第8商 "損をする者は魔法使いの挙動に賭ける"
(オフィスのデスク、兼成はパソコンを開いて作業をしている、隣には数冊の本と紙の資料が置いてある、周りの方はすでに帰っていて誰もいない、女性の上司が隣で腕を組みながら話している)
「地極野 沙樹、アセットマネジメント社員、上司」
沙樹『常盤さん FRBの0.5%の利下げ どう思う!?』
兼成『まあ… 通常なら0.25%ずつが基本だと… いきなり0.5%は違和感が…』
沙樹『そうよね… 何かあった時のために利下げ余地を残しておくのがセオリー… じゃあなぜ0.5%も下げた?』
(兼成は資料を見ている、沙樹も資料を見ている)
沙樹『ねえ コアPCE…本当に2.0%まで落ちるのかしら? 平均時給の伸び率はまだ高いしインフレは完全には収まったとは言えない… 失業率は3カ月連続で改善…労働人口・就業者数も増えてる』
兼成『……それなら 確かに不自然ですよね』
沙樹『考えられる理由は3つかなあ』
(沙樹が指で1を示す)
沙樹『❶大統領選挙…大統領選挙前に利下げするな 現大統領に花を持たせろって声… 議長が大統領への恩を返した可能性もある』
兼成『政治的な要因……ですか』
(沙樹が指で2を示す)
沙樹『❷連邦政府債務残高の悪化…利払い負担が増える前に借り換えのタイミングを図った可能性もある』
兼成『政府の財政状況を考えれば 確かにあり得ますね……』
(沙樹が指で3を示す)
沙樹『❸FFレートと翌日物レポ金利の推移… 基本的にFFレートを下回っていた翌日物レポ金利が 最近は逆に上回り始めてる これを信用収縮の兆候としてみている可能性』
兼成『もし信用収縮が起きたら……マーケットは混乱しますね……』
沙樹『まあ 何が起きてもお客様へ利益を提供できるように準備しておこうか 歴史も政治もカネで決まる 地獄の沙汰もカネ次第ってやつね』
兼成『はい』
(沙樹が行こうとして、何かを思い出して戻ってくる)
沙樹『そういえば 木曜の飲み会 来る?』
兼成『もちろん行きますよ!! 飲み会は大事ですから!!』
沙樹『常盤さんはいつも来るから誘いやすいわ 最近は来ない人も多いから』
兼成『僕は行きますよ!! 飲み会は仕事でのコミュニケーションを円滑にするためのものですから…!! もちろん行かなくても評価は変わらないかもしれませんが…仕事が来なくなる可能性はあります』
沙樹『まあね』
兼成『仕事を頼む際… 同じレベル・同じ条件であれば 日頃からコミュニケーションを取っている方が頼みやすいですから…どうしてもそうなりますよ… コミュニケーションコストが低い方に頼むのが自然です』
沙樹『まあ 確かにそうね 同じ成果を出しているならどっちともう一度仕事をしたいかって考えたら…やっぱりコミュニケーション取ってる方が頼みやすいかしら』
兼成『「仕事の成果で到断して下さい 結局立回り上手い人しか出世しないんですか?」 って言う方は自分の成果が周りと同じ事に気づいてない方が多い印象です… 転生もののアニメみたいに 急にモブキャラが成り上がるなんてことはないですよ』
沙樹『アニメの見すぎ でもそれは一理あるわね』
兼成『はい だからランチや飲み会は大事なんですよ… 単に情報交換するだけでなく 周りの方とギブ&テイクの関係を築いて…情報をシェアしてもらったり 助けてもらったりする場でもあります』
沙樹『確かに複数社が関わるプロジェクトだと 負担のないようにランチが誘いやすいからね』
兼成『その通りです ランチを「不要」だと切り捨てるのはもったいないですよ 提案する側だってただ誘いたいわけじゃなくて 「仕事のやりやすさ」を作ろうとしているだけです… それに応じるのが面倒だって思う人がいるのも理解できますが その方が「知らなかった」って言うのはそりゃそうでしょって思います』
沙樹『最近思うんだけど… AI全盛期のこれからはヨイショや飲み会が大事かなって』
兼成『僕もそう思います AIがどんどん進化して仕事の効率化が進む中で… 結局人が人にやってもらうことに意味を見出さなきゃいけない気がします』
沙樹『まあ AIは仕事を効率化するけど…結局は人と人との関わりが物を言う世界になるって感じかもしれないわね』
兼成『それで言うと 挨拶はまさに相手の承認欲求を満たすツールなんですよ… 人は挨拶されただけで認められたと感じるものですから』
沙樹『確かに挨拶がないと不安になるもんな』
兼成『挨拶しないことが悪いわけじゃないですが… 人を認める・承認する余裕がない人が…人から認められるってことはないと思います… 結局 無駄だと思うコミュニケーションを取ることが仕事を円滑にするための一歩です』
沙樹『そうそう これは私からできるアドバイスだけど…』
沙樹『飲み会の翌日はどんだけ疲れてても…誰よりも早く出勤するのが大事 部課長より早く来るだけで評価が上がるわよ』
兼成『どんなに効率が悪くても…居れば評価されるってことですね』
沙樹『その通り うちの会社はそんな感じで”その場に居るポイント”が加算されるシミュレーションゲームみたいなもんだから』
兼成『地極野さんはゲームのしすぎですよ でもそれも一理あると思います』
(兼成の部屋、スーツを脱ぎ、椅子に座り込む)
兼成(…経済指標か…学び直そう)
(兼成は財布から100円を取り出して賽銭箱に入れる、その音が、夜の静けさの中で響く)
(深呼吸をして、目を閉じ、祈りを捧げる)
(その瞬間、目の前に光が閃き、ウェルの姿が現れる、エルフの優雅な姿が、あっという間に部屋の中に浮かび上がる)
(ウェルが胸に手を当ててお辞儀をしている)
ウェル(笑みを浮かべて)『常盤兼成様 ご利用ありがとうございます』
兼成『ウェルさん 経済指標について聞きたいです』
ウェル『まず経済指標は政府がどう動きたいかを示す口実にすぎない… 事前予想とどれだけ違っていたか そこに価値があるものだよ』
兼成『たしかに 予想と違う動きをすると市場が大きく動きますよね』
ウェル『実際 その時の通貨の動きを実線で 単回帰線を点線で示してやると異常値が見つかる… マーケットの本質はその異常値を認識することにある わかるかね?』
(ウェルが歩き始める)
ウェル『まずインフレ関連指標から考えよう』
ウェル『まずはCurrent Employment Statistics…雇用状況を示す指標 いわゆるCESだ』
兼成『雇用統計ですね』
ウェル『そうだ アメリカ経済はCESに始まりPCEに終わるのだよ… わかるかね?』
兼成『なんとなく…』
ウェル『CESは3つに分けてみていく まずは❶Unemployment rate』
兼成『失業率ですね』
ウェル『これは景気循環を見るのに使う指標なのだよ 最低水準から2.2%以上上昇すれば…景気後退の可能性が高くなる』
(兼成はパソコンでメモをとる)
ウェル『❷Nonfarm payroll』
兼成『非農業部門雇用者数ですね』
ウェル『これは景気後退に入るタイミングを見るための指標だが 実際には単月の数字だけでは判断できん… 前月比・前年比マイナスなら要警戒だ』
兼成『実質GDPと連動するんですよね?』
ウェル『その通り… だがアメリカの企業はすぐクビが切れるからな… 過去には93,000人の減少でダマシだったこともある… マーケットは一筋縄ではいかんのだよ』
兼成『難しいですね』
ウェル『❸Average hourly earnings』
兼成『平均時給ですね』
ウェル『これはインフレ率を見るための指標だ PCEコアデフレーターと見ていく 基本は賃金≧物価』
ウェル『次はConsumer Price Index…消費するモノ・サービスの価格変動を示す指標 いわゆるCPIだ』
兼成『消費者物価指数ですね』
ウェル『これはインフレかどうかを見るため指標だ 最近ではCPI とコモディティの相関は無くなってきている 原油とモノが中心ではなくサービスが中心になってきたという事かもしれん』
兼成『コアCPIとは…』
ウェル『コアCPIとは…全ての商品から生鮮食品を除いて計算されたCPIのこと』
(ウェルが歩いている)
ウェル『最後にPersonal Consumption Expenditures Index…食品とエネルギーを除いて消費するモノ・サービスの価格変動を示す指標 いわゆるPCEだ』
兼成『個人消費支出価格指数ですね』
ウェル『これもインフレかどうかを見る』
兼成『コアPCEとは…』
ウェル『コアPCEとは…全ての商品から価格変動が激しい食品とエネルギーを除いて計算されたPCEのこと』
(ウェルが反転する)
ウェル『次は消費関連指標を考えよう 消費については前の話と繋げろ サクサク行くぞ』
ウェル『まずはConsumer Confidence Indexs…消費者のマインドを示す指標 いわゆるCCIだ』
兼成『消費者信頼感指数ですね』
ウェル『次にRetail Sales…個人消費の動向を見る指標 インフレがずっと続いて数値が変わらなそうならこちらを見る』
兼成『小売売上高ですね』
ウェル『最後はBuilding Permits…住宅着工件数の予測だ』
兼成『住宅建設許可件数ですね』
(ウェルが反転する)
ウェル『次は生産関連指標を考えよう』
(兼成はパソコンでメモをとる)
ウェル『まずはISM manufacturing PMI…製造業の景気観を示す指標』
兼成『ISM製造業景況指数ですね』
ウェル『これは経済サイクルを見るためのものだ 50より上だと景気が良い・50より下だと景気が悪いと感じている 最近ではサービスが中心になってきたのかもしれんが まだまだヒントにはなる』
(兼成がウェルを見ている)
ウェル『次はPurchasing manager Index…生産・売上・受注・雇用・在庫などから企業の景況感を示す指標 いわゆるPMIだ』
兼成『購買担当者指数ですね』
ウェル『最後にGross Domestic Product…国の経済活動を示す指標 いわゆるGDPだ』
兼成『国内総生産ですね この間話していただいた』
(ウェルが反転して止まる)
ウェル『ああ 次は財政関連指標』
ウェル『これは1つだけ Budget Balance…国内予算の歳入と歳出を示す指標』
兼成『財政収支ですね』
ウェル『これは景気の下支えはどうかを見るものだ』
(ウェルが歩き出す)
ウェル『最後に貿易関連指標』
ウェル『Balance of payments…一定期間内の対外経済取引を示す指標』
兼成『国際収支統計ですね 財政とセットで双子の赤字が為替のテーマとなる』
ウェル『ああ ちなみに国際収支統計と貿易統計との違いは計上時点… 国際収支統計は所有権移転時…貿易統計は通関時…輸入額・輸出額は貿易統計の方がやや多くなる傾向にある』
兼成『国際収支統計は大きく3つに分かれてるんですよね』
(ウェルが指で1を示す)
ウェル『❶Current Account…モノ・サービスの対外取引を示す指標』
兼成『経常収支ですね』
ウェル『その中で見るのは4つ まずTrade Balance…モノの輸出・輸入を示す指標 関税収入と原油から考える』
兼成『貿易収支ですね』
ウェル『次にServices…サービスの収支を示す指標 貿易を伴わない』
兼成『サービス収支ですね』
ウェル『最後にPrimary income…海外からの利子・配当を示す指標』
兼成『第一次所得収支ですね』
ウェル『まだまだ続くぞ』
(ウェルが指で2を示す)
ウェル『❷Capital account…その他資本の対外取引を示す指標だ』
兼成『資本移転収支ですね』
ウェル『これは1つだけみる International Investment Position…対外経済取引の結果を示す指標 これが為替需給の根幹の動きを示す』
兼成『対外資産負債残高表ですね』
(ウェルが指で3を示す)
ウェル『❸Financial account…金融資産負債の対外取引を示す指標』
兼成『金融収支ですね』
ウェル『その中で見るのは4つ まずDirect investment…自国企業が外国で事業を行うための投資を示す指標 設備整備・M&A・永続的権益を取得するための長期投資などがある』
兼成『直接投資ですね』
ウェル『次にPortfolio investment assets…自国の資本がどのくらい流れていくかを示す指標』
兼成『対外証券投資ですね』
ウェル『次はPortfolio investment liabilities…海外の資本がどのくらい流れてくるかを示す指標 自国がどう世界に映っているかがわかる そして混乱要因にもなる』
兼成『対内証券投資ですね』
ウェル『最後にForeign exchange reserve…政府や中央銀行が保有する外国通貨建て資産を示す指標 為替介入したかどうかを確認するためのものだ』
兼成『外貨準備ですね』
ウェル『以上だ ざっくりこれくらいは覚えておいた方がいい』
兼成『ありがとうございます』
ウェル『経済指標の発表前後で何か取引をするのは控えた方がいい…』
兼成『なるほど』
ウェル『アメリカの経済指標は一旦戻してから 経済指標の内容の方向に行く事多い…そしてアメリカ国債の入札が控えているならそちらもみた方がいい』
兼成『様子を見ろと』
ウェル『狙いを変えろという話だ 魔法使いが戦場で暴れ回っているとする…奴らがどんな魔法をどんな方向へ飛ばすかは予測できんが… 地中に滞留した魔力の吹き溜まり そこで魔法を発動すれば暴発することは予測できる…』
(ウェルがメガネをカチャッとする)
ウェル『損をする者は魔法使いの挙動に賭ける…魔法使いに対抗して勝とうとする
得をする者は魔法使いが魔力の吹き溜まりに向かうまで待ち… 魔法が暴発して魔法使いが苦しむのに賭けて勝とうとする』
兼成『血肉にします』
(ウェルが胸に手を当ててお辞儀をしている)
ウェル『またの100円の賽銭 心よりお待ちしております』
(お賽銭箱が映る、光っている)
兼成『え それってウェルさんの実際の戦いの話ですか?』
ウェル『そうだ まだ人間が富を持つ前の話』