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「好きだけど、付き合えない」に関する考察 第二報 

作者: 裕野

N3820IQ

『「好きだけど、付き合えない」に関する考察』の続編になります。

どちらから読んでも大丈夫ですが、こちらは後から読むことをおすすめします。

「好きだけど、付き合えない」


これは、主に女遊びを生業とするような男が使う言葉だ。

念のため、僕の名誉のために言っておくが、僕はこの言葉は一度も使ったことはない。



いや、使ったことがないというのは少し語弊がある。

なぜなら、「好きだけど、付き合えない」という状況を経験しているからだ。





あの時は、大学生で、まだ未熟だった。

それに、周りからの評価を気にしすぎていた。




僕は、周りから頭のおかしい奴だと思われることをひどく恐れていた。

大人になると、自分が思っているほど他人は自分に興味がないのだとわかってくる。しかし、学生時代は学校やアルバイト先という小さなコミュニティの中で、自分がどう思われているのかは、重要なことであった。





―――――





高校一年の冬、友達が彼女をつくり、青春を謳歌している中、僕は完全に出遅れていた。

彼女持ちの友達が増えていくと、男同士で集まって遊ぶことは減り、各々が恋人と過ごすようになっていた。

もちろん人並に恋愛願望はあったが、好きでもない人と付き合うことは時間とお金の無駄だ、思っていた。多少の強がりでもあったが、僕は、好きな人と付き合いたい。




高校二年、新しいクラスにも慣れたころ、僕は人生で初めて女子から告白された。

その子は、相沢さんという隣のクラスの子で、その日に初めて名前を知った。

相沢さんは女子の中では背が高くて、美人であったため、顔は覚えていた。

好きです、という表情は、本当に可愛くて、直視できないくらいだった。

僕は、迷うことなく、相沢さんの告白を受け入れた。

こんな可愛い子を振る男は、どこにもいないに決まってる。




相沢さんは、クラスの女子みたいに馬鹿騒ぎしたり、男子を見下したりしない子で、内面も魅力的だった。僕たちは周りに言いふらしたりしないものの、一緒に下校したりしていくうちに、少しずつ学年の公認カップルとなっていった。

僕らの性格的にも、からかわれることも少なかったし、穏やかに過ごすことができた。




いろいろな所に二人で出かけた。学校行事で写真もたくさん撮ったし、テスト期間は一緒に勉強した。

僕らは喧嘩することもなく、将来の話なんかもするようになった。

大学は二人とも実家から通えるところを選び、大学生になったらという話で励まし合いながら、受験勉強に取り組んだ。




しかし、僕は、受験に失敗し、県外の大学へ進学することになった。

相沢さんは遠距離になっても大丈夫、と言ってくれていた。




大学一年は必修科目が多く、思い描いていた大学生活よりも遥かに忙しかった。

慣れない一人暮らしに、疲弊していった。

連休を利用して彼女が遊びに来てくれることが何よりの癒しだった。彼女は実家暮らしのため、僕よりも時間とお金に余裕があり、彼女は毎週末僕の部屋に泊まるようになった。

部屋に彼女の私物が増えていった。世間には、彼女であっても私物を置いてほしくない、と考える男性も少なくないようであるが、僕はむしろ好ましく思っていた。


洗面所に置かれた黄色の歯ブラシと、シンプルなポーチを毎朝眺めては、幸せな気持ちに浸っていた。

彼女の着替えを洗濯すること、週末に何を作ろうかと料理の腕を磨くこと、部屋に彼女の好みの小物が増えること、何一つとして嫌なことはなかった。




交際は順調だと思っていたのは僕だけだった。

その日突然別れを告げられた。

授業が忙しいとか、悠斗くんにはもっといい人がいるとか、お決まりの理由を並べられて、別れることになってしまった。

どうせ大学やバイト先で好きな奴ができたんだろ、あんなに毎週会ってたのに、と言い返したいことが山ほどあったが、それを口に出したところで、彼女はもう戻ってこない。言う気が失せてしまった。


二年付き合っていたのに、たった五分の電話で終わってしまった。


高校の友達の数人に相沢さんと別れたことを報告した。

そのうちの一人とは、飯でも行こう、と会うことになった。

てっきり話を聞いてもらえるものだと思っていたが、呆れられてしまった。

「悠ちゃんって、ずっとあの子のこと苗字呼びだよな。変わってるよなあ。」

「いや、友達に話すときだけ。二人のときは名前で呼んでる。てか悠ちゃんはもう止せって。」

「外で話すときに、『うちの姉貴がさあ』って言う感じ?」

「そんな感じ。」


変わってる。

そう言われたときに、全身の毛穴がぞくっとして、それなのに顔はかっと熱くなった。

悪気がないのはわかっているが、「変わってるよなあ。」という言葉がずっとこびりついてしまった。





別れてからは、しばらく恋愛をする気にもなれず、友達ともあまり遊ばなくなった。

サークルは月に一度ほどしか顔を出していない、趣味と呼べるものもなかった。彼女と別れてからは時間とお金が余るようになった。

このまま、恋人もできずに大学を卒業し、俺はどうしたらいいんだろう。彼女と付き合っていたころは、他の女性と付き合うことなんで考えていなかったからか、新しい恋愛の始め方も分からなくなっていた。


自分の居場所がどこにもない気がした。

せめて、いい企業に就職できたら、という思いもあったが、何のために、誰のために、なぜ、そこがわからない。本格的な就活はまだ先だが、漠然とした不安だけが積もっていく。




バイト先に高校生の女の子が入ることになった。佐々木さんは、高校一年なのにどこか大人びていて、仕事を覚えるのも早かった。背が低く、顔つきは幼いのに、落ち着いた雰囲気があるのはちょっとハスキーな声のせいだろうか。相沢さんとは真逆だ、と思った。

てきぱきとしていて、自分の考えもしっかり言えて、すごいなあと思っていた。


よく話すようになり、佐々木さんの内面に鍵がかかっているような感覚を覚えた。

壁があるようには感じない。でも、大事なものをしまっておくための宝箱のような感じだ。

僕にはこの宝箱を見せてくれることは、ないんだろうと思ったとき、「好きだ。」と思った。



五つも年下の子を好きになった自分に驚いた。それよりも、佐々木さんに好かれていると思ってしまう自分の馬鹿さに嫌気がさした。これはしてはいけない恋だ。

気持ちを自覚しても、暴走することはない。成就しない恋に全力になる必要はないからだ。

成就しないとわかりきっていると、悩むこともなかった。

この気持ちは心の宝箱にしまっておけばいい。




大学三年の三月、就活に向けて、シフトの融通がきくバイトに変えようと思い、現在のバイトを辞めることにした。佐々木さんもバイトは高二までと決めていたらしく、同時期に辞めることになった。



佐々木さんは県外の大学を目指しているため、もう会うことはないだろう。

もう会えないと思うと、名残惜しい。最後に気持ちを伝えるだけなら許されるだろうか。

「最後に二人で、お疲れ様会しようよ。僕奢るし。」



帰宅してから、自分の幼稚な行動に頭を抱えた。年上の男からあんな風に食事に誘われたら気持ち悪いに決まっている。告白はしない方がいいな、と思った。



約束の日、大学から一度家に帰ってシャワーを浴び、早めに家を出た。

バイト先から少し離れた駅で待ち合わせをし、食事に行った。食事中は無難な話題を選び、次に会う約束に繋がらないように気をつけた。食事を済ませ、家まで送ろうとしたが、佐々木さんからコンビニに誘われた。してはいけない恋だと割り切っていたのに、その瞬間何かがガラガラと音を立てて崩れた。


「あの、コンビニ寄っていきませんか。…何か飲みませんか?」

「じゃあ、缶コーヒー一本分、話そうか。」


三月の夜はまだ寒くて、その心細さが恋心を加速させる気がした。常夜灯に照らされた佐々木さんの表情が、やけに悲しい。目が合って、まずい、と思った。




「私、好きなんです。水野さんのこと。」




冷めたミルクティーの缶を持つ手が震えている。僕も好きだと言えたらどんなに良かっただろう。

でも、大人のフリして断るしかなかった。

佐々木さんの気持ちを叶えてあげたくて、少しでも自分の気持ちを伝えたかった。

一度だけ、今夜だけ、両想いになりたい。そう思った。



「秘密にしてくれるなら、思い出だけあげるよ。僕の部屋、来るよね?」



佐々木さんは、一瞬驚き、すぐに覚悟を決めたような表情になった。

僕と同じように、一度だけ両想いになりたいと思ったのかもしれない。



未成年を家に泊めるのは抵抗があったが、夜遅くに帰すよりはいいだろうと考えた。

家にゴムが余っていたが、かなり古そうだ。新しいゴム買っていくかと思い、

「コンビニ寄るけど、何か必要なものある?」と聞いたが、

「ないです!大丈夫です、ありがとうございます…。」と年相応の遠慮と、赤面が愛しかった。



じゃあ、行こうかと手をとった。遠慮がちに緩く繋いだ手は、簡単にほどけてしまいそうだった。



「散らかってるけど、どうぞ。」

「…お邪魔します。」


緊張して表情筋がかたまってしまう気がして、冷蔵庫の缶ビールに手を伸ばした。

冷蔵庫にジュースは入っていなかったので、ペットボトルのお茶を注いで渡した。

ちびちびとお茶を飲む様子がかわいくて、ついからかいたくなったが、やめた。


「ごめんね、急に。本当にいいの?大丈夫?」

「はい。こちらこそ、…変なこと言ってすみませんでした。」

「僕は大丈夫。お風呂入っておいで。」



僕がお風呂から上がると、佐々木さんは居心地が悪そうに座っていて、思わず笑ってしまった。

ここからは、今だけ、両想い。そう思って、距離を詰めて隣に座り、手を握った。

肩を引き寄せ、抱きしめた。このまま時間が止まってしまえばいいのに、と子供じみたことを考えた。

目を合わせ、キスをした。



こんな風に愛情を確かめたのは久しぶりだった。

それなのに、頭の片隅に、悪いことをしているのだという意識がこびりついていた。

やっぱり付き合うことはできない、そう思った。

僕は、頭のおかしい奴だと思われたくないし、未成年と付き合うなんていけないことだ。



次の日の朝、今日が土曜日であることに心底安心した。

身支度を済ませ、カフェで軽い朝食をとり、最寄り駅まで見送った。

またね、はなんだか違う気がして、気をつけね、と見送った。




これで僕の久しぶりの恋は終わった。




―――――





 僕にとって、「好きだけど、付き合えない」はこうだ。




「俺は好きだったけど、付き合うには障壁が大きすぎて、付き合えない」





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