黒いドレスを作りたくなりました。
7月末、アレニエル侯爵領へ移動する。昼間に到着できたかもしれないが、いろいろ理由をつけて夜になった。
夜にこっそりと到着し、すぐに寝て明日を迎えたかったが、玄関ホールで伯父が待ち構えている。久しぶりに会った伯父は微笑みを浮かべていた。
機嫌がいいのかと勘違いしそうになるが、何もなければ玄関ホールで待つなんてことはしていない。ビクビクしながら伯父の様子をうかがう。
「夜道は危ない。もう少し早く到着するようにしなさい」
「はい。伯父さま」
くしゃりと頭をなぜられる。
「国外のことについて怒るつもりはないよ。シャーリーは未成年で決定権を持たない。責任を持つのは決定権のある大人の仕事だ」
話をしようと、伯父に誘われた。
侯爵邸はとても広い。毎年一月以上滞在しているが、近寄ったことのない場所はたくさんあった。そんな馴染みのない場所の1つに向かう。
「ケガすることなく帰ってきてよかった。魔物領域は楽しめたかい?」
「素材がいっぱいあって楽しかったけど、広すぎてあきちゃった」
家から歩いて5分みたいな所なら毎日でも日帰りで行きたいが、野宿は数日までにしたい。たまになら野宿も楽しめるが、どれだけ準備していても連日になると苦痛だった。
特にお風呂と料理。毎日のことだけに、妥協が必要な質だと不満がたまっていく。
「何かと不思議な物をいろいろと作っているようだね」
「素材はいっぱいあるから、原価計算しなくてもいい物も作っていいかと」
ダメだったのだろうか。うかがうように視線を向けていれば、伯父がこちらをみて穏やかに笑う。
「シャーリー、わがままになりなさい。君は大人の顔色を見過ぎている。人としてやったらダメなことなら止めるから、やりたいと思った事をやりなさい」
伯父にかけられた言葉を受け止めきれないでいるうちに、テラスに到着した。
星空の下、魔力で淡く光る花々が咲き誇る庭をのぞむように置かれたテーブルセット。庭を見られるように、伯父と隣りあい座った。
「伯父さま、疲れてる?」
なんとなく、いつもより覇気がないように思えた。
「明日に間に合わせるのに、少しな。おかげでシャーリーが無事なこと以外の報告を疎かにしてしまった。怒るかい?」
「怒る? なぜ?」
伯父に対して怒る理由が思いつかない。
「怒られると気にしていたんだろ? 早く知っていれば怒らないと知らせてあげられた」
「領地が忙しい時に、変なの連れ帰ってごめんなさい」
くすくすと伯父が笑う。
「変なのね。歓迎できる相手ではないが、シャーリーが恨みに囚われていなくてよかったと思うよ」
「伯父さまは、いいんですか? あの人、恨んでいるなら殺していいと」
「彼の立場ならそうなるだろうね」
紅茶とクッキーが置かれる。伯父の紅茶にはお酒が注がれた。香り付けとしてはかなり多い。
「彼の経歴は調べたが、シャーリーは知っているかい?」
首を横に振る。
「天涯孤独な孤児だよ。生きるために軍属の学校に入り、優秀だったばかりに工作員に選ばれた。生得魔術が身体に作用していて、後ろ盾を得られていたら護衛が天職だっただろうな」
「魔術では死なないけど、物理では死ぬって言ってた」
「そういう体質だから1人生き残り続けた。彼からしたら、女1人口説けばいい仕事は楽だっただろう」
伯父はティーカップに手を伸ばす。
「彼の生きてきた人生は優しくない。同情ならいくらでもできるくらいに、不幸に満ちている。だからといって、何をしても許せるものでもない」
伯父は困ったように笑う。
「あの男1人恨んだところで納得もできなければ、満足もできない。シャーリーが母に向ける思いと私が妹に向ける思いは別のものだ。それは同じになる事もない。監視は外せないが、シャーリーの好きに使うといい。邪魔に思ったらこちらで処分する」
シャーリーはティーカップに手を伸ばす。紅茶を飲んで時間稼ぎをしながら伯父の言葉を飲み込む。
監視がついていたのはわかっていたから、それはいいとしよう。引っかかるのは処分という言葉だ。返却ならすぐにでもと思えるが、処分はダメな気がしてならない。
「今、お店を任せているので、しばらく様子をみます」
「そうか、困ったらいつでも相談しなさい」
「はい」
この件だけはあんまり相談しない方がよさそう。
淡く光る庭を見たときはこの景色を模様にしたワンピースかスカートを作りたいと思った。夜空まで含めるならドレスもいい。
頭の隅でそんな事を考えていたが、疲れている伯父を見ていると、人をダメにする系のソファーやクッションを作ってあげたくなった。
「さて、ほかに怒られると心配していることはあるかい?」
「ナイヨ」
たぶん、きっと、おそらく。
全部糸で作った手鏡が脳裏にチラついたが、大丈夫なはず。
「シャーリー?」
「まだ魔術実験はしてないです」
「試験場を借りる手配を」
伯父が従者に指示を出す。
「ほかに気になる事は?」
「ないです」
「なら、将来の話をしよう」
「将来?」
悲しそうな顔をして、伯父はティーカップに口をつけた。
「シュエットの意思を聞いておかなかったからね。同じ失敗はしないように確認だよ。なるべくシャーリーの希望は優先してあげたいが、駆け落ちと家出はやめてくれ。安全の確保が難しくなる」
駆け落ちと家出は、希望が優先されなかった時に発生するものではないだろうか。
「酔ってる?」
「飲んでないよ」
少し首を動かすと視界の隅に酒瓶が見えた。香り付けだから、見なかったことにする。
「これと決めているものがないなら、うちの跡取り息子の第3夫人になるかもと思わせておきなさい。婚約することなく、その可能性があると思わせるだけにしておくから、結婚したい相手ができたら言うように」
いきなり結婚と言われて内心驚いていたが、15歳で成人になる。学校を卒業したら結婚する貴族令嬢も少なくない。
結婚までに婚約期間が半年から1年以上あることを思えば、そんな相手がいてもおかしなかった。
政略結婚なら生まれた時には決まっている事を思えば、伯父はとても自由にさせてくれている。
「興味のない相手に何か言われたら、当主に相談するか、当主の許可を得られる方ならと答えておきなさい」
直接断るのは逆恨みされるので避けた方がいいそうだ。
「結婚したい相手ができたらどんな身分の人でもいいから、知らせなさい。いいね?」
「はい」
伯父の圧が強かった。是としか答えられなくて、即答してしまった。それだけ母の事で悩まされたのだと思うと、問題のない相手がいいと考えてしまう。
12歳で結婚相手というのが、前世の記憶のせいか探そうという気持ちにならない。けれど、この国では20歳を過ぎれば女は行き遅れと言われてしまう。
婚約期間を考えれば、18歳くらいには相手を見つけておかなくてはいけない。
「結婚する気がないなら、ずっとイロンデルの第3夫人になるかもと思わせていてもいい」
「いいの?」
「無理に結婚させたくはない。顔合わせでシャーリーが怖いと思う相手は除外することはできるが、相手の理解を得られないと旦那になる相手の部下や友人に苦手な相手がいても付き合っていかなくてはならなくなる」
ティーカップにお酒が注がれる。紅茶の方がお酒の香り付けになりそうな割合になっていた。
「息子の承諾は得ている。君への教育も、淑女より店の経営の方に重点をおいた。もう、結婚しなくても生活に困らないだけの収入は得られるだろ?」
可能な限り与えられた選択。そこに伯父の希望はなくて、シャーリーを貴族令嬢という駒として使うつもりはなさそうだった。
未来を決められたくはないけれど、ご自由にどうぞと選択肢を並べられても困る。シャーリーは何も選べないまま伯父とのお茶会を終えた。




