課題に真摯に取り組みました。
教材に帳簿を見せられた。上級学校の単位を先取りで勉強していたから、だいたいはわかる。
この世界は前世と違って算数は数学にならない。どちらかというと簿記になった。利息計算はできないといけないし、測量で三角比を使いはする。
表計算ソフトがほしい。せめて電卓。珠算で小数点以下を含む計算をするのはつらい。まだ筆算のほうが計算ミスは少なかった。
領地経営の帳簿の読み取り方に合格が出ると金貨を1枚渡される。
「なんでもいいから売る物を用意しなさい」
という課題を与えられた。
「ハンカチに刺繍したらいいですか?」
プリエールはそれでいいといってくれたが、アレニエル侯爵にそれではつまらないと却下される。
「利益出せなんていわないから、楽しませなさい」
お勉強の進め方が優等生だったのが面白くなかったらしい。
「数日すればハンカチに刺繍で許可出ますよ」
できないならそれで、及第点は取らせてくれるのだろう。
「時間があるので考えてみます。街に行っていいですか?」
「護衛のそばを離れないなら許可をとります」
今日言ってすぐに街には出られない。アルバイトがてら技術者集団に混ざりに行く。
ルーナを連れて行ったら触りたがる人がいっぱいいた。
しばらくルーナはいろんな人の手で抱かれていたが、最後はシャーリーの頭の上にのかってくる。それを見てまたかわいいとはしゃがれた。
翌日、街に行く許可が出た。
戦えるメイド1名に護身術の使えるメイドが1名。それから護衛騎士3名に兵が6名となかなか大掛かりなお出かけになった。
「シャリーネは今でも隙を見せたら誘拐犯がほいほい釣れるのよ。大げさなくらいでちょうどいいわ」
それが嫌なら屋敷に閉じこもっているしかなく、シャーリーは受け入れる。本邸の玄関ホールで出かける準備をしていたら弟がやってきた。
「姉さん」
弟そばにはあいかわらずマイモナがいる。シャーリーの時もそばにいたし、おかしな事ではない。けれど、わずかにミーヌが眉をひそめた。
弟がここに現れたのは偶然じゃないのだろう。
「どこか出かけるの?」
「課題の下見に行くわ」
「なら、それが終わったら勉強会へ行くの?」
「勉強会にはもう行かないわ。今年の勉強分はもう終わったから」
「でも、課題って」
「ねぇ、ここでのわたしの扱いが、他の子たちと違うってわかっている?」
「それはまぁ、見たらわかるよ。姉さん部屋にだけは近寄れないし」
部屋に来ようとしていたのか。まだそこまで仲良くやれる自信はないので、やため欲しい。
「特別扱いされた分、期待される物も多いの。わたしに課せられた課題は勉強会とは別の物よ」
「なら、もう勉強会には行かないのか」
「行ったところで邪魔の扱いされるだけだもの。行かないわ」
歓迎されていないのは知っている。だからこそ、大人には受け入れてもらいやすい結果だけは出しておきたい。
髪の毛だけと評価されないためにも、それなりの結果がいる。
「シャリーネさま、1度でよろしいのでクレットティックさまと一緒に勉強会へ行ってもらえませんか?」
マイモナが口を挟んできた。そのために弟はシャーリーを探していたのだろう。
「それはやめておいた方がいい。わたしが姿を見せない事で発散できていない悪意にさらされるでしょう」
「ですが」
「マイモナ。あなたなら、母が白銀の髪持ちに向けた感情を知っているでしょ? そういう感情を持つ人はいくらでもいるわ。わたしと一緒にいればその巻き添えを受けるだけよ」
子どもは大人より簡単に悪意を行動に移す。それを悪いことだと思うことすらなく、排斥してくる。
「あなたであれば、悪意を払えます」
「わたしにはわたしの課題があるわ。ずっと一緒にいられない。付き添いならいとこに頼んで。あちらの方が上手く勉強会に溶け込んでいるわ」
第一夫人の子でも第二夫人の子でもいい。シャーリーといるよりはよほど居心地よくいられるだろう。
初日の姉弟対決なんて、悪意からの強制だ。
「わたしたちはここで歓迎されていない。感情に任せて動いたらより嫌われるだけよ」
弟を手助けする気にはなれなかった。もうマイモナはシャーリーのことなんて考えて発言してくれていないし、シャーリーの時よりよほど過保護に対応している。
どこでもシャーリーより愛される弟。糸操魔術一門で受け入れられなくても、母という帰る場もある。
「それはあまりに冷たいいいようではないですか。大変だからこそ姉であるあなたが手助けするべきでしょう」
「そんな余裕わたしにはないわ」
主に、心が拒否する。
「時間がないから出るわ」
時間なんて決まってないけれど、誰も余計な発言はしない。弟とマイモナを置いて出て行く。
クルマに乗り、走りなしてからメイドの、1人が口を開く。
「我々はあなたを歓迎しています。糸操魔術一門は技術者を尊ぶ一門です。あなたに向けられる好意は髪の毛だけではないと覚えて置いて下さい」
「大事に、特別扱いされてるから嫉妬されてるって、わかってはいるの。いつだって部屋は居心地良く整えられているし、望めば望むほど技術を得られる環境は楽しいわ」
勉強会とかパーティーとか、多くの人が集まる場に参加しなければ、ここはとてもいいところだ。
クルマに乗っている時間は短くない。その間に心を落ち着けたかった。くるくると思考を巡らせる。
そういえば、昨日、弟は変な魔術を使っていた。こう、握り拳に拳より2回りくらい大きな魔力を纏わせていたように思う。
記憶を探り、あの纏わせていた魔力には顔がというか、食らいつくような口が見えた気がする。
思考が前世の記憶にとび、変に混ざった。1度そうだと思ってしまうと、パペット人形で殴っていたような気がしてきた。
せめてボクシングのグローブに修正したかったが、弟はパペット人形で殴る子に固定されてしまう。
そういえば、あれも人形の一種ではある。アレニエル侯爵はパペット人形なら楽しんでくれるだろうか。
そうだ、ルーナをアニマル帽子みたいだとも思っていたんだった。
ついてだから着ぐるみとか、猫耳パーカーとか作ってみよう。素材はこれから手に入れればいいし、アニマルスリッパとか手袋やマフラーもいい。
この世界で受け入れられないなら、ハンカチに刺繍すればいいだけだし、思いつく限りのアニマルグッツを作ってみよう。
うさぎならルーナっていう見本もある。
1週間後、シャーリーはたくさんの試作品をメイドに運んでもらいアレニエル侯爵とお茶をする。
「何、コレ」
不信感いっぱいにいじりわましながら、侯爵は笑い出したので楽しさという面では成功だろう。
「とりあえず、全部仕様書作って」
「えっ!」
ボツになるだろうと頭から足元まであるし、カバンや髪留めや敷物まで作っちゃたのに、それら全部に仕様書って何十枚になるのだろう。
「書き終わらないと帰さないわよ」
まだ8月は半分以上残っている。すぐにとまではいかなくても、どうにかなるだろう。
気楽に考えたいたら、提出する度にやり直しをくらい8月が終了した。気づけば9月に突入しており、一門の子どもらはみんな帰ってしまっている。
忙しくしていれば弟に意識がむくこともなく、遭遇することもなかった。第一夫人が連れて帰ったそうなので、そちらとは上手くやれているのだろう。
仕様書のやり直しが終わると、シャーリーはプリエールと一緒に王都へ戻った。




