表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/18

『花は散り その色となく ながむれば むなしき空に 春雨ぞ降る』

※この作品はフィクションであり、登場する教科や人物はすべて架空です。

 政治的意思もございません。ギャグ・コメディ作品としてお楽しみください。



 あれは確か、桜の木の下にぼうと立っていた時の事でした。待つ人も居りません。失恋したわけでもございません。ただただ、誘われるように、一本桜の下に入り、空を埋め尽くす薄紅を見上げていたのです。







『文学国語』







 舞い散る桜の花弁が指先に触れた時、まるで小さな電流が流れたかのように思いました。

 それが私が「文学国語」になった瞬間です。

 まるで、自分が、前から、文学国語という教科の存在であることが当たり前だったかのようにも思えました。それほど自然に私は自分が、もう人間とは違う存在なのだと実感したのです。


 私は元からその場所を知っていたかのように、アカデミア学園へ向かいました。そこで出会った人々も、人間の様に見えて、実は、教科になった存在でした。


 私たちは、命じられなくても、私たちが、学びを教える存在であることを自覚していました。だから、私も、前からいらっしゃった教科たち同様に、文学国語の教師として、世界中から集まった生徒たちの前で、必死に授業をしていました。


 しかし、所詮、19の学もない小娘には、教師という器はあまりに不似合いでした。自分の担当教科である文学国語でさえも、危ういぐらいです。私の時代には、女はまだ大学にはいけないですし、そう裕福でもなかったため、女学校もろくにいけていません。そういえば、ある女性の方が、女性教育のための塾を立てたそうですが、私にはそこにいくお金もなにもありませんでした。


 私がした学びと言えば、五歳離れた兄が残してくれた教本や小説本を、読み漁ったぐらいです。文学は好きですし、なにより新しい知識はこの上ない甘い蜜の様に感じられましたので、もし「勉強が好き」ということで、教科になる人間が選ばれるとしたら、私は納得がいきますが、しかし、「勉強を教える」となると、私には点で向いていませんでした。


 しかし、如何せん、私はまじめでありましたし(自分で言うのも恥ずかしいのですが)、「文学国語」という教科はしっかり者が多いという印象が、私の教科としての性格にも影響を与えたので、私は、自分ができる最大限を提供しようと、必死で文学国語を突き詰めました。


 文学国語という教科は、基本、「自動辞書」という能力がありましたので、かつては読めなかった漢字も語彙も、すらすらと読めるようになっていました。私は暇があると図書館にこもり、古今東西の書物を時間の許す限り読み漁りました。その幸せと言ったら!ああ、読むことに幸せを感じることができるからこそ、私は教科に選ばれたのだ、と思うことさえありました。


 そうなると、論理的な数学さんは苦手に思いましたし、突っかかるほどじゃないですが、避けるようになりました。数学さんは静かで真面目ないい方だったのですが、かつての私には、物語を求めない姿勢(そのように見えましたので)はとにかく恐ろしく思われました。あの冷ややかな目で見られた時には体の隅々、心の奥底まで見透かされてしまうようで、身もすくむ思いでした。


 その目から避けるように、私は必死で仕事をしました。だれにも負けないように、皆と同じ場所に立てるように。やがて、私は「説得」という発展能力を手に入れました。言葉で人を説得し、いうことをきかせるという能力です。今思えば、なぜこの能力を手に入れたことを、私は喜んでしまったのかと不思議でなりません。相手の意見も尊重せずに言うことを聞かせるなんて、国語として正しい姿でしょうか、いえ、そうではありません。あの頃の私は、とにかく、誰かと同じラインに立てるような能力を手に入れることに必死で教科としての本質を見落としていたのです。


 アカデミア学園での生活は非常に楽しいものですが、やはり故郷が恋しくなるようで、学園に休暇を申し出て、私は、一度、生まれ故郷に帰ることにしました。


 外の世界とアカデミア学園の中で流れる時間は違っているようで、アカデミア学園での三年が、外の世界での一年といった具合らしいのです。私は、長く居なかったにしては、出る前とさほど変わらない街を見てそれに気が付きました。そして、やはり私には教科という違う時間軸にいきるしかないと思い悩んでおりました。私にはもう人間と同じ時間は流れていないのです。不老不死の体を手に入れ、他人よりも多く年を過ごしているのです。そのことが、たまらなく切なく思われました。

 

 だから、私が、文学国語になった日の、あの桜の木の下、もう花も落とした木の下で、私は木を恨むかのようににらみ、立っていました。なぜ自分にこの運命を引き寄せたのか、それをただそこに居合わせただけの桜の木に八つ当たりしていたのです。


「どうした。辛気臭い顔だな」


とつぜん声を掛けられ、私が驚いたのは言うまでもないでしょう。振り返ると、大学生ぐらいでしょうか、すらっとした顔立ちの青年が私の顔を覗き込んでいました。


「失恋でもしたのか?」


青年は問いました。


「失恋なんかしなくってよ」

「じゃあどうしたんだ。桜には似合わない顔じゃあないか」

「桜は咲いていませんよ」

「咲いてなくても桜は桜だ」


私は彼の唇の上のほくろが、彼がしゃべるたびに、小さく動くのをただ無意識に見ていました。


「ねえ、あなた、暇かしら?お茶でもしない?」

「いいね」


私らしくない行動でした。見ず知らずの男をお茶に誘うなんて!ふしだらなとは思いますが、当時の私は、もう散った桜が残したかすかな春の魔法にかかっていたのでしょう。

 

 話を聞くと、彼は大学三年生で、文学部にいることがわかりました。私は驚いて「エリートさんね」というと、青年は「やめてくれよ。どこいってもみんなそれなんだ」と鬱陶しそうにコーヒーをあおりました。

 私が私のことを話さなくても、彼は一向にかまわないようで、二人でたわいもない話、本の話や映画の話、政治家の話、税金の話などをして、ただただコーヒーをあおっていました。


 街灯が次々にともり始めるころ、私たちはようやく店を出て夜道を歩きました。彼は私を私が止まっていた下宿へと送り届け、そのまま去ろうとしました。私はその袖をつかみました。


「次は一年後にここに来るの」

と私が言うと、

「桜の木の下かい?」

と彼は微笑み、闇に消えていきました。


 それから私は三年に一度、つまり外の世界では一年に一度、必ずアカデミア学園で休暇を取り、彼との約束の桜の木の下へと向かいました。仕事も安定してきて、自分に非常に自信を持てていました。

 彼は会うたび会うたびに、少しずつ大人を深めていきました。彼は年を取っていました。しかし、すらっとした顔立ちや唇の上のほくろは変わらず、彼はいつも私とコーヒーをあおりました。彼は、どこかの商社に勤めているようでした。仕事は大変かと聞くと、彼はそうでもないと、まるでなんでもないことのように答えました。


「どうせ、すぐにやめるんだ、今は大変でも大変じゃなくなる」

「え?どうしてやめるの?」

「戦争が始まるからだよ」

「戦争が始まるの?」

「君は本当に世間知らずだね。同じ世界に生きているのかい?」

「からかうのはやめて」

「僕はその戦争に参加しようと思うんだ。壮兵としてね」


私は思わず息をのみました。戦争があるということももちろんそうですが、彼がまさか兵隊さんに入るとは考えもしませんでした。


「どうして?」

「どうせみんな徴兵されるんだ、そのなかで壮兵は優遇されるだろ?」


確かに彼も言う通りでした。しかし、私は言葉も出ず、そこからは、彼がただ一人話すだけで、私は適当に相槌を打ちながら、カップの中に残ったコーヒーの泡を見つめていました。


 その後、アカデミア学園に帰っても、私の気持ちは晴れぬばかりか、悪くさえなりました。私がここにいる間に彼が兵隊になり、戦地に行き、死んでしまったらどうしよう。私はなにをこころの頼りに生きていけばいいのだろう。

 思えば私は、彼に恋をしていたのです。

 見ず知らずに私に、今でもよく素性のわからないような女に、こんなに毎年毎年付き合ってくれるなんて。その感動でいっぱいだったのです。

 しかし、恋しい人は死にに行ってしまう!私は胸が張り裂けそうでした。本当に彼は行ってしまうのかしら、私を驚かせるための冗談じゃあないかしら。

 いくらかんがえようとも、彼が兵に出願するといった事実は変わりませんでした。

 私はとにかく悶々と学園での三年間を過ごしました。早く彼に逢いたいようで、逢いたくないような気もありました。そんな私を見かねて、数学さんも声をかけてくれましたが、私は思わず邪険に扱ってしまいました。教科としての特性もありましょうが、とにかく私には余裕がありませんでした。


 三回春が過ぎ、私は急いで、桜の木へとむかいました。その下に彼が待っていたことに、まずは胸をなでおろしました。


「よかった。まだ戦地に行ってなかったのね」

「志願もまだ済んでいないんだ。退職に手間取ってしまって」

 

 私はなにも言いませんでした。言いたいことは三年間で考えてきたはずなのに、それがすべて頭から抜け落ちていました。


「本当に、本当に志願するの?」

「するさ。するよ」


彼の顔はさみしそうに見えませんでした。笑っているようにさえ見えました。


「戦場よ!わかっていらっしゃるの?死ぬかもしれないのに」

「それを覚悟で行くんだ。悔いはない」

「命は大切にしなくてはいけなくてよ」

「何も命を大切にしてないわけじゃないだろ」


 今まで学んできたことも、言葉も、私の口から出てきてはくれませんでした。そこにいた私は、ただの、あの頃と同じ19歳の小娘でした。

 

 私は自分が不甲斐なく思われました。文学国語であるくせに、どうして言葉を伝えられないんだ、どうして引き留められないんだ、と自分を責める言葉ばかりがわきあふれてきます。


 何も話さずうつむいてしまった私を見て、彼はため息をつき、「やめだやめ」とつぶやきました。


「本当は君にあったあと、もう志願しに行こうと思っていたんだ。行ってくるよ」


彼は羽織に手を入れて歩き始めました。その背中をみて、私の心臓はきゅっと締め付けられました。痛い、苦しい、あの人がいなければ嫌だ!


「説得」

私の口は静かに能力を発動させていました。彼の背中をぴんとみて、私は彼に能力を放ちました。


「兵に志願しないで」


一瞬の事でした。彼は歩みを止めました。しばらく時間がたって、彼はこちらを向き、「やーめた」と無邪気に言いました。「志願兵なんてやっぱりつまらないや」と言いました。


 私はどれだけうれしかったでしょう!まるで天に飛び上がるような思いでした。しかし、同時に、思いました。私はとんだ罪を犯してしまった、と。教科の力を、私情で用いるとは言語道断です。それは認められません。何より、彼を引き留めるのに私自身の言葉ではなく、能力に頼ってしまったことがこの上なく苦く心の中に広がりました。

 

 ふっと私の中から何かが消えていくように感じました。

 そう、私は、教科ではなくなっていました。私は人間でした。文学国語という教科に値しない人間だとされたのです。教科という重荷でありながらも私を支えてくれた力を失ったことは非常に苦しい事でしたが、それも彼が生きるのなら、と私はすぐさま考えるのをやめました。


 彼はこちらに歩いてきて言いました。

「そういえば、僕、志願しないならやりたいことが一つあったんだ。聞いてくれるかい?」

「いいわよ」

「君の恋人になりたいんだ」


 私たちは、付き合い、そして、一年後に結婚しました。それからは私も一年、また一年と、外見も年を取りました。彼と同じように年を取れるのが、この上なくうれしかった。仕事を辞めた彼は学習塾を開き、私はそこで、少し国語を教えました。

 桜は私たちの横で幾度となく咲き、そして散ってゆきます。四十回は散った頃でしょうか、彼は病に倒れていました。医者は首を振り、もうだめだと私に伝えました。そして、部屋を出ると、私と彼を二人きりにしました。


「そろそろ僕は死ぬんだろう」と彼は言いました。

「ええ」

嘘をつく必要もありませんでした。彼は、ただだまって頷き、淡い色の空を見ていました。


「君、妖術が使えるんだろ」

「え?」

「君は初めて会った時から、満開の桜の様な美しさで散ることを知らなかったから」

「それは‥‥‥」私が教科だからでした。

「でも、僕が志願兵をやめるといった時からだろ?君が妖術を使えなくなったのは」

私はなにも答えないと、彼は一人で話しました。

「君が僕に妖術をかけてあきらめさせたのはわかっていたよ。後から考えたらおかしいからね。でも、君はそれからずっと僕の隣にいてくれたから、」

「‥‥‥だから?」

彼はふっと微笑んで、何にも言いませんでした。

 夕陽が傾き、部屋の中を黄土色に染め上げました。私たちはただずっと、そのまま見つめ合っていました。

 時は有限のようで、無限でした。カラスのなく声でさえ、静かに響いておりました。人々のざわめきもまるで聞こえませんでした。胸の内には、目の前の人しかありませんでした。過去も、未来も、今さえも、すべてをなくして、ただ、この人しかありませんでした。私は一種の宇宙空間に放り出されたような気持ちで、彼を見ていました。


 彼は突然、私の名を呼びました。鈴のような音でした。

「なあ。僕は幸せだよ。とても、幸せだよ」


「私も」

幸せです、と言いかけましたが、その時にはもう、彼の口から最後の息がこぼれた後でした。


 私は涙の止まるのを知りませんでした。彼は全てを知っていた。知ったうえで私を許してくれたのだ。


 

 彼の遺言の通り、彼の灰は、桜の木の根元にまかれることになりました。一人、桜の木の下にたった私は、彼の灰が入った壺をそっと開けました。桜は咲いていませんでした。葉もすっかり落ちて、空がよく見えました。

 私はゆっくりと彼を桜の根元に寝かせました。


 その時、ぽつりと雨が降りました。見上げると、細い、細い雨が銀の糸の様に空から降ってきていました。桜は散っていたので、枝の間からよく、雨が見えました。





「古典」





 指先に雨が触れ、私はまた、微々たる電流を感じました。私は、「古典」という教科になったのだ。


 私は思わず涙を流しました。もう一度償えということでしょうか。学問を果たすまで、終わらない生をいくのか。

 この涙は悲しみや苦しみの涙ではありません。私は、うれしかったのです。まるで彼が許してくれた証のような気がして。あの時は、私一人でしたが、今は彼がいる。私は教科としてやっていけると強く思いました。









 今年も桜が咲き、また散りました。


「古典さん?」


 仕事に失敗したと落ち込んでいた文学国語さんが、首をかしげて私の顔を見ました。


「どうしました?」

「いいえ。なんにも」


木の隙間からすんだ青空がよく見えました。


「桜に辛気臭い顔は似合いませんよ。

 大丈夫。あなたはきっと文学国語として頑張れる」


   花は散り その色となく ながむれば むなしき空に 春雨ぞ降る 


 と詠むと、文学国語さんは「春雨はいつか虹が出るから空しくないですよ」と笑い、立ち上がりました。



 

「花は散りその色となくながむればむなしき空に春雨ぞふる」 

 式子内親王 新古今和歌集 149

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ