可憐な勇者の中の人はお下劣アホの子
脳みそを使わずに書きました。頭を空っぽにしてお楽しみください。
私エレナ・カストラートは十七歳の乙女として、たった今この世界に生を受けた。
いや、間違いではない。生まれた時から十七歳だし、もしかすると永遠に十七歳のままかもしれない。
そう、この人。この冴えない薄毛のおじさんがキャラクターシートに私の名前と年齢を書き込んだ瞬間、私という存在が生まれたのだ。だからまだ顔も体も無いし、今までどんな人生を送ってきたのかもわからない。
あら。この人、意外と絵が上手いじゃない。蒼玉色のぱっちりした目も、まっすぐに肩まで伸びた亜麻色の髪も素敵。きゅっと握った拳も、まっすぐに前を見つめる表情も意思が強そうでいい感じ。こんな美少女として生きていけるなんて、もう人生勝ち組確定だわ。
え、ちょっと待って。襟の大きなブラウスとドレス風のトップスの組み合わせはいいとして、何その超ミニスカート。膝上どころか太腿出てるんだけど。んで何それ、え、ビキニアーマー?っていうの?私これで戦わされるの?なんかごっつい剣まで持たされたけど、戦士なの?いや、まだ能力値も決めてないよね。貧弱だったらどうすんの?
ふう・・・・・・もういい?そろそろ能力値決めてくれる?いや、あんたがデザイン優先なのはわかったから。パンツの柄まで描き込まなくていいから。そう、さっさとサイコロ振って。え、ダイスっていうの?わかったから早くして。
≪エレナ・カストラート≫
筋力:8
知力:5
敏捷性:9
生命力:9/9
精神力:9/9
魅力:19
【取得技能】
ファイターLV1、ゴブリン語
【持ち物】
ロングソード、ライトアーマー
これってどうなの。平均値ってどれくらい?え、10?ちょっと待って、軒並み平均以下じゃない。しかも知力5って。私バカなの?アホの子なの?かわりに魅力が高いってことはあれか、おっぱいに脳みそ全部吸い取られたのか。この子戦士よりグラビアアイドルとかの方が向いてるんじゃないの?
『エレナ・カストラート、汝に命じる。魔王を打倒し、世界に平和を取り戻すのだ!』
え、何、魔王とかいる感じ?もう始まっちゃった?つーかあんた誰?何の説明もないんだけど。ゲームマスターからしてテーブルトーク初めて?
『はい。我が祖国のため、妖魔の襲来にあえぐ国民のため、この剣を捧げることを誓います』
あ、そう?あんたは納得しちゃったのね?よくわかんないけどわかった、やってやろうじゃないの。
薄毛で絵の上手いプレイヤーさん、ありがとね。あなたが吹き込んでくれたこの命で、血沸き肉躍る大活劇を見せてあげるわ!
『エレナはゴブリンが棲みついたという廃墟にたどり着いた。この廃墟はもともと十数軒の集落だったが、この三十年ほどは住む者もなく荒れ果てている。廃墟の入口に見張りらしきゴブリンが一匹、暇そうに立っている』
あ、町の描写とかシナリオの導入とかモンスターの説明とか、そういうの一切なし?いや、大きなお世話かもしれないけどさ、そのあたりがしっかり作り込まれてるとプレイヤーさんも燃えると思うんだ。ついでにほら、私にも愛着を持ってもらえるじゃない。
『民を害する邪悪な妖魔め、我が剣を受けてみよ!やああああっ!』
え、ちょっと待って。いきなり斬りかかっちゃうの!?隠れるとか飛び道具で攻撃とか、何かないわけ?知力5の私でもそれくらい考えるよ?ああもう、あんたがやれって言うならやるけど!ええい!
『六面ダイスを二個振って。出目は4?ゴブリンはエレナの剣を受け止めた』
いきなり攻撃したくせに出目まで悪いとか!どうすんのこれ。反撃でクリティカルヒットとか嫌だよ!?
『ごめん、ちょっとトイレ行っていい?』
なんだか変な間が空いて、剣を受け止められた姿勢のままゴブリンさんと目が合った。お互い勝手に動くこともできず困り果ててしまったが、しばらく待っても薄毛のプレイヤーさんが帰って来ない。もしかしてウンコだろうか。同じ姿勢をとるのに疲れてきた私は、とうとう我慢できずに剣を手離して座り込んでしまった。
「あの、パンツ見えてますよ」
「見えるに決まってんでしょ。こんな短いスカートなんだから」
ゴブリンさんが目をそらしたまま話し掛けてきた。私より二回りほど小さくて緑とも茶色ともつかない体はいかにも邪悪に見えるけれど、実際こうして話し始めてしまうとなんだか愛嬌があるようにも見えてくる。
「どうしていきなり斬りかかってきたんです?危ないじゃないですか」
「知らないよ。私だってやりたくなかったんだから」
「勘弁してくださいよ。どうせゴブリンなんてすぐ増えるとか思ってるんでしょ」
「知らないって。実際すぐ増えるんじゃないの?」
「一度にたくさん産まれるのは事実ですけども。育てるのだって大変なんですよ?もうすぐ九番目から十二番目の子供を幼稚園に迎えに行かなきゃ」
「あんた子供何人いるの?」
「全部で十五人です」
「はえ~。ところで相談なんだけどさ」
「何です?」
「次の攻撃でやられたふりしてくんない?あんたも痛いの嫌でしょ?」
「え?いや、そういうわけには・・・・・・」
「こっちファイターLV1でロングソード持ってんだけど。LV0で棍棒のあんたとやったら私が勝つでしょ」
「それはまあ。レベルが一つ違えば命中率も回避率も15%以上違いますからね。装備と能力値も考慮に入れれば私の勝率は10%弱でしょうか」
「あんた知力いくつ?」
「10ですけど」
べちん。私はゴブリンさんの頬を平手でひっぱたいた。
「何するんですか」
「なんとなく。で、やるの?やらないの?十五人の子供を路頭に迷わせてもいいの?」
「いやでも、それは私の存在意義に関わるというか・・・・・・」
「あーもう!あんたが鈍いから薄毛が帰ってきたじゃない。いいわね?」
『悪い悪い。で、どこからだっけ』
『エレナの攻撃はゴブリンに受け止められた。これは奇襲だから次のターン、敏捷性が高いエレナが先に攻撃できる』
『よーし。この聖なる刃に勇気を乗せて邪悪を斬る!出目は10!』
『エレナの攻撃はゴブリンに命中した。では次にダメージ判定の表を見て』
『これかな?もう一度六面ダイスを二個振って・・・・・・』
ゲームマスターと薄毛のプレイヤーさんがルールブックを見ている間に、私はゴブリンさんに目配せした。なんだか不満そうな顔をしているが、嫌なら嫌でこの聖なる刃とやらでぶった斬ってやるまでだ。
『ダメージ判定表の4ポイントにファイターLVの1と筋力ボーナスの2を足して、ダメージは7ポイントだ』
『それからゴブリンのダメージ減少値2を引いて、最終ダメージは5ポイントだね』
「ええい、くらえー」
「うわーやられたー」
適当に長剣を振り下ろした姿勢のまま、私はちらりとゲームマスターさんを見た。まともに戦えば彼らがダイスを振った通りの結果になり、おそらくゴブリンさんは重傷を負うものの生き残ったはずだ。
『エレナの攻撃を受けてゴブリンは倒れた』
計画通り。私は白皙の美少女らしからぬ邪悪な笑みを浮かべてしまった。地面で倒れたふりをするゴブリンさんがこの後どうなるのか、幼稚園のお迎えに間に合うかまでは知らないが、とりあえず上手くいったようだ。
『廃墟の片隅に宝箱がある。開けますか?』
いや何故だ。どうしてゴブリンが棲みついた古い集落に宝箱があるんだ。全力で突っ込んでやりたいところだが、あくまでプレイヤーに使われるキャラクターという立場がそれを許さない。
『はい』
いや何故だ!どうしてこんな怪しげな宝箱を開けようとするのか。良くてゴブリンが集めたガラクタが入っているか、悪くすれば毒針などの罠が仕掛けられていてもおかしくない。もしかしてあれか、某国民的RPGみたいなノリか。民家のタンスとか勝手に開けちゃう感じか。
『エレナは宝箱を調べた。六面ダイスを二個振って』
『出目は6』
『宝箱は突然爆発した。ダメージは6ポイント、ダメージ減少判定に成功すればその分を減らせるよ』
『出目は・・・・・あ、1ゾロだ』
『1ゾロは大失敗扱いだから、そのまま生命力が6ポイント減少する』
うおおおい!いきなり残り3ポイントだよ!やめろって言ったろ私!宝箱爆発して真っ黒焦げとか、美少女勇者のやる事じゃないだろ!
『爆発音を聞いて廃墟の中のゴブリン達が集まってきた。エレナを侵入者と認めて襲いかかってくる』
『私は妖魔なんかに負けない!この身が朽ち果てても必ず魔王を倒してみせる!』
いや待てお前ら!あんた達はダイス振ってればいいかもしれないけど、痛いのも死ぬのも私だから!こんなの無理ゲーでしょ、最初のシナリオで唯一のプレイヤーキャラクターが死んじゃっていいの?早く何とかしなさいよ、ほらあんた。苦笑いしてるゲームマスター。
『エレナの後ろから若い女性の声がした。「ゴブリンと戦っているのですか?お助けしましょう」』
『ありがとうございます!私はエレナです、あなたは?』
『私はフラウ、旅の魔術師です』
あら可愛い。おかっぱ頭に春色のローブを着た小さな魔術師さん。こんな絵をちゃちゃっと描いちゃうなんて、なかなかやるわね。魔術師というより魔法少女っぽいのがアレだけど。
さて、ずいぶんと都合良く現れたNPCと悠長に自己紹介をかましてしまったが、その間ゴブリンの皆さんもおとなしく待っていてくれたので助かった。
よし、あとは狭い場所に誘導して一対一の状況を作り出し、防御に徹している間にこの子の火力で一掃だ。この子がゴブリンに襲われている間に逃げようという案も無くはないが、さすがにそれは鬼畜というものだ。
『よーし!フラウちゃん、前衛は任せて!』
おい私!お前の残りHPは3だ、下手すると二階から飛び降りて死ねるくらいだぞ!狭い場所に誘導とか防御姿勢とかいう発想はないんかい!
『フラウの敏捷性は6だからゴブリンの先攻、一度に攻撃できる敵の数は三匹。ゴブリンAの攻撃、エレナに1ポイントのダメージ』
『ゴブリンBの攻撃、エレナに1ポイントのダメージ』
はあはあ・・・・・・やっぱりこんなビキニアーマーじゃ何の役にも立たない。おっぱいと股間以外どうでもいいとか、まさに童貞の発想だ。
でもあと一匹、ゴブリンCの攻撃さえかわせば・・・・・・あ、よく見るとさっき倒れたふりをしていた子だくさんゴブリンだ。あんた、わかってんでしょうね。私が彼をにらみつけると、困ったような顔で棍棒を中途半端に振り上げた。
「こ、これでもくらえー」
「うわあ、あぶなかったー」
『ゴブリンCの攻撃、エレナは身をかわした』
ふう・・・・・・何とか生き延びた。魔法少女さん、あとはよろしく!
『フラウは【眠りの雲】の魔法を唱えた。周囲のゴブリンは全て眠ってしまった』
よし有能!私は眠っているゴブリン達に次々と無慈悲な刃を立て・・・・・・ると見せかけて地面を突き刺していく。最後に子だくさんゴブリンの首筋近くの地面を突き刺すとき、薄目を開けていたゴブリンの体がびくりと跳ねた。バカ、ばれたらどうすんのさ。
『フラウさん、おかげで助かりました。では町に戻りましょう』
あ、そうなの?もう任務完了でいいのね?つーか私ずいぶん元気だね、残りHP1なんだけど。瀕死じゃないの?宝箱の破片が刺さって頭から血ぃぴゅーぴゅー出てんじゃないの?
『勇者エレナよ、ご苦労であった!褒美を取らせよう。エレナは5000ルピナと2000ポイントの経験値を得た』
都合良く町に帰って来たことになってて助かったわ。その辺の石につまずいて転んで死ぬかと思ったもの。いや、まだHP1のままだからタンスの角に小指ぶつけて死ぬかもしんないけど。つーか誰よあんた、王様っぽいけどまだ何の説明もないからね?
『さっそく経験値使って技能取得していい?』
『いいよ。技能表は六十四ページに・・・・・・』
おお、そうだよ。レベルアップ。RPGはレベルが正義だからね、レベルさえ上がれば生き残れるってもんですよ。さっさとLV2にしちゃって。
『今と別の技能でもいいの?魔法使いたいからソーサラーにしようかな』
『いいよ。エレナは経験値2000ポイントを使ってソーサラー技能LV1を取得した』
≪エレナ・カストラート≫
筋力:8
知力:5
敏捷性:9
生命力:9/9
精神力:9/9
魅力:19
【取得技能】
ファイターLV1、ソーサラーLV1(New)、ゴブリン語
【持ち物】
ロングソード、ライトアーマー
【経験値】
0
おおおおい!最初は今持ってる技能を伸ばすんだよ、RPGの常識だろ!全然レベル上がってないじゃん、弱っちいままじゃん!どうすんだよこれ!
『では、これにて今回の冒険はおしまい。また来週』
ともあれ私のキャラクターシートはクリアファイルに綴じられ、本棚に収納された。まあ、絶望と不安しか残らなかったとはいえ、まずは誕生日が命日にならなかったので良しとしよう。
「お疲れ様でした、エレナさん。あの、報酬の件なのですが、私にも半分・・・・・・」
あ、この子誰だっけ。フラウちゃんだっけ?キャラクターシート閉じられたのに、ゲームマスターもいないのにどうして勝手に動いてんの?見たところまだガキのくせに、NPCのくせに報酬とか生意気だな。どれあんた、どんなパンツはいてんのさ。
「きゃあああああ!!!」
若草色から薄桃色にグラデーションする可愛らしいローブをめくり上げると、派手に悲鳴を上げつつ子ウサギのように逃げていった。うんうんいいね、白無地の木綿パンツはいてるようなマジメ子ちゃんはそうじゃないとね。
それにしてもだ。私といいあの子といい、自由に動けるのは何故だろう?あれか、夜中に誰もいなくなった博物館の恐竜が動くみたいな感じ?じゃあまた薄毛が来るまでやりたい放題ってことじゃん。まずは酒とつまみ買って・・・・・・つーかこの容姿なら男に奢らせ放題じゃね?もう人生勝っちゃった?
「おまわりさんこっちです!」
さっきの子ウサギちゃんが連れてきたお城の巡回兵に、がっしと両側から腕を掴まれた。モブキャラのくせに力が強い、というより私が人並み以下の力しかないのか。
「いや、違うから!私勇者だから!人違いじゃないすか!?」
「はいはい、言い訳は詰所で聞いてあげるから」
「ちょ、待って!やり直しを要求する!」
そんな主張も虚しく、私は残りHP1のままどこかに連れて行かれてしまった。
勇者エレナのキャラクターシートが再び開かれ、次回の冒険が始まりますかどうか。この世界の全ては初心者ゲームマスターと薄毛のプレイヤーの手に委ねられている。