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〜第一章〜存在意義


正午過ぎ、退廃地区のすぐ近くにある商店街は、陽の光が照らし出す活気であふれていた。退廃地区の荒廃とは対照的に、この大通りには兵士たちが巡回し、治安が保たれている。色とりどりの看板は大通りを彩り、ざわめきとともに出店の呼び声が響き渡る。


「いらっしゃい! 見ていってくれ! 他国から取り寄せた貴重な工芸品だよ!奥さんへのお土産にでもどうだい!」


「ここには本物の冒険者用の装備が揃ってる! ちょっと古いが、質は確かだ!」


アクセサリーを売る露店から、異国の工芸品を扱う店、冒険者向けの武具を並べる店まで、雑然とした雰囲気が漂う。

この商店街の一番人気は、安い飲み屋だ。肉が山盛りに盛られ、薄めた麦酒がどんどん運ばれていく

店の中では屈強な男達が朝から晩まで飲み明かし酔いつぶれる者が多いぐらいには人気店のようだった

第7商業区は今日も平和である


しかし、大通りの喧騒に突如として不協和音が混じった。


「おい、待てこらぁ!」


鋭い声が辺りに響く。人々の動きが一瞬止まり、音の発生源に視線が集まる。少年も、振り返りながらその方向を見た。そこには、数人の男たちが走りながら何かを追いかけている光景が広がっていた。


「お前はそっちから囲め!」


声が飛び交うと、群れを成した男たちは瞬く間に目標を取り囲む

それは、痩せ細った白い髪の子供だった

子供は、みすぼらしい一枚の布をまとい、怯えた様子で地面にしゃがみ込んでいた。足元には、傷だらけの果物が三つ転がっている。


「捕まえたぞ! 観念しやがれ!」


男たちは言葉とともに容赦なく暴行を加え始めた。拳が振り下ろされ、靴が子供の腹に突き刺さる。子供は反応する間もなく、ただお腹を抱えて身を縮め、必死に暴行に耐えていた。泣き叫ぶ声は聞こえず、ただ喉の奥から嗚咽が漏れ出す。


「お前らのせいで商売が台無しだ!」

「こいつを二度と表に出られないようにしてやる!」


男たちの目には怒りが宿り、その勢いは止まらない

とある少年はその光景を見て、路地裏から肥料ボックスに捨てられていた果物の欠片をシャクシャクと齧る


(あぁ、まただよ......)


退廃地区が隣にあるこの第7商業区では日常的に見慣れたものだった

お腹をすかせた奴が物を盗み、恨みを買った

ただそれだけの事だ。自業自得だと割り切ってはいる。

だが、自分に似た格好をした10歳にも満たないであろう子供が、殴られながらも他人に取られないよう、必死になって小さな果物に手を伸ばす様子は他人事のようには到底思えなかった


しかし、無力な少年にはどうする事も出来なかった

ふとした時に少年と子供の目が合い、縋るような視線に喉にこびりつくような後味の悪さを感じた

子供の「たすけて」という口の動きが、傍観する少年の心を抉るように責め立てる


人々は無関心だった。退廃地区の住人に手を差し伸べる者などいない。むしろ子供を嘲笑う者さえいる。彼等は退廃地区の住人に人権などないと信じていた。噂では、言葉が通じない、見せしめをしないとまた繰り返すーーそんな偏見がまかり通っていた


退廃地区は多くの移民で構成されている部分もあるとはいえ今では冒険者崩れの者や反社会勢力で構成され、大半は共通語を話すことができる

おそらくあの商人もその噂を信じているのだろう

子どもをある程度痛みつけると髪の毛を引っ張り上げ、退廃地区方面に見せびらかすように持ち上げた

子供は髪が抜ける痛みとこれから行われる事を想像し大声を上げて泣き叫んだ

体が軽く、簡単に持ち上がった後、別の男がまるでサンドバッグのように殴りつけた


「うるせぇなぁ!!!」


鈍い音とともに耳を劈くような子供の叫び声があがる

その声に首筋を嫌な汗が流れた


(ぼくにどうしろっていうんだ。じぶんのせいだろ)


苦い唾を飲み込み、路地裏の奥へと立ち去る少年

しかし、目を逸らしそのまま立ち去ろうとするその背中を子供は許してはくれなかった。いや、藁にも縋る思いだったのだろう

他の人は助けてくれない。なら同じ退廃地区の住人なら助けてくれるかもしれない

そう思ったのかもしれない


「助けて!いかないで!」


子供の声が響き渡ると少年の動きが止まった

少年は助けたいという気持ちと助けられないという不甲斐なさの葛藤に悩まされた

その声に振り向いた少年は自分がとんでもない失態を犯してしまったことを悟った


早いうちに去っておけば助けを求められなかったかもしれない


振り向かなければ自分に言ったものだと分からなかったかもしれない


そのような後悔が頭をよぎるがもう遅かった

血走ったような男の目がこちらに向けられ、一人の男がこちらに向かって走ってくる

我に返り逃げ出したが相手は大人。体格差では足の速さで勝てない上に、ここは路地裏の一本道。逃げ場などなかった

細い腕をつかまれた少年は必死にもがくが、たった片腕の力だけで抑え込まれてしまった


「仲間がいたぞ!!!」

「ち、ちがう!僕はただみていただけだ!!」

「逃げようとしてたじゃねぇか!!やましいことがあるから逃げたんだろうが!!」

「ちがっ....ッ....!!」


男達はこちらの話など聞く気はなかった

仲間だと断定し一人の男が取り押さえている間にもう一人の男が腹を膝で蹴り上げ、胃の内容物がこみ上げる

倒れ込んだ少年はいとも簡単に取り押さえられ、そこからは地獄のようだった

まるでボールを蹴るかのように顔を何度も蹴られ、背中に膝を立てられ、息ができない。暴力は止むことはなく、身体が壊れていく感覚だけが残る


(なぜ僕はここにいるんだろう)


ぼんやりとした意識の中で、少年は自問する。生まれてきた理由も、生きる意味もわからない。絶望の中で、走馬灯のように記憶が蘇る


親が他界し一人ぼっちになったこと。義両親に育てられたこと、貧乏ながらも幸せな家庭であったこと、そして何もかもが消え去った交通事故ーーそこで彼は死んだはずだった

しかしこの地に生まれかわり、親に退廃地区に捨てられここにいること

少年は退廃地区の住人に拾われ集団で生活をしていた

奇しくも前世と似たような生活を送っていた


そして、少年はこの世界に転生してきたことを思い出した。だがその思い出は何の救いにもならなかった

この冷たい世界では、彼にとって生きる意味は見出だせなかったからだ


ご視聴ありがとうございました。投稿頻度が少し遅いのは気にしないでください

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