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魔物の街 39

「ったくー!急に止まるんじゃねえよ」 

 頭をさすりながら長身を折り曲げてどうにか自分の愛車のスバル360から降りた嵯峨は、運転席から満面の笑みで降りてきた部下アイシャ・クラウゼ少佐に泣きそうな顔をして見せた。

「なら買い換えれば良いじゃないですか。……と言うかこんな古い車、よくナンバーが取れましたね」 

 呆れたようにアイシャは上司の溺愛する軽自動車を見下ろした。骨董品と言うよりもはや産業遺産とでもいえるこの車。安全上の観点から車両検査を通ったことが不思議に思える代物だった。

「なあに、見た目はこうだがレプリカだよ。ボディーは強化チタニウム製。ラビロフのでかい四駆の三倍の値段が付くぞ」 

 そう言って嵯峨は東和陸軍の裏庭に停めた車から裏門へと向かった。

「ここに来ると聞いてから……大体の今回の事件の大枠が見えてきたんですけれどやっぱり東和陸軍のはねっかえりが絡んでましたか」 

 アイシャはそう言いながら立っている二人の歩哨の背の低い方に身分証を渡した。

「保安隊の方ですか……誰とご面会ですか?」 

「決まってるだろ?細野陸幕長だ」 

 そう叫んだ嵯峨を見て長身の歩哨の顔がゆがんだ。しかし、身分証を見ていた兵士が彼に耳打ちするとその顔色は水銀灯の光のせいばかりではなく明らかに青ざめていくのがアイシャには痛快だった。

「しばらくお待ちください」 

「え?一刻を争う事態だぜ。場合によってはこの建物の……」 

「隊長は黙って!居留守は無駄よ。こちらもちゃんと行動を把握してから動いているんだから」 

 アイシャの穏やかな声の調子がさらに二人の兵の恐怖を煽った。

「しばらくお待ちください」 

 長身の兵士がドアを開いて消えていく。その様子を満足げに眺めた後、アイシャは今にも失禁しそうな表情を浮かべている小柄な兵士を見下ろした。

「隊長が動くとねえ。一応、元遼南の皇帝なんだからもう少し自覚してもらわないと」 

 迷惑そうな顔で見つめてくるアイシャに嵯峨は頭をかきながらうつむく。

「一応はねえだろ?まあ王侯貴族なんていうのはなるもんじゃねえぞ。面倒ばっかりだって言うのに感謝もされないどころか自称政敵なんていうのが出来てきて友達が少なくなる。損ばっかりだよなあ、兵隊さん」 

 嵯峨がタバコを手に取ると何を思ったのか歩哨はポケットからライターを取り出した。

「あのー俺も持ってるんだけど」 

 そう言って嵯峨がライターを取り出すと同時に先ほどの長身の兵士が手に通信端末を持って飛び出してきた。

「ほう、直接は嫌なんですか……シャイだねえ」 

 嵯峨はアイシャに肩をすぼめて見せた後、兵士に両手で端末を持たせたまま画像を開いた。

「引き際を間違えると大変だねえ」 

 嵯峨は画面に映る憔悴した細野陸幕長を眺めた。明らかに会議漬けと言う髪は乱れ、口の前に手を組んだまま目だけが画面を見つめていた。

『引き際?私達がいつ君達と対立したのかね?』 

 ようやく開かれた口には明らかに力強さが欠けていた。それを満足げに見つめる上司を見て、アイシャも白髪交じりの指揮官に同情を感じてしまっていた。

「07式の厚生局への導入。あれはやりすぎましたよ。薬物シンジケートの重武装化の問題を司法局抜きで解決しようって言うのはどうもねえ。わざとらしいというか……」 

 そう言いながらタバコをくわえる嵯峨。

『導入を決めたのは厚生局と同盟本部だ。私達は機種選定の資料を提出しただけで何もやましいことは無い』 

 ぼそぼそとつぶやくように話す東和陸軍のトップ。それをあざ笑うような下卑た笑顔で追求しようとする司法機関の幹部である上司の嵯峨。

『やっぱり敵に回したくない人物一位になるわけだわ』 

 そう思いながら間を計る上官をアイシャは見つめた。

 しばらく沈黙した後、嵯峨は肩からかけているコートのポケットから一枚のディスクを取り出して兵士が持つ端末のスロットに差し込んだ。

「じゃあ、コイツを見てからはどうお答えになりますか?ああ、セキュリティー解除のキーワードはHISHIKAWA323ですよ」 

 嵯峨の目に狂気が浮かんでいるように見えたのは気のせいだろうか?そう思いながらアイシャの見ている画面では手元の別画面に目を移してすぐに驚きの表情を浮かべる初老の男の姿があった。

『これは……どこにも出していないだろうね?』 

 急に陸幕長の声が穏やかになったのを見て嵯峨の笑みが顔全体に広がるのをアイシャは見つめている。

「当然!信用第一が保安隊の売りですよ」 

『……やったわね』 

 アイシャは心の中で舌打ちした。そのディスクの中身が先日のベルルカン大陸での独裁者エミール・カント将軍波政府の壊滅作戦の時に入手した情報が入っていることは推測が付いた。アイシャも保安隊の幹部である以上、一隊員扱いのカウラや要、新人の誠などよりは重要な機密事項に触れる機会は多かった。

 同盟加盟国の中での離脱運動を支持する政治家、軍人、官僚、ジャーナリスト。彼等の活動資金としてばら撒かれる非合法取引で得られた莫大な資金の裏づけを目の前の悪党としか表現できない男が握っていることに恐怖を感じるアイシャ。そしてその人物が自分の上官であるということも否定できない事実だと知るとむしろ笑いがこみ上げてくるのを感じていた。

『それでは……大事な話だ。君一人で来てくれ給え』 

 しぶしぶ、不承不承、どんな表現を使えばいいのかとアイシャが悩むほどの諦めを言葉にしたような感じでつぶやいた将軍に同情しながらアイシャは二人の歩哨に目をやった。

 そこには不思議な生き物に遭遇したようなぽかんと口をあけているただの若者がいた。

「案内。頼むよ」 

 嵯峨の一言にようやく気がついた背の低い兵士が扉を開ける。

「残念ながら嵯峨隊長一人でと言うことなので」 

「ああ、車乗って帰っていいよ」 

 裏口のドアから顔を出した嵯峨の姿を呆然と見送りながらアイシャはただ立ち尽くしていた。

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