の気配のない森閑とした廊下を進んだ。

折重なるカスケードを横目に、螺旋状の通路を下っていく。カスケードを落ちる水音のリズムは驚くほどに一定だった。所々にある長い外階段を使ってようやく庭へと降り立つ。

「うわっ」とイセトゥアンが声を上げ、侍女が目を見開く。

「何ですのあれ?」

「昼間と同じまんまだ」

既に周囲暗いというのに、花園の中をニンフは飛びまわり続けている。

「時間魔法か操られているのか分からないが、いずれにしても強い魔法が使われているようだな」

「でしたら、竜人族もそうなのでしょう」

「ええ、彼らは、人形のようだと思いましたわ」

「有翼人に属する竜人族は、ガルーダ族ほどではないにしろ、気性は激しいとイグドラシルの文献に載っていますのに、ここで見る竜人族は、姫様のおっしゃる通り、まるで操られているようですものね」

「一体どうゆうことなのでしょう」

四人はニンフの中庭を抜け、神殿の敷地の端にある螺旋状の通路を下り、いくつかの名前の付いた門をくぐり抜けて、神殿と外を隔てる堅牢な外壁へとたどり着いた。

気温は夜間でも冷えすぎることもなく、空気が標高の高い山のように薄い事もない。神域の環境はエルフでも生きていけるものだ。

「この先の環境が、神域と同様の状態が続いているとは限らないぞ」

「そうですわね、ではまず先に、調査をお願いします」

侍女が騎士に、金属と鉱石を組み合わせた羅針盤の様な物を手渡す。

「これは?」

イセトゥアンが計測器を手渡された従者の手もとを覗き込み、侍女に尋ねる。

「魔法省が開発した環境測定装置ですわ。気温、気圧、大気組成が赤なら死にます。黄色でも、進むのは諦めましょう。緑から青なら、正常範囲内ですので私達を迎えに来てください」

「行ってこよう」と従者が飛行魔法で、壁を飛び越える。

やがて、暫くして戻って来ると、それまで何があっても動じずに無表情だった従者の表情が曇っていた。

イセトゥアンが近寄り「どうした、何があった?」と彼に尋ねる。

「説明するより、見た方が早いだろう」

「という事は、環境的には、私達が踏み入れて問題ないということなのですね?」

「ああ、だがその環境に問題が生じているようだ」

リンドレイアナが先に立ち「行ってみましょう」と魔法で飛び上がる。

侍女とイセトゥアンがすぐさま続き、壁を越える。

従者の男が光魔法で広域を照らすと、そこは黒い森が広がっていた。

「どういう事だ?」

イセトゥアンが首を傾げる。

「ただの森ですわね」とリンドレイアナも、何が問題なのか理解できない様子で応える。

「恐らく、魔族の仕業ですわね」と唯一侍女だけが、状況の深刻さを理解して呟く。

「ああ、全域がやられている」

「この森はもう、ダメなのかしら」

「分からないが、検体を採取して国内の調査機関へ預けるべきだろうな」

「どうして、神域の森がこんなことに」

二人の間で進む会話に、イセトゥアンが疑問を呈する。

「この森がどうしたと言うんだ?」

「今は分かりにくいだろう、明日の朝もう一度来てみるがいい」と騎士がイセトゥアンに答える。

「まるで炭化したように、全てが黒に塗りつぶされているのですわ」

「まさか、そんな」とリンドレイアナが森を凝視する。

「夜だから黒く見えていると感じるのかもしれませんが、木そのものが黒いのです、そして草も、そこにある植物の何もかもが黒色へ変化していますわ」

「ここから先に進むのは、よしておいた方がよさそうだ」

三人は同意し、一夜目の調査を終了した。

翌朝、朝食時にスラジ王が「昨夜は遠出をしたようだが、何か面白いものでも見つけたか」とリンドレイアナ姫に尋ねた。

リンドレイアナは今朝、日が昇ると同時に例の森を再び見に行き、従者の言う通り見渡す限りの黒い森を目にして、ショックを受けたばかりだったため、言葉を詰まらせた。

黙り込む姫の様子に、スラジは侍女に目を向けるが、こちらも昨日あれだけ突っかかって来たのが嘘のように静かだった。

スラジは二人の態度で、裏の森、正しくはその森こそがこのヘスペリデスの最重要域である、「神の庭」であるのだが、その森の状態を見たのだと確信した。

いずれ知られてしまうだろうと覚悟はしていたが、たった一日目で見つかってしまったようだ。また、木々を愛し、世界樹を信仰するエルフには、こちらが想定したより衝撃が大きかったのだろう。

自らの好奇心で知り得た事情に、これほどまでの衝撃を受けて悄然とするなど、エルフとはやはり愛くるしい。

そう微笑ましく見ている側で「姫様、それは昨日結構お召し上がりになっていましたので、こちらの果物にしておいた方がよろしゅうございます」と、侍女が細々と姫にアドバイスを始めたので、あまり心配しすぎることもないようだったが。


ヘスペリデス滞在二日目。

「ウワー――――、ウワワッ!!」

姫そっちのけで、大興奮して駆けまわる侍女。

騎士の一人は竜舎へ飛行竜の世話をしに行き、もう一人が姫と侍女に付き添い、三人は今、神殿の最上部へと来ていた。

神域の最高峰からの眺望は、囚われの立場を束の間忘れさせるほど感動的だった。

眼下には雲間に浮かぶ島々が、果てしなく続いている。

竜神王の在るこの浮島が最上部に位置しており、その他の島はやや下の方にある。また、さらに西側には、大小さまざまな浮島群が連なっており、巨大な竜や飛行船の行き来が確認できた。この神域の島々と異なり、向こうは人や動物の営みが根付いているように感じられた。

飽くことなく景色を眺めているところへ、竜人族が訪れて昼食に呼ばれる。

スラジ王と昼食を共にすると、午後は神域の建物構造や調度品を見て回り、まるで観光に訪れたように楽しそうにする侍女に、リンドレイアナは救われる思いだった。もっとひどい扱いと、悲惨な監禁状態を想像していたが、それが杞憂に終わりそうだったからだ。

「それにしても、他の王妃たちはどこにいるのでしょうね。神殿のどこかに隠れているのでしょうか?」

「私もそれは気になっていたのだけれど、紹介どころか、それらしい人物を見掛けませんものね」

「この神殿のどこかで、新参者をどういたぶってやろうかと手ぐすねを引いた王妃達が蟠っているのかもしれませんわ」

他国がモデルの小説などでよく見る王の寵愛を巡った王妃たちの熾烈な蹴落とし合いを想像して、侍女は鳥肌が立つ両腕を摩った。

リンドレイアナもそれが移ったように、フルフルっと震え、両腕を摩った。

「ご安心なさってください姫様!彼女たちに呼び出されたら、私が相手になって差し上げます。竜人族だろうが下級精霊だろうが、負けませんよ」

「ありがとうソウ。本当に、心強いわ」

「ウフフ、むしろ楽しみです」

夜になり晩餐をスラジ王と共にした後、またあっさりと解放され、四人は部屋に戻った。

この調子で、一週間はこちらに負荷を掛けないようにしているのかもしれない。

四人はそんなことを話しながら、夜の散策に出かける相談を始めた。

「この神殿の動力炉の様な場所を見つけた、おそらく神殿の時間を止めている何かがそこにあるはずだ」

「あの黒い森も時間が止まっているのかしら?」

従者がリンドレイアナ姫に頷いて肯定を示す。

「いったい、どういう事だろう」とイセトゥアンが首を傾げる。

「何となく、予想がついてはおりますわ」

侍女が言う。

「おそらく時間を止めているのは、スラジ王でしょう。イグドラム国への滞在が短かったのも、直ぐにこの神域に戻らなければならない事情があったからなのかもしれません」

「何のために?」

「神殿の聖性を失わせないように、魔族に汚染された森の侵食を食い止めるためではないかしら?まだ、あの森の状態の詳細が分からないので、推測ですけれどね」

「魔族がこのヘスペリデスにやって来たというのか」

「ですから、憶測ですわ。さあ、今宵も冒険に出かけましょう!」

部屋を出て行こうとして、ドアノブに手を掛けたソウがイセトゥアンを振り返る。

「貴方はお留守番になさいます?」

「いやいやいや、行くって、連れて行ってください」

ソウはスカートを翻し、リンドレイアナ姫の手をとって廊下へと出る。

ほんのりと光る床や柱を、昨日と同じ神殿の最下層へ降りていき、奥の食堂から、王がいつも捌けていく場所を辿っていくように進んで行く。

食堂の奥の通路は、建物正面へと回り込む回廊となっていたため、四人は途中で引き返して、他に通路がないか調べる。

「この上、空間が奥に繋がっているようだぞ」

イセトゥアンが、天上部の壁の片側が取り払われた個所を見上げて言う。

飛行魔法でその境へ上がると、その奥が通路や階段を介せずに連なり、地を進む者のためではなく、空を飛ぶも者のために設計された部屋が連続していた。

建築した者も利用する者も、空を飛ぶことが出来る前提で考えると、このエルフにとっては不自然な構造も納得できる。

やがて、この神殿の中心部辺りと想定できる場所から、金色の輝きが漏れ出ているのを見つけた。そこはこの神殿で最も強い魔力を発し続けている場所だった。

光が漏れていることから、スラジ王や竜人族が居るのではと警戒しながら、空間を隔てている境の隙間から顔だけを覗かせて、中を確認する。

「扉のようですわね」

大きく開けた空間には、その奥にあるものを隠すように巨大な扉が存在していた。そして、その扉の中央が細く開いており、中から黄金の光が漏れ出している。

四人は扉を見下ろしながら、スラジ王や竜人族など、誰もいない事を確かめて、扉の前に降り立った。

昨夜、外壁へ向かう際に通った建物の外にある回廊にも魁偉な門がいくつかあったが、門扉が取り払われた、ただのゲートでしかなく、敵の侵入を防ぐ役割を損なっていた。

今、四人が見上げるこの扉は、巨人族でしか開けられないような大きさと厚さ持っている。

「光っていて、中がよくわかりませんね」

侍女が、扉に顔を押し付けながら、中を確認する。

侍女の上から中を確認していた、騎士が感嘆の声を上げ、服を引くイセトゥアンと場所を交代する。リンドレイアナ姫も侍女と場所を交代して、中を覗き込む。

「何が見えたのです?」

侍女が、意味ありげな声を上げた従者に尋ねる。

イセトゥアンとリンドレイアナ姫もやはり「すごく光っていました」という感想のみで、中にあるものを確認できなかったようだ。

「広範囲を見るようにして、全体を見て見るといい」

侍女は、騎士の男の言うように再度隙間から奥を覗き込んだ。

侍女は騎士の言わんとするものに気付き、後退して息を飲んだ。声を出さないように、口元を手で覆い、後の二人にも再度騎士の言う通り見てみるように合図する。

イセトゥアンとリンドレイアナ姫は、空間全体を捉えるように視線を引きで見て、そしてそこに横たわる巨大な金色の竜の姿を確認したのだった。

四人は姫の部屋に戻ると、それまでひそめていた息を思いっきり吐いて、各々話し出す。

「あれがスラジ王の本性ですのね」

「ええ、思いの他巨大な竜でしたわね、飛行竜が子犬に思えます」

侍女は、興奮が収まらない様子の姫を落ち着かせるためにお茶を入れて差し出す。

「あそこが寝所なのだろうか?」

「いや、何かの装置に魔力を供給しているのだろう」

「でしたら、それは時を止めるためのものですわね」

「流石に、あの中へずけずけ入っていけないから、確かめようもないが、そもそも、あの扉の開閉は俺たちには無理だな」

「壊すのは出来るが」

「おい、ダメだぞ」

侍女が、ついでとばかりに騎士にお茶を入れて差し出す。

「それにしても、どうして少し隙間が開いていたのかしら?閉所恐怖症なのかしら?」

「誘い込まれた気がしなくもないな」

イセトゥアンはお茶を啜りながら言う。流石に姫と同席せず、立ったままだが、侍女はお構いなしに椅子に座って、自分もお茶を口にする。

「本性を、私達に見せてどうしようと言うのでしょうね?」

「ここへ来て、解けた疑問はほぼないな。それどころか、新たに疑問が湧くばかりだ」

「行き詰った時は、休憩するに限りますわ、今夜はもう休みましょう」

窓から見える星々をぼんやり見つめ、興奮も落ち着いたところで、それぞれ部屋へと戻った。


翌朝、朝食時にスラジ王は「昨夜は、余の姿を見たのであろう?」とリンドレイアナ姫に尋ねた。リンドレイアナは言葉に詰まり、ただ小さく頷いた。

それを見て、スラジ王は目を細めた。

「余を見た感想はあるか?」

真っ直ぐに見つめて来るスラジ王に、リンドレイアナは「立派な竜だと思いましたわ」と答える。

「それだけであるか?」

「あの、あまりよく見えなかったもので」

「ところで、イグドラム国の王族は、王家の書を持っていると聞く、其方の王家の書を余に見せてはもらえぬか?」

この時、侍女のソウは少しぼんやりしていた。

リンドレイアナ姫がスラジ王の要望に応え王家の書を差し出したのと見た瞬間、侍女のソウは全身から汗が噴き出した。

(しまった!失敗した!!)

「なるほど、よくわかった。貴重な物を失礼した」

スラジ王はリンドレイアナ姫に王家の書を戻すと、席を立ち奥へと去って行く。

これまで、食事の席をいきなり立つような礼を欠いた態度は一度もなかった。

ソウはリンドレイアナ姫を促して立たせると、食堂を早足で退出する。王宮騎士の二人が何事かと二人を追いかけ、これに続いた。

「どうした、何があった!」

イセトゥアンが侍女に話しかける。

「失敗した!姫の正体がばれた。いや、姫ではない事がばれた!」

「私の何がまずかったのだろう?」

「殿下の王家の書は、リンドレイアナ姫のそれとは装丁が異なっております。おそらくスラジ王は何かしらの理由で、リンドレイアナ姫の王家の書を見たことがあったのでしょう」

「それで、これからどうする?」

「このまま、ヘスペリデスから脱出しよう。本物のリンドレイアナ姫を攫って、大陸中でも何処へでも逃亡し続けるんだ!」

既に侍女の姿から男の姿に戻って、スカートを引き千切って走るソゴゥと、このまま姫の変身を解くと、ドレスを着た男になるためどうするか悩んでいるロブスタスに、イセトゥアンともう一人の従者のヨルが続く。

「悪いが殿下、着替えている暇はないぞ、このまま竜舎へ向かう」

イセトゥアンが先頭を走り、竜舎の場所を知らない二人を先導する。

ヨルは後方に付いて、二人を警護している。

「それで構わない、私の失態だ。四人だけの時でも芝居を続けていたというのに、全て水の泡だ。まだ、今日で三日目というのに」

「スラジ王は、リンドレイアナ姫と面識があったのではないでしょうか?それか、姫が所有する王家の書を、何かの理由で見ていたか」

ロブスタスは、リンドレイアナの姿のまま思考を巡らせる。

「そういえば妹は以前、王家の書を使ったことがある」

「いつの話ですか?」

「たしか、五年ほど前だったか、妹がニルヤカナヤへ訪問した帰り、海洋で『魔物だまりの渦』に遭遇した際に使用したのだと言っていた。そしてその時、金の竜を見たとも言っていたが。ああそうか、その金の竜こそが、スラジ王だったのだ」

「きっとそうですね。王は、リンドレイアナ姫を認識し、彼女の持つ王家の書もその時に見ていたのでしょう」

「しかし、妹に固執する理由が分からない。王家の書なら、私の物も、妹の持つ物も発動する魔術は同じで差異はないのだが」

「スラジ王の目的は、王家の書ではなく、リンドレイアナ殿下なのでは?」

イセトゥアンの言葉に、ソゴゥとロブスタスが首を傾げる。

「リンドレイアナ姫は確かにお美しいけれど、一国の王がこんな姑息な手段でわざわざ攫いに来るかな?」

「私もそう思う。妹は、見た目は美しいかもしれないが、まだ子供。他国の王を虜にするような器量とは思えない。それに妹が王に会ったのはさらに五年も前だ」

「五年前なら、今のソゴゥと同じ年だな。見た目は変わってないと思うが?」

「まあ、そうだ。言われてみれば、その頃の姿は既に成体だった」

「けれど、なんで五年経った今なんだろう」

前庭を突っ切って竜舎へたどり着くと、二頭の竜にそれぞれ分かれて飛び乗った。

ヨルが操縦する竜にソゴゥが乗り、続いてイセトゥアンとロブスタスの竜が飛び立つ。

離陸して間もなく、その彼らの飛行竜の上空を金色の巨大な竜が悠然と通り過ぎる。その際に放たれた竜神王のひと啼きで、ソゴゥ達の飛行竜は浮力を失った。

急速に落下する飛行竜たちの向こう、イグドラム側の次元に繋がっていた濃さの違う空の中へ水に沈むように金色の竜が消えていくと、次元を閉じるように境が消えて単一の空へと戻ってしまった。

ヨルが飛行竜から離脱して物凄い勢いで竜を追ったが、空が向こうへと繋がっていなことを確かめるだけの結果となった。

「クソッ、次元が閉ざされた!」

逆さになりながら、ソゴゥが叫ぶ。

ソゴゥは気を失って錐揉み状に落ちてく飛行竜の背から離脱し、イセトゥアン達の飛行竜と自分たちの乗っていた飛行竜を近くの浮島に瞬間移動させた。

イセトゥアンとロブスタスの二人は、意識はあるものの目を回して地面にへたり込んだ。落下時の回転のせいだけではなく、竜神王の咆哮に衝撃を受けたようだ。

「スラジ王は、次元に干渉できるのか。ヨルはできる?」

「他次元へ穴を開けることは出来るが、人界に繋がるとは限らない上に、太陽の石のように繋げた次元の穴を定着させてしまう恐れがある」

「それって、力業ってことだよね」

「うむ、そうである」

ソゴゥは目を閉じ、それではダメだと首を振った。

「おいおい、ってことは、俺たちはこの次元に閉じ込められたのか?」

イセトゥアンがソゴゥの肩を掴んで揺する。

「まあ、結論から言うとそうだな」とソゴゥはイセトゥアンに頭突きを喰らわせて、両腕を肩から外す。

「甘かった、私が甘かったのだ!」

膝を抱え落ち込むロブスタスはただの鬱陶しい男のはずだが、今は放っておけない可憐な姫の姿をしている。

「戻れないものはしょうがない、あと五日、神殿にリンドレイアナ姫が連れてこられて、再びイグドラム国に約束のために戻るときに、竜神王が開ける次元の穴に飛び込んで、姫を攫って逃げよう!」

「そう上手くいくだろうか?」

さめざめと泣くロブスタスが、顔を上げる。

「竜神王の背中にマーキングしておいて、瞬間移動でくっ付いていけばワンチャン・・・・・・」

「作戦が荒い気がするのだが」

ロブスタスが遠い目をする。

「まあ殿下そう落ち込まずに、五日後までにこれから作戦を考えましょう」

イセトゥアンが務めて明るい声で言う。

「とりあえず竜神王が不在の今、俺たちの服と食料を取りに神殿に戻ろう。あと、換金が出来そうな物も持ち出して、近隣の浮島に買い物に行こう!」

「ソゴゥ、そんな場合か」

「はあ?こんな草むらでただじっと待機してるつもり?俺はいいよ、俺は、でも殿下を野宿させるのはどうかと思う」

「殿下も王宮騎士と同様のサバイバル訓練は受けている。魔法なし、食料なし、ナイフ一つで、魔獣の棲む高山に置いて行かれ自力で下山する訓練とか、重い荷物を背負ったまま四日間不眠不休で数十Kmの距離を歩く訓練とかな」

「はあ?ここは異次元だよ?何が食べられて、何が食べてはいけないか分からないよね?危険だよね?店で出される食事の方がまだ安心だよね、お腹は壊すかもしれないけれど、命を落とす危険は減るよね?」

「いや、まあ、そうだが」

「まずは、自分たちの身の安全を確保するのが優先だよね?」

「お、おう」

「なら、四の五の言わずに、俺の言う通りにしたらいいんだよ隊長。俺とヨルで荷物を取って来るから、ここで待機していてよね隊長」

「隊長って言うな、仕方ない、殿下もそれでよろしいですか?」

「私はもとよりこの格好では落ち着かなかったからな、服を取りに行ってくれるのなら有難い。それに第一司書殿の言う通り、ここにいても仕方がないだろう」

「ええ、では、行って参ります」

ソゴゥは言い、ヨルの背中に乗っかって「Go!」と言う。

ヨルは黒い翼を出して、エルフのように変身していた姿を、いつもの黒髪赤目に戻した。

あっという間に上空に飛んで行き、二人が見えなくなるとロブスタスは長い溜息を吐いた。

「イセトゥアン、第一司書殿は、何と言うか凄いな。あの竜神王を前に物怖じせず、ずけずけと物を言うのだぞ。それに、侍女の演技が破天荒過ぎてやしないか?第一司書殿には、王族付きの侍女がああ見えているのだろうか?」

「いや、あれは、羞恥心に飲まれないよう、演技を振り切った結果だと思いますよ。俺は、昔からこの能力で鍛えてきたので、羞恥心を押さえ込むことは慣れていますが」

「イセトゥアンの影武者は完璧だからな、しかし、妹は大丈夫だろうか。あのまま竜神王が城に襲来したらきっと騒ぎになるだろうな」

「怪我人が出なければいいのですが」

気を失っていた飛行竜が起き出し、茶色の翼を慌てたように震わせ、イセトゥアンが宥めに掛かる。

イグドラム国では空中戦闘はもちろん、空挺部隊も飛行竜を利用する。飛行竜を行動不能にできる竜神王は、すでに制空権を握っているのだ。

「イグドラムは今後、飛行竜に頼らない航空手段を検討しなくてはならないだろうな」

ロブスタスは起き出したもう一頭の竜の顔を撫でて、気を静める。

やがて、大きな荷物を背負ったソゴゥとヨルが戻って来た。

ソゴゥ達は既に冒険者風の格好に着替えており、イセトゥアンとロブスタスにも用意していた変装用の服を渡す。

「その大きな荷物は何だ?」

イセトゥアンは目立つ豪華な隊服から、一般的な冒険装備へと着替えながら尋ねる。

「司書の皆が持たせてくれた、浮島の貨幣を得るために、高額買取り間違いなしの品々と、一週間分の水と食料、記入式の浮島マップだ」

「何だ、記入式の浮島マップって?」

「予め文献から読み解いた浮島群全貌の白地図だよ。これに、実際はどうだったかを書き込んでくるように頼まれているんだ」

「そんな事を頼まれていたのか」

「この名目で浮島行きを、司書長に許可してもらったんだよ」

「司書長は、お前の下の役職だろう?許可がいるのか?」

「役職の上下なんて関係ないよ、皆で協力してイグドラシルを守っているんだから。それに、これまでも散々司書長には心配かけたからね。事後報告で怒られないよう、今回はきちんとお伺いを立ててから出立して来たんだ」

「竜神王と戦うのではなく、あくまでも浮島群の調査だと言いくるめたのだ」とヨルが補足する。

ロブスタスもリンドレイアナ姫の変身を解き、男性用の冒険者服に身を包むと、真っ直ぐな金色の長い髪を一つに束ねた。

「よし、みんな支度が出来たね。それじゃあ、先ずは人のいる浮島へ行こう!」とソゴゥが意気揚々と声を掛ける。

「飛行竜は大丈夫だろうか」

「私が念のため治癒魔法を掛けよう」

ロブスタスが二頭に治癒魔法を掛ける。

元気を取り戻した飛行竜に四人はまた二手に分かれて乗ると、神殿域を離れ、人の住む浮島を探すべく飛び立った。

草木ばかりの小さな浮島からニ十分ほど飛んだところに、街が形成された大きな島を見つけた。その浮島は五つの巨大な建造物を中心に円形に都市が広がり、上空からは梅の花のようなに見える。ソゴゥ達はとりあえずその島へと向かった。

五つの円形街の中心には、オベリスクの様な尖塔状の黒い建物がある。角度により青にも見える美しい塔の近くに降下し、竜を繋ぐ場所を探す。

交通整備をしている竜人族の男に、ソゴゥが駐竜場の場所を尋ねる。

「冒険者用の施設に停めておくといい、世話もしてくれるぞ」

「ありがとうございます。冒険者施設はどの辺ですか?」

竜人族の男から聞いた場所を目指して、飛行竜を引いて歩く。

「神殿にいた者達とここの者は、全く違うようだな」とロブスタスが驚いて言う。

「そうですね、でもまあ言葉が通じてよかった。それに、字もなんとか読めますね」とソゴゥは標識や看板を見てロブスタスに応えた。

司書であるソゴゥと王族であるロブスタスは、大陸中の文字を習得しているが、次元の異なるこの土地でも、かつて次元が一つだったころの名残なのか、言葉や表記に多少の違いはあるものの、人界で最も多く使われている主要言語を理解していれば、そこからの推察がそれほど難しくない程度の違いだった。

前世では世界の言語は数千あると言われ、使用していた日本語は他の言語との差異が多い上に、日本語の単調な発音に慣れた耳や舌では、日本語以外の言語を聞き取ることも話すことも難しかった。

この惑星の神は寛容なのか、人から統一言語を取り上げたり、人が集まって暮らす街を破壊したりはしないようだ。

「竜人族は思念伝達で会話を行っているものだと思っていたが、先ほどの男は普通に話していた、音声によるコミュニケーションが一般的なのだろうか」

「竜人族同士でも、声で会話をしているようでしたよ」

「ならば神殿の竜人族が特別だったのか、神域での決まりなのか・・・・・・」

「彼らの時間も止められ、竜神王が操っていたのであろう」

「なるほど、確かにそうか」

ロブスタスは悪魔でありながらも、世界樹のような心地良い存在感を持つヨルが引き継いだ言葉に納得した。

ソゴゥ達は冒険者施設へやってくると飛行竜を預け、施設内を見て回ることにした。

冒険者施設は観光案内所を兼ねているようで、観光目的と思われる竜人は皆、軽装で明るい雰囲気だ。神殿にいた大竜を祖にする竜人だけでなく、毛で覆われた大きな耳に、退化した小さな翼を持つ小型竜の竜人、翼を持たず龍の眼の特徴だけを残す竜人など、風貌は様々だった。そんな竜人の観光客の他に、冒険者装束で来訪している者の多くが、驚くことに人間だった。

この浮島へ人間がどうやって来たのか気になったソゴゥは、冒険者の装備を纏った褐色の肌に黒髪で黒い瞳の男に声を掛けた。

「貴方は何処から来たんですか?」

「俺か?俺はランカ島から逃げて来たんだよ。ここに居る冒険者の人間はみんなそうだ。あんたも人間のようだけど、ランカ島出身者じゃないよな?そっちこそ何処から来たんだ?」

「僕はイグドラムです」

「イグドラム?もしかして次元の向こうの、世界樹の国か?そんなの御伽噺だろ」

「まさか、実在しますよ。イグドラムからは百年に一度、この神竜浮島群が見えるんですよ。こちらからイグドラムは見えていませんでしたか?」

「百年間隔じゃ、俺たちにはそう見る機会がないだろう」

「いや、つい最近まで、この神竜浮島群の東端は、次元を超えてイグドラムの上空に出現していたんだがな、気がつかないものなのか?」とイセトゥアンがソゴゥ達の話に口を挟む。

「なあ、ところで、商品を換金できるところはないか、ここの貨幣を持ち合わせていなくて」

「あんたエルフか?あれ、でも、こっちの人と似ているな」

「兄弟なので」

「兄弟だからな」

「人間とエルフが?ああそうか、複雑な家庭の事情があるんだな、済まない」

「いえ、それで、換金所ってありますか?オークションとかでもいいんですけど」

「そうだな、ここは都市が五つの大学ごとのエリアに分かれているから、布や反物なら服飾大学の街、宝石や鉱物なんかは、鉱産大学の街、あとそうだな、食料なんかは、食品生産加工大学街辺りに持って行くといい、そこでまた誰かを捕まえて聞いてみるんだな」

「この五つの都市、それぞれの中心にある巨大な建物は大学だったんですね」

「ここはクラフトシティという街で、生産系の大学が集められている。中央の尖塔状の建物は、竜神王様が都市に滞在される際の城だ」

「へえ、じゃあこの浮島の名前もクラフトシティですか?」

「この浮島は五大学島という名前だ」

「なるほど、五大学島と・・・・・・」ソゴゥは恐ろしい速記術で、白地図に上空から見た鳥瞰図を描き、今の情報を書き入れる。

「色々教えていただきありがとうございました、良かったらこれ食べください」とソゴゥは神殿から拝借してきた果物を、男の手のひらに乗せる。

「えっ、これ貴重な果物だぞ、いいのか?」

「お礼です、どうぞ」とソゴゥは言い、冒険者施設を後にした。

「とりあえず、鉱産大学の街へ行こうと思う。太陽の石の情報も知りたいし」

「ああ、いいんじゃないか」

「そうだな」

イセトゥアンとロブスタスの同意を得て、ソゴゥ達は冒険者施設で手に入れた地図を確認すると、鉱産大学の街へと再び飛行竜に乗って向かった。

鉱産大学には浮島群中から鉱物に関わる職を目指す者が集まり、専門知識を学ぶ場となっており、また、街には鉱石を多種多様に扱った専門店が軒を連ねている。

街の入り口付近まで飛んで行くと、他の飛行竜や航空船が停まっている場所で竜を降り、竜舎に預ける際に、こちらは金銭が必要のようだったが、ロブスタスが持て余していたリンドレイアナ姫変装時の衣装を渡すことで、係りの竜人が飛行竜を預かってくれた。

鉱産大学の建物は、巨大なタンクを持つ生産施設のような外観だが、尖塔をいくつも持っているため、モスクのような趣もある。その中心の大学から、円形に街並みが広がっている。街道が大学を中心に放射線状にはしっており、中東やアジアのバザールのような風情で、街道の左右にぎっしりと店が並んでいる。

加工されていない結晶のままの鉱石が無造作に積み置かれていたり、宝石のようにカットされたものが壁面にびっしり並べ置かれたり、店によってさまざまだ。また、アクセサリーや宝飾品を売る店もある。

一行は太陽の石が売られていないか探したが、今のところ見つかっていない。

エメラルド鉱石に似た緑色の石が、練り宝石のように粉末にされて、ペースト状になったものを袋に小分けにして並べてある店を見た。

ソゴゥは思わず店員に「これは何ですか?」と尋ねた。

瞳のキラキラした竜人女性が、愛想よく飛行竜の餌だと教えてくれる。

白一色だった神殿の竜人とは違い、オレンジの髪に皮膚の鱗は緑に近い。

「これを与えると、どんなに懐かない竜だって、途端に言う事をきいてくれるようになるですよ、竜の大好物なの。あげるときは、袋からちょっとずつ舐めさせるように与えるんです」

「へえ、そうなんですね」

ソゴゥは、ペットとたのしいおやつの「ちゅ~〇」みたいだなと思った。

「欲しいのは山々なんですが、まだこちらの貨幣を手に入れてないので、商品を換金出来る場所を探しているんです、ここら辺にありますか?」

「どんな商品をお持ちなんですか?」

「鉱石の結晶類ですね」

「でしたら、そこに鉱石や貴金属専門の換金がありますよ」

竜人女性が、特徴的な屋根の建物を指して場所を教えてくれる。

「ありがとうございます」

「いえいえ、良い旅を!」

ソゴゥ達は、教えてもらった換金所に向かった。換金所は他の店と違い、門扉のある堅牢な建物で、警備の竜人が建物の内と外に佇立し、ホールの途中には格子状の柵が設けられている。その格子の奥で数人の鑑定士による鑑定が行われ、順番待ちの列が出来ていた。

「かなり待ちそうだな、俺は外の店を回って太陽の石について、どれほど流通しているのか聞き込みに行ってくるよ、待ち合わせ場所はここにしよう。換金が終わっても、ここに残っていてくれ」

イセトゥアンがソゴゥに言う。

「私も付き合おう」

ロブスタスが言い、イセトゥアンと二人で換金所を後にした。

ソゴゥとヨルは列の最後尾につき、順番を待つことにした。

換金所にいる者のほとんどが、冒険者装備の人間で、中には見ているだけで息苦しくなるような首枷を付けた者もいる。ファッションだとしたら、かなり攻めた格好だ。

換金が終わった首枷の男が、悄然としながらこちらに歩いて来るのを見て、ソゴゥはその人物に話しかけた。

「もしかして、ここってあまり換金率が良くないんですか?」

「おっ、あんたは首枷がないんだな、というよりランカ島の人間じゃなさそうだな」

「はい、僕はイグドラム出身です。って、やっぱりそれ、首枷なんですね」

「ああ、これを外すための金を貯めているんだが、今日の分ではまだ足りなかった。おっと、誤解が無いように言っておくけど、ここの竜人は正当な金額で取引をしているぞ。相手が人間だろうが、竜人だろうが差別はないから安心しなよ」

「その首枷、もしよかったら外しましょうか?」

「いや、これは無理矢理外そうとすると爆発するんだ」

「爆発はしませんでしたよ?」

男の首枷を手にして、ソゴゥが言う。

男は自分の首をまさぐりながら、首枷が消えていることを確認し、信じられない様子でソゴゥの手元を凝視した。

「えっ、えっ?嘘だろ、この首輪を外すのに百万ラードーン掛かるって言われて、食いつめながら稼いでいたんだ、本当に無くなっている!」

「よかったら、これもどうぞ」

ソゴゥはリュックから果物を差し出す。

男が感涙に咽び、手を合わせて拝みだしたので、ソゴゥは慌てて、男の手に果物を握らせ、落ち着くよう宥めた。

「この首枷は貰っていいですか?僕が責任をもって、無人島とかで処分しておきますので」

「何から何まで、ありがとうございます」

「いいですよ、袖振り合うも多生の縁と言いますし」

男が、何度も振り返りお辞儀をして換金所から出て行くのを見送り、ソゴゥは先頭の方の進みぐあいに目を向けた。

やがて、自分たちの番になり、柵の中に入ると施錠され、鑑定士の前の席に着く。目の前の台に置かれた緩衝布の張られた浅い箱の中に、ソゴゥはリュックの中にしまっていた鉱石の結晶を、徐に取り出して入れた。

箱の中にはこぶし大の、色とりどりで珍奇な形状をした数十個の鉱物が、無造作に転がる。

これらはルキの宝物庫から、ルキが珍しいと思うやつを山のようにイグドラシルに持ち込んだものを、司書達が文献などを調べて稀少価値のあるものを選りすぐって持たせてくれたものだ。

ソゴゥは鑑定士の竜人族の男の喉元が動くのを、見逃さなかった。

「鑑定お願いします」

「これは、値が付く物は全て、こちらで、買い取らせていただいてもよいですかな?」

「はい、全部換金をお願いします」

ソゴゥはニコニコしながら、鑑定士の手元を見る。

テレビで見た鑑定士がしていたように、ルーペなどで表面を拡大したりしている。

ルーペで見て種類が分かったものと、分からなかったものに分け、分からなかったものを専門の成分分析装置や光の屈折、偏光計測器などと同様の機能を持つ魔法具を取り出して、次々と鉱物を確認していく。

詳しい成分分析をするなら一つの鉱石につき三十分くらいかかるようだが、鉱石の種類さえわかれば、あとは石の状態と大きさで金額が決まるので、今は鉱石の種類が判明しさえすればいいようだ。

鑑定士の男の独り言ともつかない言葉に、ソゴゥは感心しながら、その手際のよい作業を眺めている。

やがて男は大きく息を吐いて両腕を伸ばし、背中の翼をフルフルと動かしてから、ソゴゥに向き直った。

「はあ、実にいいものを見せてもらいました。私は長く鑑定の職に就いておりますがね、これだけの種類、これだけの珍しい石を一度に見たことはありませんよ。まるで、邪神の宝物庫から盗んできたような品々だ」

「はあ」

その邪神本人に渡されたんですけど、とソゴゥは思う。

「ああ、すまない。盗んだとは失礼な表現でしたな。とにかく、それぐらい凄いものだと言いたかったのですよ。まず、既に閉山され、出回る事のほとんどない鉱石がこれらです」と、男はいくつかの結晶を端に寄せる。

「次に、これは古代王朝で石に特殊な技法を用いて変色加工が施されたルースで、既にその技術は失われており、本来この石には、この配色は存在しないのです」

男は言って、グラデーションカラーの水晶を端に寄せる。

「こちらは、宇宙でもその総数が限られていると言われる、高価な鉱石ですな」

メタリックな鉱石を端に寄せる。そうやって男は、数十の石をいくつかにカテゴライズしたのち、ため息をついて項垂れた。

「この換金所はそれなりに信用度が高く取引できる額も大きいのですが、これだけの物は想定外です。非常に悔しいですが、全て買い取る決済をこの場で行うことができません」

ソゴゥは浮島群で過ごすための生活費として、これらの石を持たされていた。出来れば樹精獣やルキ、それに司書達にお土産を買って帰れたらいい方で、五日間食料や寝床が困らなければ、いくらでも構わないと思っていた。数は多いが、あまり大きくない石が、そんなに高額になるとは思ってもみなかったのだ。

「ちなみに、全部でいくらくらいになるんですか?」

「全部で九十億ラードーンほど」

「え?んん?え?」

ソゴゥは浮島群の貨幣価値を先ほどの冒険者施設で確認していたので、九十億ラードーンはイグドラム国通貨の倍に当たる、百八十億ドラムに値する。また、浮島のレストランの昼食の相場が三百ラードーンから千ラードーンくらいと聞いていたので、想定外の超高額となったのだ。イグドラムならセイヴの一等地に人工湖付きの広大な土地にホテル並みに巨大な屋敷を建ててもまだ、半分も使いきれない額だ。

「ち、ちなみに、どれが一番高いんですか?」

「この、宇宙のやつですな」

「そうなんだ。それで、今用意できる金額はいくらなんですか?」

「暫しお待ちください」

男は奥へと引っ込んで、やがて眼鏡をかけた神経質そうな竜人を伴って戻って来た。

「今日のとことは、十億が限界ですね」

眼鏡をした竜人の男が、眼鏡をクイっと上げるのを見て、竜人族も目が悪くなることがあるんだなと、違う事を考えていた。

「ところで十億って、どれくらいの量になります?俺たちで持ち運べます?」

「それは問題ないですよ、これが十億です」

眼鏡竜人が、ソゴゥ達の前のテーブルに水色の細長い水晶のバーを十本置いた。

「これは、決済用の魔道具の上に置くと、中の成分が魔道具の方の水晶に移り、支払いが完了する仕組みで、一本当たり一億ラードーンの支払いが出来ます」

プリペイドカードみたいだな、ただし一億、イグドラム通貨換算で二億のカードなんて見たことないけど。

ソゴゥは無造作に、その水晶を手に取り「これでいいですよ」と鑑定士の男に言った。

「どういう事ですか?」

「この十億で、そこの石全てをお譲りします」

「いやそんな、それでは、あまりに貴方に不利益を与えてしまう」

ソゴゥは鑑定士の男をまじまじと見て、竜人族は本当に人がいいと感心した。

ここへ来て、あからさまに冒険初心者丸出しの自分たちに対して、騙そうとしたりとか、荷物が掏られそうになったり、盗まれたりなど一度もなかった。それどころか、お金がないと言っても嫌な顔一つせず、竜を停める場所を貸してくれたり、世話までしてくれるというので、何か渡せるものがないかとロブスタスが変装用のドレスを渡したりしたのだ。

「では、こういうのはどうでしょう。もしこの後、首に首枷を嵌めている人間が換金に来たら、その人たちの首枷を外す資金の手助けとなるように、残り八十億分のお金を当てていただけませんか?」

鑑定士の男と、その隣の眼鏡竜人が息を飲んだ。

「そっ、それで本当にいいのですかな?」

「ええ、私達にはこれだけでも十分すぎる」

物凄く量を減らして、厳選に厳選を重ねて持って来たというのに、これを役立てずそのまま持って帰って来たと知ったら、ルキがきっとガッカリするだろう。

それと、司書達の選定はすごかった。本当に、高額買取となったのだから。

それにしても旅先で十億など、全く使い切れる気がしない。

超激レアな名画並みの高値が付いてしまった。

ソゴゥがぼんやり考えていると、鑑定士の男がソゴゥの手をとって握って来た。

「貴方は聖人様だ。私はこんな人を見たことがない」

もう一人の眼鏡竜人まで、ソゴゥの手を握手するように握って来る。

「お約束を違わぬよう、残りの料金はきっちり残酷な『ランカの首枷』を外す手助けに使わせていただきます」

ランカの首枷という言葉を疑問に思いつつ竜人族の手の平は、エルフとはやはり違うんだなと、ソゴゥはまたしても違う事を考えていた。

実はこの浮島に来てから、ソゴゥはワクワクが止まらず、かなりのハイテンションとなっていたため、意識が散漫になりがちだった。

ソゴゥは水晶を一本ずつ格納する専用の袋を付けてもらい、それらをリュックにしまった。

「ツレを待つので、建物付近に暫く滞在させてください」とソゴゥは言いおいて、二人にお礼を言い、出入口の方に向かった。

先ほどの交渉途中、ヨルにも意思を飛ばして石を全部置いて行っていいと思うか確認したところ「荷物が軽くなる方が良いではないか」と、少しずれた答えが返って来ていたのだった。ヨルの言うように、重くはないが、かさばっていたので、リュックがだいぶすっきりしたのは確かだ。

イセトゥアンとロブスタスがその辺りに戻ってきていないかと、換金所を出て道を確認していると、先ほどの首枷を外した男が、数人の男女を連れてきて、ソゴゥの前に次々と跪き地面に額を擦りつけんばかりにひれ伏した。

「わっ、何?何事?」

「どうかどうかこの者たちの首枷も、外してはいただけないでしょうか」

「外すから!直ぐ外すから、立ってください!」

言いながらソゴゥは、男女の首枷を瞬間移動で手元に集めた。

「ほら、もう外れましたから、顔を上げて!」と、ソゴゥが平伏す人たちに声を掛ける。

だが、首枷が外されたことに気付かず、いまだ平伏し続けているため、ソゴゥは彼らを連れてきた男の肩を揺すって立たせると、皆に首枷が外れたことを教えてあげるようにと、声を掛けた。

男は再び感動しながら「おい、お前ら、首を確認してみろ!!」と大きな声を上げて、漸く男女は自分の首から枷が外れていることを知ったのだった。

「ソゴゥ・・・・・・何やっているんだ、こんな往来で人を跪かせてお前・・・・・・」

「俺がさせているんじゃないんだ、誤解だって!」とソゴゥはイセトゥアンを振り返って、首を振る。

「このお方は、我々から枷を外してくださった救世主様でございます」

「何の宗教?」

「いや、比喩表現じゃなくて、物理的にだよ。ほら、これ」とソゴゥは手にしていた数個の首枷を、イセトゥアンとその後ろにいたロブスタスに見せた。

「首枷か」

「あなた方は、何でこんなものを付けていたの?」

ソゴゥが男に尋ねる。

「我々はランカ島から逃げて来たんです。ランカ島では、最下層に身分が落とされると、逃げないように首枷をされ、過酷な労働にあてられます。そのため、多くの者が命からがら、嵐の夜に訪れる竜の大移動を待って、ランカ島から飛び降ります。そして、運よく竜の背に着地できた者が、この平和な神竜浮島群を目指してやって来るのです。ここまで来られた者は、本当に運のいい者達ばかりです」

「そのランカ島は、竜神王の管轄ではないの?」

「はい、竜神王様の支配領地ではありません。現人神グルナディエ様の支配する帝国に属する植民地の一つです」

「首枷を嵌めるなんて、ひどいな」

「ああ、許しがたい所業だ」

イセトゥアンとロブスタスが憤然と言う。

「ランカ島は、その直ぐ上空に位置するグルナディエ様の治めるヴィマナ島から常に監視されており、ヴィマナ島に住まう高貴な者達のような魂を得るためには肉体的な苦行が必要とされ、昼夜問わず労働を強いられます。ヴィマナ島には美しい者だけが住むことを許され、美しくない者は、魂が穢れているとされ、ランカ島に落とされます。さらに、逃げようとしたり、反抗的な者は身分を下げられ、最終的に首枷を嵌められ、もっとも過酷な労働を強いられるのです」

「そんな原始的な国家が存在するのか、まったく見習うべきところのない制度だ」

怒り心頭といった様子で、ロブスタスが吐き捨てる。

ソゴゥは一度だけ会話をしたことのあるリンドレイアナ姫と、このロブスタス王子は、やはり兄妹なのだなと思った。彼らの国民だけにとどまらず、人を想う気持ちの大きさこそが、王家たる所以なのだと感じたのだ。

リンドレイアナ姫も、その芯に人を思いやる優しさがある。

ソゴゥに取りすがって、感謝をひっきりなしに述べる彼らを宥めて、その場を辞すと、来るときに見かけた飛行竜用のおやつの練り宝石を買ってリュック詰め、食事処を探した。

バザールの店舗は鉱石だけでなく、食料品や日用品を売る場所もあり、また、別の街道は居住区として、大学寮や民家が軒を連ねている。ソゴゥ達は、日用品や食べ物屋が連なる街道を散策し「五大饂飩」と看板の出た食事処に入ることにした。

「よういらっしゃたのへ」と老竜人に出迎えられ、空いていた四人席に座る。

壁には、縦書きに貼られた十種類ほどの「饂飩」のお品書きがある。

テーブルは字が彫ってある石板が嵌めてあり、字の表面に触れると、人体の魔力に反応して、小型の空壁に絵付きのメニュー説明が投影される。

ソゴゥは面白がって、端から十種類全ての映像を立ち上げてみた。

ソゴゥの意識には「饂飩」と訳されている文字だが、絵を見る限り、ソゴゥの知る白く細長い麺の饂飩とは違い、小麦(のような粉)を練って団子状にした、丸く平べったい物の上に、肉や魚や野菜がのった具がメインの料理で、ニョッキやトッポギの白玉団子寄りのビジュアルの部分が饂飩と呼ばれているらしい。

「グウッ、この肉は少々消化が難しかったな、この魚は匂いが独特で、これに乗っている野菜は何と言うか食べてはいけない味だった気がする」

ロブスタスが全てのメニューを見ながら、ブツブツと呟いている。

ロブスタスが神殿で食べていた数々の料理うち、クセの強かったものばかりが、よりによって全てのメニューに含まれているようだ。

騎士と侍女に出された料理は、プルドポーク(似たもの)と野菜とチーズの挟まったパンとスープで、正直非常に美味しかった。

「とくにこの、木くずのようなスパイスのアンモニア臭がどうにも受け付けなくて、これが入っていないのがいいのだが・・・・・・」

よほど懲りているのか、ロブスタスはまだ一人でブツブツと言っている。

「お決まりになったっへ?」

老竜人がオーダーを聞きにきたので、ソゴゥは「僕は黄金肉饂飩」と答えた。

「俺は、銀魚饂飩ね」とイセトゥアン。

「我は、火鳥卵饂飩」とヨル。

ロブスタスはうんうんと唸り「このスパイスと、この野菜と、この肉と、魚と、卵を抜いたものはあるか?」

「スパイスはお抜きできますよって、どれにされますか?」

中々決めないロブスタスに痺れを切らし、イセトゥアンが「ロブスタスさん、水だけにしておきますか?」と声を掛ける。

人前での役職呼びをロブスタスが禁止したため、イセトゥアンはさん付けで呼んだ。

ロブスタスは漸く「しょうがない、じゃあ冷やし具なし饂飩で」と老竜人に言う。

「冷やし具なし饂飩とは?」と老竜人がロブスタスに尋ねる。

「具はいらないから、冷やして持って来てくれぬか?」

ここは王宮じゃないんだから、あるものから選ぶんですよ、殿下。ソゴゥは内心、世間知らずの王子を応援していた。

「申し訳ねえへ、メニューにあるものから選んでいただけねえでしょうか?」

「ロブスタスさん、メニューにあるものから選びなさい。そう難しい話ではないと思うが、どうかな?」とイセトゥアンが言う。

言外にお店のお婆さんを困らせるな、という圧がある。

「うむ、では、五大饂飩で」

ロブスタスが、渋々といった感じで応える。

「五大饂飩って?」とソゴゥが、またメニューにない物をオーダーするロブスタスに尋ねた。

「だから貴方、メニューにある物を言いなさいよ!」とイセトゥアンもキレ気味だ。

「いや、あるぞ!あそこに書いてあるだろう?」

ロブスタスは、壁に縦に書かれたお品書きの端を指さして言う。

「本当だ・・・・・・五大饂飩って端に書いてあるね」とソゴゥ。

老竜人は壁を振り返り、申し訳なさそうに「ありゃあ、この店の名前ですヘ、メニューではねえんですよ」とロブスタスに伝えた。

「グハッ」と一度奇声を上げ、ソゴゥがテーブルに突っ伏して肩を震わせている。

ロブスタスは蚊の鳴くような声で「なら、黄金肉饂飩で」と老竜人に告げた。

老竜人は安心したように、全員のオーダーを受けると、店の奥へと下がった。

ソゴゥは顔を上げて涙を拭い、何とか平静を装う。

「それでソゴゥ、換金はどうだった?ここの支払いは大丈夫なんだろうな」

「うん、大丈夫。ラードーンを入手したよ。十億になった」

「は?」

「九十億だって言われたけど、今日用意できるのが十億だけだからって、十億だけもらってきた。さっきの練り宝石が三千ラードーン、ここの支払いが、四百五十掛ける四で、千八百ラードーン。あと、九億九千九百九十九万五千二百ラードーンあるよ」

「ヨル、ソゴゥは何を言っているんだ、石は売れなかったのか?」

「いや、まったく本当の事を言っている。かなりの高額買取となって、持て余しておるのだ。浮島に豪華な別荘を建てることも可能であろうな。通えるかは別であるが」

「マジか」

「ああ、こんな大金持ち歩くの初めてで、正直ビビってる。それで、そっちは太陽の石のことはどれくらい分かったの?」

ソゴゥは無料で提供されたお茶を飲みながら、イセトゥアンに尋ねる。

「太陽の石の鉱山はとっくに閉山していて、今ではその場所は秘匿され、厳重に隠されているようだ。そもそも、純粋な太陽の石が採取できる鉱床はほとんどなく、見つかった鉱山も不純物の多い質の悪い物しか産出されていなかったようだ」

「竜神王の命で、太陽の石は劣化処理が施されたもの以外の取引を一切禁止しており、さらに国外の持ち出しに対しての禁輸措置が取られていた。竜神王は、太陽の石を劣化させることで、爆弾材料にならないようにした上で、さらに国外や、魔族の手に渡らないようにしていたんだ」

ロブスタスの言葉に、ソゴゥは頷き硬く目を閉じた。

報告から得た情報を整理しているのではなく、五大饂飩発言を思い出し、笑ってしまいそうになるのを堪えているのである。

五大饂飩って、店の名前じゃん、ダメだ、忘れろ~、忘れろ~。

クソッ、ロブスタス殿下の不貞腐れた顔と相俟って面白味が中々薄まらない、やべぇ。

「ああ、そう言えば、さっきお前が外していた首枷だがな『ランカ島の首枷』ってここでは呼ばれていて、太陽の石を使用した爆弾が詰められているらしい。どれくらいの規模の爆発を引き起こすのか分からないけどな、あれにも石が使われていたんだ」

「ソゴゥ殿、先ほど回収されていた首枷を見せてくれるか?」

「ロブスタスさんも、私に『殿』は不要です、呼び捨てでお願いします」

「そうかなら、ソゴゥも私を呼び捨ててくれて構わない」

「えっと、それは目上の方ということで、さん付けで勘弁してほしいのですが」

「断る。イセトゥアンも、ソゴゥも私をロブスタスと呼ぶように、ヨル殿、いや、ヨルもだぞ、よいな?」

ソゴゥはイセトゥアンと顔を見合わせ、ロブスタスに向き直って「分かりました、ではそうしましょう」と応えた。

ソゴゥは、リュックから首枷の一つを取り出す。

ロブスタスはそれを手に取り、しげしげと眺めてからソゴゥに戻した。

「枷の中に含まれた太陽の石の量なら、人の首を吹き飛ばすまでの威力はないようだ。だが、爆発すれば、顔や首に大やけどを負い、酷ければ命を落とすこともあるだろう」

「見ただけで、そんなことが分かるんですか?」

ソゴゥが尋ねると、ロブスタスは王族の特徴的な優雅な肯定の仕草を見せる。

「分かるようになったのだ。物の真価を見抜く特殊能力を得た」

「特殊能力を取得されたのですか?」

「そうだ。今回、太陽の石の価値を解らずに預かった失態を、今後繰り返さぬよう、真価を探る魔術を調査していたところ、身に特殊な魔術が宿る体験をした。恥ずかしい話、これまで、私はイセトゥアンやソゴゥの様な特殊魔法が使えなかったのだ。知っての通り、父である王には先見と憑依の特殊魔法があり、母と妹は自分にのある者を見抜く能力。母に至っては、この害意の把握から、害意の排除、好意への転換にまで能力を昇華させている」

「努力によって、容易ではない特殊魔法を取得されたこと、素晴らしいと思います」

ソゴゥの真っ直ぐな言葉に、舞い上がるほどの歓喜を覚えたロブスタスは、顔に出さないようにするのがやっとだった。

ソゴゥはソゴゥで、ロブスタスを見ると何度でもぶり返してくる笑いに、今日はもうきっと寝るまで駄目だと諦めた。

やがて、それぞれに頼んだ料理が運ばれて、木のヘラで突いたり、掬ったりして料理を口に運んで饂飩を味わった。

ロブスタスの料理には、木くずのようなラクリッツというスパイス抜きになっており、消化しにくくお腹を壊しやすいというだけで、味は問題のない肉を咀嚼しながら、ランカ島の首枷についての話に戻す。

「首枷の爆弾を無効化するのに、中の太陽の石を劣化させるため、かなり単価の高い鉱石を用いて、照射処理を繰り返し施すことで、爆発しないまでに劣化させてから、切り落として外しているそうだ。その鉱石の費用だけで、特に手数料もなくランカ島からの避難民の首枷を大学施設で外しているそうだ」

「太陽の石を劣化させることが出来るなら、イグドラムに持ち込まれたあの大きな太陽の石の結晶も、爆弾の材料にならないよう無効化できますね」

「大きさに比例して、劣化速度が減少するようだから、かなりの長い年月と、大量の劣化反応を引き起こす鉱物が必要となるだろうな。だが、あの石は魔族に盗まれてしまった」

イセトゥアンとソゴゥは、もちもちの饂飩を噛みながら、盗まれたのは石に擬態した蛾の魔獣で、本物の石はイグドラシルにあるという真実を伝えずにいることを申し訳なく思った。

リンドレイアナ姫を取り戻すことが出来たなら、ロブスタス王子にも話す予定であった。

老竜人がお茶のお代わりをコップに注いでくれながら、竜人は饂飩の喉越しを楽しむため、咀嚼せずに、喉につるりと流し込むのだと教えてくれた。

ただ、エルフの喉だと、噛まずに飲み込むと途中で詰まらせて窒息する恐れがあるため、ソゴゥ達は、歯ごたえを楽しむことにした。

食事を終えると、ソゴゥは水色の水晶を取り出してお会計を済ませて店を出た。

相手側には、水晶の残高が見えないようになっているため、ソゴゥが気軽に出した水晶が実は一億の有価証券だとは分からない。

「さて、今夜の宿を決めてから、爆弾の処理に向かおうと思うけど、どうかな?」

「ああ、宿は日の高いうちにとっておいた方が安心だな。野宿となった際の危険が、予測が付かない」とイセトゥアンがソゴゥに同意する。

「妹が心配ではあるが、今は出来ることがない。ここは切り替えて、作戦を成功させるためにも、充分に体力を温存しておかねばならないだろう」

ロブスタスも概ね同意のようだ。

「さっきの冒険者施設で、宿泊施設の場所と施設紹介の記載されたマップを貰って来たんだよ、何処がいいか決めよう!」

「実は、我は気になっているところがある」

ヨルが珍しく意見を言い、マップの一か所を指す。その場所は、この五大学島からさらに西にある、東域温泉群島の「一の島」で、一の島は風光明媚で、山々と滝と湖のある自然豊かな大きな浮島だった。

「一の島アジュール温泉郷。絶叫フワトロ大浴場が、老若男女問わず大人気の宿」と、ヨルが指したマップの温泉施設をソゴゥが読み上げる。

「絶叫フワトロ大浴場?」

「温泉と絶叫が結びつかないんだが?」

ソゴゥとイセトゥアンが首を傾げる。

「それを言うなら、浮島群に温泉も結びつかない。そもそも、浮島に火山や、地下からの湧水が存在するのだろうか?」とロブスタス。

「地熱や地下水の温泉ではないのかもしれません、ここは是非行って確かめてこないと!」

ソゴゥは、自身の声が興奮で高くなっていることにも気づかずに言う。

ヨルはソゴゥが最も好きそうな宿だと思い、ここを選んだのだ。

案の定ソゴゥはご機嫌マックスで、謎のステップを踏みながら歩きだし、飛行竜を預けている場所へと向かった。飛行竜を回収すると、四人はアジュール温泉郷を目指して一の島に向かったのだった。


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