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超真面目ホラー

ブランコ

作者: 七宝

 ゆかりにとって高校は地獄だった。


 夏休み明けに転校した彼女はクラスになかなか馴染めないどころか、ひどいいじめを受けていた。


 それが始まったのは恐らく、彼女が陰で〈おばけ〉と呼ばれているのを知ってからだった。

 陰でコソコソ言っていたいじめっ子達が、彼女に知られたことをきっかけに堂々とやるようになったのだ。


 片親なことを揶揄されたり、机に落書きをされたり、階段から突き落とされたり、ローファーにガムを入れられたり、あらゆるいじめを受けた。


 彼女はそのことを母親に相談出来ずにいた。

 パートを掛け持ちして稼いだ少ない給料でなんとかやりくりしながら彼女と暮らしていた母には、相談を受ける余裕があるようには見えなかったのだ。


 彼女は母親に負担をかけまいと毎朝早起きして2人分の弁当を作っていたが、ある時から自分の分を作るのをやめてしまった。

 昼休みになると雑巾を持ったいじめっ子が笑顔でやってきて、彼女の弁当の上で絞るからだ。

 最初の頃は無理して食べていたものの、やがて身体が拒否するようになり、ついには昼食をとらなくなった。


 彼女はいつも体育を休んでいた。

 体操着をハサミでボロボロに切られたからだ。

 彼女はいつもトイレで泣いていた。

 泣いているところを見られると、面白がられて余計にやられるからだ。


 それでも彼女は学校に行き続けた。

 将来母親に楽をさせてやりたかったのだ。そのためにきちんと授業を受けて、暇さえあれば勉強をしていた。


 ある時、彼女の母親が学校に怒鳴り込む事態となった。

 いつものように掃除の時間にチリトリに集めたゴミを食べさせられていたゆかりの頭を、いじめっ子のうちの1人がほうきの柄で叩いて出血させたのだ。


 この時、いつも見て見ぬふりをしていた担任が初めて積極的に動いた。主犯の生徒に「今後2度といじめはするな」と当たり前の注意をしたのだ。


 それからも担任の見ていないところでいじめは続いた。「チクリやがって」と彼女は責められ、今まで以上にひどいいじめを受けた。


 母のために頑張るとは決めたものの、とうとう彼女にも限界が来た。

 彼女の意思とは関係なく、校門の前で足が止まってしまう。どうしてもそれ以上進めなくなってしまったのだ。


 彼女は学校へ行かず、近くの公園に行くようになった。朝「行ってきます」と家を出て、学校が終わる頃まで時間を潰すのだ。


 ある日、いつものようにブランコに座って砂場で遊んでいる幸せそうな親子を眺めながら「なんで私だけこんなふうなんだろう」と泣いていると、隣のブランコにワンピースを着た同い歳くらいの子が腰を下ろした。


「学校、行かないの?」制服姿の彼女を不思議に思ったのだろう、心配そうに声をかけた。

 彼女がしばらく考えてから「行けないんだ」とだけ言うと、その子もぽつりぽつりと身の上を話し始めた。

 なんでも彼女もひどいいじめを受けているらしく、こうしてたまにサボってぶらぶらしているのだという。


 その子は〈長嶺(ながみね)あかり〉というらしく、名前も境遇も似ているねとすぐに仲良くなった。いじめられっ子同士共感できる部分が多くあったため、毎日会話が弾んでいた。


 しばらく経つと、ゆかりは昔のように明るくなっていた。

「毎日地獄だったけど、あかりちゃんのおかげで元気を取り戻せた気がする」彼女が感謝の言葉を述べると、あかりは不安そうな顔をした。

「⋯⋯学校、行くの?」

「またいじめられちゃうかな」

 あかりの不安そうな顔を見て自信が揺らいだゆかりだったが、それを見たあかりが思い直したような顔をして笑った。

「ううん、ゆかりちゃんなら大丈夫だよ!」

「⋯⋯ありがとう! 頑張る!」


 それから彼女は徐々に学校に顔を出すようになった。キツくなったら抜け出して、あの公園に行けばあかりがブランコで待っていてくれた。いじめを受ける度に、あかりに愚痴をこぼしに行った。


 1ヶ月後には、ほぼ毎日学校に行けるようになっていた。少しずつだがクラスに馴染むことができ、ついに1人友達が出来たのだ。

 久々に公園に行くと、やはりブランコにあかりが座っていた。


「あかりちゃん! 本当にありがとう! あかりちゃんのおかげで勇気が持てたんだ!」


 そう彼女が言っても、あかりは浮かない顔をしていた。


「⋯⋯学校楽しい?」

「うん! いじめは完全になくなったわけじゃないけど、友達も出来たし、本当に感謝してるよ!」

「そっか⋯⋯。ねぇ、ゆかりちゃん⋯⋯」


 あかりは実は自分も同じ高校の、同じ学年の生徒なのだと言った。

 それを聞いたゆかりはとても喜んだ。「じゃあ、明日から一緒に行こうよ!」そう言うと、あかりは「行けない」と言った。


 今度は自分があかりを助ける番だと思ったゆかりは、「大丈夫! 行こう! 明日の朝、ここで待ち合わせね! 絶対ね!」とあかりに言い聞かせ、公園を後にした。


 翌朝、公園にあかりの姿はなかった。

 ギリギリまで待ったゆかりは、肩を落として学校へ向かった。


「そういえばあかりちゃんは何組なんだろう」そう思ったゆかりは同学年の下駄箱を見て回ったが、長嶺あかりという名前は見つからなかった。


 授業が終わったあとにでも友達に聞こうと思っていたが、その友達は部活で忙しそうだったので、ゆかりは職員室に行き学年主任に「長嶺あかりさんは何組ですか」と訊ねた。

 それを聞いた学年主任は不思議そうな顔をした。

「なんでそんなこと聞くんだ?」

「そのクラスであかりさんがいじめられていると聞いたので」

「いじめられている⋯⋯? 聞いたって、誰に?」

「本人です」

「はぁ!?」

「はぁじゃないですよ! 自分の担当の学年なのに!」

「⋯⋯すまん、詳しく聞かせてくれ」


 ゆかりは公園で聞いたことをすべて話した。すると学年主任は頭を抱えてしまった。


「⋯⋯そうか、そういえば君は転校生だったな」

「はい、夏休み明けに来ました」

「落ち着いて聞いて欲しいんだが」

 学年主任はそう前置いて、長嶺あかりがこの春に自殺でこの世を去っていることを告げた。


「またまた、冗談やめてくださいよ! 私たち、かれこれ1ヶ月以上仲良くしてるんですよ?」

「⋯⋯⋯⋯」ゆかりが笑っても、学年主任は暗い表情のままだった。


 帰りに公園に寄ると、ブランコにあかりの姿があった。


「あかりちゃん!」


 ゆかりが泣きながら駆け寄ると、あかりは「どうしたどうした」と彼女の肩をさすりながら優しく言った。


「冷たい手! こんなに冷たい⋯⋯!」手を握りながら号泣するゆかりに、あかりは戸惑っていた。

「どうしたどうした、何があった?」

「あかりちゃん、あかりちゃん! こうして(さわ)れてるのに! ここに、目の前にちゃんといるのに⋯⋯!」

「⋯⋯⋯⋯」

「幽霊⋯⋯なんだよね」絞り出すような声で確認するゆかりに、あかりは照れくさそうに「バレちゃったかぁ」と答えた。


「私を勇気づけるためにここに現れてくれたの?」

「分かんない。でも力になれたみたいで良かったよ」

「あかりちゃんのおかげで友達も出来たし、本当に感謝してる! ありがとう!」

「友達かぁ。私にはゆかりちゃんしかいないなぁ」

「じゃあ今度、友達連れてくるよ! みんなでお話しよ!」

「ねぇ、その友達って⋯⋯あ、」


 突如、あかりの身体がうっすら光り始めた。


「え!? なにこれ! あかりちゃん! あかりちゃん!?」

「ああ、もっと話したかったなぁ⋯⋯」少しずつ透けていくあかり。


「あかりちゃん、やだよ! いなくなっちゃやだよ! 私だってもっと話したいこといっぱいあるもん!」

「もう、泣かないの。泣き虫は卒業しないとだよ?」

「でも⋯⋯!」

「大丈夫大丈夫。それより笑って! 笑顔のほうが絶対かわいいよ!」


 あかりがそう笑いかけると、涙を流しながらもゆかりは笑顔を見せた。それを見たあかりは満足そうな顔をして「バイバイ」とだけ言って消えていった。寂しそうな声だった。


 ゆかりはその場で何時間も泣いた。ゆかりにとってかけがえのない親友だったからだ。初めて自分を肯定してくれた人だった。彼女に励まされたおかげで学校にも行けるようになった。彼女がいなければ、未だに地獄は続いていた。すべての気持ちを涙として流した。


 それからしばらくはショックで何も出来なかった。学校も休みがちになり、家から出られなくなってしまった。


 心配した母が彼女に「たまには外の空気吸ってきたら?」と言ったので、ゆかりは久しぶりに公園に行くことにした。


 公園に着くと、ふと彼女の匂いがした。


 涙がぶわっと溢れた。


 それからゆかりは1人でわんわん泣いた。


「何泣いてんのっ」


 誰かに肩を叩かれた。聞いたことのある声だ。振り返ると、そこにはあかりがいた。


「えっ⋯⋯」

「大丈夫? もしかしてまたいじめられた?」

「ちがうよ! あかりちゃんこの前バイバイって言って消えちゃったから、もう会えないと思って⋯⋯!」

「ごめんごめん、あれくらいの時間になると消えちゃうんだ。もっと喋りたかったっていうのはその日の話ね」

「⋯⋯そっか、あの日私遅かったもんね」

「うん」

「そうだ! この前話してた友達のことなんだけど!」

「そうだったね。そんな話してたね」


 ブランコに腰を下ろしたあかりのテンションが一段階下がったような気がした。


「同じクラスの子なんだけどね」

「ねぇ、ゆかりちゃんって何組なの?」

「3組だよ!」

「⋯⋯そっか」


 暗い顔のあかり。


「そんなに仲良いの? その子と」

「うん! この前もお見舞いに来てくれたし、めちゃくちゃいい子なの! もうあかりちゃんと同じくらい好きかも!」

「⋯⋯そっか。ねぇ、ゆかりちゃん」

「なに?」

「私も3組だったんだ。机余ってたでしょ」

「あ、確かに違和感なかったかも」

「私ね、3組のヤツらにいじめられて自殺したんだ」

「あっ⋯⋯」

「誰も助けてくれなかった。誰1人。もちろん、その子もね」


 あかりはそう言って立ち上がると、ゆかりに向き直った。


「だからゆかりちゃん。その子も敵だよ。いつか裏切るよ、絶対に」

「ひどいよあかりちゃん! そんなこと言うともうここ来ないよ!?」

「えっ⋯⋯」


 じゃあ、殺す。と言った。


「毎日来ないとその子殺すから! 呪い殺すからぁ! 約束だからぁ!」


 そう言ってあかりは消えていった。


 それから10年。

 ゆかりは今でも毎日、仕事帰りに公園に寄っている。



 なんだこの話(´・_・`)

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