二話 パピーと天星ルア
夕焼けに背中を照らされているのはパピーと名乗る顔を隠して活動する歌い手のファンである少年、拓真の背中である。
ライブ帰りの彼はブツブツと呟きながら歩いている。
「いやいやそんなわけ無い。まさか天星ルアがパピーちゃん? そんなまさか。もしそうであったのなら今まで俺は…推しが直ぐそばに居たのに俺は気づかなかったのか? それはファンとしてどうなんだ。いや、まだ確定したわけじゃ無いんだから」
彼はひどく困惑している。
だがそれと同時に少しワクワクしているのだ。
その困惑とワクワクの根源はライブで見た歌い手のパピーの素顔。
彼女の顔はあまりにも拓真のクラスメイト天星ルアに似ている。
まさか同一人物なわけ無いと思いつつも、もし、同一人物だと分かった時の興奮はとてつもない。
家に帰って一度忘れ、翌日何事もなかったかの様に登校することにした。
翌日
何気なく登校した拓真は席に着き授業が始まる。
一時間目が終わり二時間目まで十分ほどの空きが出来た。
するとそこへクラスのマドンナ天星ルアが拓真めがけ行進する。
その姿はまるで軍人の歩み。
力強い・・・・。
「拓真くん? ちょっといい?」
ガッと肩を天星ルアに掴まれ拓真は少しおどろおどろしくなる。
「良いけど…」
答えた瞬間、拓真はすぐに天星ルアに屋上へと連行された。
「で? 天星さん、なんで僕はここへ連れて来られたんですか?」
そう言ったものの、拓真は何となく理由は予想できている。
「拓真くん、昨日私のライブに居たわよね?」
(やっぱりパピーは天星ルアだったー! これ確定じゃん!)
拓真は内心、感情が高まりつつもそれを抑える。
「昨日、俺は確かにパピーのアリーナ公演には居たよ。天星さんも、もしかして居たの?」
「とぼけないで。拓真くん明らかに私の顔を見たよね」
「どうかなー」
拓真はとぼけ続ける。
「お願い。この事は誰にも言わないで!」
頭を下げ天星ルアは頼み込む。
「天星ルアがあの超有名歌い手パピーだって事?」
「そうよ」
「うーん、でもなー。俺にそうして得はあるかな?」
拓真はからかってやろうと不敵な笑みを浮かべて問う。
拓真は本当に何かを望んでいるわけでは無い。
どう言った答えが返って来るのかに、ちょっとした興味が沸いたのだ。
「うーん、じゃあ良いわよ、、」
天星ルアは涙目になり自らの身体を抱きしめる。
「でも私初めてだから、優しくしてね」
何か凄い誤解をさせてしまったと拓真は焦る。
「いや、いや、そんな事を別に望んでいる訳じゃなくて…えーと…」
「フフッ、知ってる。ちょっと、からかってみた。
仕返し。でも確かに何かないとね。無条件の約束ほど信用の無いものは無いものね。じゃあ私と付き合ってよ」
拓真は彼女の言っている事が理解できない。
(『じゃあ』って何?)
「何で付き合うって話になるの?」
拓真の問いに今度は彼女が不敵な笑みを浮かべる。
「だってもし、これで貴方が私と『パピー』が同一人物だって世にバラしたら拓真くんは私のいわゆるガチ恋勢に殺させるでしょ? だから貴方は私の事を暴露するのにリスクがつく。これでトントンじゃない?」
彼女の言っている事に一理ある。
確かに『パピー』のガチ恋勢というのは勿論存在するし、中でも怖い人が多い。
拓真はどこか納得し彼女の提案を受け入れる事にする。
「そうか、じゃあいいよ。それで君が安心するなら。これからよろしく、天星ルアさん」
「ルアでいいよ」
「じゃあよろしくね、ルア」
「こっちこそ。よろしくね、拓真」
甘い声で言われた名前と推しと付き合う事になったこの事実は余りにも甘く美しく魅惑的であった。
だからこそ拓真は状況整理が追いつくまでひとまず次の授業は昼寝する事にした。